私の母は、一通りどんな手芸もできる人でした。

そして私は手芸の技術をほとんど母から習いました。

 

 

時代的にもまだ、女性がお裁縫を当たり前にできたのかもしれませんね。

私は小さい頃、母方の祖父母と三世帯で暮らした時期があったのですが、

うちには祖母の足踏みミシンがありました。

 

 

祖母は鍋つかみやらズボンの裾上げやら、

しょっちゅうお裁縫をする人。

母は祖母が日常的にお裁縫をしているのを見て育ち、

自然とそのまま身に付けた、という感じでした。

 

 

もちろん、母も好きでなければ

いろいろとやらなかったでしょう。

ただ、私の母も少なからず

お裁縫の得意な祖母の影響を受けている気がします。

 

 

母は特にパッチワークが好きでした。

カルチャーセンターにも長く通っていたし、

パッチワークに使う小さなハギレをたくさん集めていました。

東京ドームや横浜のホールで行われるキルトショーに

二人で行った記憶があります。

 

 

家で母とちくちく作ることが多かったので、

学校の家庭科より先に母に習っていました。

 

小学5年生で日光に行くとき、

事前に調べた日光に関するモチーフを

スカーフに刺繍するという授業があったときも、

母に習った刺し方をお友達に教えることができました。

 

 

高校の家庭科はレース編みでした。

小学生のとき、かぎ針編みを母に習いマフラーを作ったことがあったので、

糸が細くなるだけのレース編みはすらすらできました。

 

仲の良い友人は皆、初めての細かい作業に苦戦して

課題提出に間に合いそうになかったので、

代行して5、6人分作ったこともあります(お礼にマックをおごってもらいました)。