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闘病日記 by moppu

何処にでもいる、つまらない男の生きた歴程。
長い間の御厚情に感謝します。

2週間ほど前から、アバスチンの投与を受けています。


ノバリスやタルセバに比べると、私に合っているようで、


経過は比較的良好です。


殆どの薬が合わず、


ジェムザールのみの投与が暫く続いていたので、


今度は良いのではと期待しています。


春に、良い報告が出来ると良いなと思っています。


寒さが続いているので、


風邪を引いてしまわないように気をつけたいと思います。



今夜も皆さんに、良い眠りの時が訪れますように。


おやすみなさい。




10.12.25

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今年の4月、宇治の平等院に行った時に撮った桜です。

出来たら来年も行きたいと思います。

春を待ち望んでいます。

皆さんのブログを訪問していて、何時も気になる物があります。


それは、HN。


ブログを止めてしまった方や亡くなられた方と同じHNを見ると、


つい、気になって、全部読ませていただきます。


特に「レオ」「風」「ちい」の3つの名前を見ると、


必ず本文を読みます。


その方達が以前のHNで書いているはずもなく、


ましては亡くなった方が生き返るわけもないのに、


つい、気になってしまいます。


今日も、そんことを思いながら、ネットの海を彷徨っています。



季節外れですが、この曲をお聴きください。



ありがとうございました。
冬が来たばかりなのに春のことを言うのは、可笑しいかもしれませんが、

春が待ち遠しいですね。

暖冬が続いていて、雪も殆ど降らなくなりました。

それでも、冬は冬です。

毎年の寒さが、病身には堪えます。

この曲は、以前紹介した髙石ともやさんの曲です。

殆どの方がご存じないと思いますが、私の好きな曲です。

よく使われる言葉に。「・・・らしく」というがある。


学校では、この言葉をr多用する。


たとえば、「高校生らしく」とか「自分らしくと」いう言葉だ。


最近、この言葉に疑問を感じる。


漠然とした文言を、漫然と使っているような気がして仕方がない。


それは、何を基準にしているか、明示されていないからである。


たとえば「高校生らしく」といった場合、


どのようなものが高校生らしいか、


正確に具体的に言える人はほとんどいないのではないだろうか。


その人の立場や志向、年齢など多種多様な要素が入り混じり、


判然としないのが実情である。


誰か、このことに、答えを出してくれないだろうか・・などと、


こうしていると暇なため、ついつまらないことを考えてしまう。

今年9月に亡くなった、高校以来の古い友。

彼が居なくなって、もう二ヶ月が過ぎました。

彼は元々は私と同郷で、京都の超有名国立大学へ進学し、

そのまま京都に居着来ました。

京都の夏を彩る祇園祭の時には、良く彼の家にお邪魔して、

彼の家族と河原町や鴨川沿いを歩きました。

祇園祭の宵宵山に、永六輔さんを司会者にして、

京都のフォークシンガー達がコンサートをしていました。

その中心に、髙石友也さんが居ました。

彼と行ったそのコンサートで聞いた曲に、

「街」と言う曲があります。

まだ路面電車の走っていた頃の、

学生の街としての京都を描いた曲です。

この曲を聴くと、学生時代の彼奴と自分を思い出します。

今の人にはこんな曲は受けないと思いますが、

私にとっては、とても心にしみている曲です。

先日、歌手の加藤和彦さんが亡くなられました。

小学生の私には、加藤さんの最初曲「帰ってきた酔っぱらい」を聞いて、

とても驚いた記憶があります。

また、この曲を小学校の教室で大声で歌って怒られた記憶があります。

私の思い浮かぶ加藤さんの曲としては、「あの素晴らしい愛をもう一度」と

「イムジン河」があります。

「あの素晴らしい愛をもう一度」は、加藤さんの結婚式に、

北山修さんが送ったものと聞いています。





「イムジン河」は、加藤さんの作詞ではないのですが、加藤さんの関わった曲として、

私の心に残っています。