今日、ハイスタの映像「ATTACK FROM THE FAR EAST」と「ATTACK FROM THE FAR EAST 2」を観ていた。


明後日の3月14日でツネさんが亡くなり1ヶ月となる。
自分の中でツネさんが亡くなったことはきつくて、悲しいのは当然であるものの、なかなか死を受け入れられるだけの実感がなかなかわかず、自分の中で処理出来ずにいた。
「SOUNDS LIKE SHIT/ATTACK FROM THE FAR EAST 3」を観ていたときも、人生が終わりもう取り戻すことが出来ない事実の中でツネさんの魂、ハイスタの3人の魂が自分の中に湧き上がって来る。




親が亡くなった時も、亡くなっているのに、生きているかのような魂を感じることはあった。
決して生きているわけではないのだけど、生前、その人の行ってきたこと、作り上げて来たこと、人から人へ言葉や行動を通して、働きかけて来たことは、いつまでも人の心の中に残るものであることを痛感した。
昨日、久しぶりにフジロッカーさんと呑んでいたときに、ツネさんの話しが出たが、やっぱりまだ亡くなって1ヶ月経たない段階で言葉に出すのは正直苦しいものはあった。
苦しいと言うのは悲しくて辛いと言う意味ではなく、まだ自分の中で処理出来ていない所からだった。
確かにPIZZA OF DEATHのコーチジャケットを着ていたので、必然的にハイスタの話しになってしまうが、コーチジャケットを着ていなくても、ハイスタの話しにはなっていたとは思う。





今後は健さんと難波さんがハイスタを続けて行くとの声明を出していて、その面で心強さはあります。
普通、CDアルバム、もしくはサブスクやiPhoneで音楽を楽しめてしまう所、これまで映像作品やライヴ、AIR JAM、アナログ盤、写真集、グッズ等単なる余暇や趣味だけでなく、半ばライフワークになってしまっている所がある。
これに関してはブラフマンも言えることではあるけど、やっぱり自分にとってモチベーションになっていた。
だからツネさんが亡くなる前までは当然3人でまたアルバムを出したり、ツアーに回るのだろうと思って励みにしていた。
処理出来なかったと言うのは、正直自分の中でわからなくなっていたこともあった。
今後は違った形でハイスタは活動して行く中でも、ハイスタが結成されてからの足跡はいつまでもハイスタファンの心の中にハイスタ魂として残り、これからの活動の中で受け継がれて行くのだろうと思っています。
時間とともに、ツネさんの死を位置づけられるようになるのだろうとは思います。
どんな形になるにせよ、今後もハイスタを追っかけて行きます。