JEOPARDY / GREG KIHN BAND | JUKEBOX から きこえてきたアメリカ

JUKEBOX から きこえてきたアメリカ

テキサス・マンハッタン・ハリウッドと
アメリカ滞在時の90年代を中心に 当時の思い出の曲やジュークボックスでかけた曲
そして、80年代 70年代など懐かしい洋楽をご紹介できればと思います。

 

 

 

JEOPARDY / GREG KIHN BAND

 

 

 

 

 

 

随分ご無沙汰しております。

今年はあれこれと新しいことに挑戦していて、楽しみも増えて、この先の健康を

必死になって改善維持しようとしている ROUGH BOY 2023 です Bレイノルズ 

やりたいことがたくさんあるので、健康でいないと、カテーテルばかりやってる

苦痛と費用が勿体ないです(笑)

ちなみに、薬は頭にきますが、5種類も毎日摂取しています・・・

なのに、久しぶりに悪魔のポテトチップスが食べたくなってしまい、食べながら

これを書きました(^_^;)

とりあえず生き残っておりますラブラブ

 

 

もうすぐ処方箋をもらいに行かないといけないのが、憂鬱で気分が落ち込みます・・・

今まで言い訳して、さんざん逃れてきた検査もそろそろ受けないといけない気が

するのと、あることで検査の証明が必要になりました(^_^;)

 

前回の経験で、心電図の結果で、問答無用の手術をさせられたトラウマが俺には

あるので、検査がマジで怖いです(笑)

まさに "JEOPARDY" 

こんな "JEOPARDY" はマンモス怖いだけで、残りの人生で味わいたくないです Bレイノルズ

 

 

 

 

1983年にリリースされた 8枚目のヒットアルバム "KIHNSPIRACY" からの

リードシングル "JEOPARDY" です。

ラジオを聴きながら、ベストヒット USA を楽しみに観ていた頃の コテコテな

80年代前半のPVだなって、久しぶりに観ると笑えます Bレイノルズ

 

ただこのPVは、よく観ると結構な予算がかかったんじゃないかなって思います。

エキストラの数がかなり多いこと、そして何んと言っても当時最先端の SFX?の

技術がふんだんにブチ込まれています(笑)

 

エキストラと言っても "ゾンビ?" になったりしているので、メイクも一人一人

"普通の衣装とゾンビ衣装?" も一人一人と結構撮影時間もかかったなって思うと

現場は結構な規模だったなって思います。

僕の経験からしても、現場のエキストラはその日払いだったろうし、この衣装や

メイクを何日もやるわけにはいかないので、なるべく1日で一発撮りにしないと

いけなかったと思うので、長時間の拘束になったのは間違いないです。

現場は強力な UNION に守られているので "オーバータイム" が少しでも発生

すると "超過料金?" になって予算が膨らむので現場のマネジメントは大変です。

想定を誤ると予算オーバーになるなんてこともあるし、予期せぬ事故や反乱?も

起こるかも知れないので、アメリカの現場は恐ろしいです(笑)Bレイノルズ

このPVはタイトル "JEOPARDY" の歌詞をアメリカらしくコミカルに描写した

ことがウケたんだと思います。

このディレクターに遊び心があったから、このアイデアになったんだと思います。

80年代のPVを楽しめるので、いいなって思います Bレイノルズ

 

 

 

 

 

 

 

 

■JEOPARDY

■TEAR THAT CITY DOWN

■LOVE NEVER FAILS

 

 

 

 

このアルバムからは、3枚のシングルがリリースされ、全米15位 アメリカ旗 のヒット

GREG KIHN にとって最大のヒットになり、プラチナレコードも獲得しました。

僕はこのアルバムしか持っていませんが、久しぶりに聴きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この "JEOPARDY" はヨーロッパでも大ヒットし、バンドにとって初のワールド

ワイドなヒットになりました。

ヨーロッパで大ヒットした要因として、当時は12インチのリミックスが多く

出回っていたので DANCE CLUB 系で、根強くオンエアされたんじゃないかな。

確かにリミックスバージョンはカッコいいなって思います。

 

■JEOPARDY / DANCE REMIX

 

当時はアメリカで大ヒットしても、世界中で大ヒットするってことは簡単じゃ

なかったので、世界中で "JEOPARDY" が記録的なヒットになったことは

GREG KIHN にとって、人生を激変させることだったと思います。

 

アメリカでは 全米2位 アメリカ旗 の80年代を代表するアイコンの1曲なるヒットを

記録し HOT DANCE CLUB PLAY チャートでは、1位を獲得しました。

ちなみに "JEOPARDY" が1位になれなかったのは、マイケル・ジャクソンの

"BEAT IT" が3週連続の1位に君臨していたからです。

 

GREG KIHN BAND は一発屋として扱われることがあるようですが、ヒット

したシングルは、正確には2発です Bレイノルズ

1981年にリリースされた "THE BREAKUP SONG" は、同じく80年代の

ヒットソング全米15位 アメリカ旗 のアイコンの1曲として、アメリカではこの曲は

ドラマやCMなどで使われることがありました。

2曲もアイコンになって残るような大ヒットを出せた GREG KIHN BAND は

偉大なアメリカらしいバンドです。

 

 

 

 

 

MY DREAM IS STILL ALIVE

ROUGH BOY