満開の芝桜。

 

 

おわかりいただけただろうか?

 

はるか向こうに見える天空の城。

 

 

〽とっとりには 天空の城が いっぱいあるんやで

 

東部の若桜鬼ヶ城。

 

 

西部の米子城。

 

 

東西の天空の城に挟まれて、その知名度は高くはないが、それらに引けを取らない「羽衣石城」は、知る人ぞ知る天空の城。

 

 

羽衣石城は、伝承によれば塩冶判官の名で知られる南北朝期の出雲守護・塩冶高貞の次男・南条貞宗を初代城主とし、1366(貞治5)年に築城された。その後、戦国期には尼子・大内・毛利・織田などの攻防により城主・南条氏は落城と回復を繰り返し、1600(慶長5)年関ヶ原の戦いで敗れ廃城となるまで約230年間にわたり使用された中世の山城。

 

 

標高372mの急峻険阻な山の頂上に、本丸・曲輪・虎口などの遺構が残る。本丸跡からは瓦の出土はなく、城は板葺または草葺であったとみられる。本丸跡は東西66m、南北20m、北西の尾根上を中心に大小多数の曲輪跡が存在し、中世城郭としては相当な規模を誇る。

 

北西の曲輪には自然の巨石を巧みに利用した形跡もあり、また南条氏の居館であった可能性のがある住居跡も存在する。城跡からは主に16世紀の陶磁器・土器が多数出土しており、羽衣石城が16世紀を中心に、合戦の際の籠城に実用されていたことがうかがえる。

 

1931(昭和6)年に南条氏の子孫が本丸跡に私財を投じてトタン製の模擬天守を建立。その後1990(平成2)年に現在の天守へ改築され、2001(平成13)年には県史跡に指定された。

 

 

麓から駐車場まで約10分。

 

 

駐車場の一角で異様な違和感を放つ石碑は百目妖怪ガンマーを封じた「百目塚」・・・ではない!!

 


「ふるさと創生」1億円事業で天守を改築したことに次いで、総事業費およそ4億5千万円を投じて道路、駐車場、登山道、休憩所、照明設備、公園を追加整備。その完成を記念して平成7年に建立された「羽衣石城山整備事業完成 翔け羽衣の里」石碑。

 

 

駐車場から模擬天守までのルートは二通り。

 

 

左ルート(大手口)は500m・20分、右ルート(搦手口)は400m・15分。

 

右ルートのほうが短距離で楽勝やん!!

 

アンタこれを信じたらえらい目に遭うよ。と、だけ言っておこう。

 

心せよ。心せよ。

 

初めて訪れたの1年前、左ルートは土砂災害復旧工事中のため絶賛通行止!!

 

 

楽勝の右ルートから登城。

 

 

おや、こんなところに野の花が・・・

 

 

右、羽衣石の八幡さん。

 

 

ちょっとした広場にぽつんと一軒家。

 

 

八幡さんのお社。

 

 

木立に囲まれて見通しは利かないが、それがなければ里を一望できる良き鎮座地。

 

登山道は整備されていて楽勝だぜ!!

 

 

最初はね・・・

 

目の前に次々と出現する巨樹。

 

 

巨石。

 

 

しばらくすると登山道が急峻に・・・

 

 

左、羽衣の池。

 

 

道、細っ!!

 

 

右は急峻な山、左ほぼ垂直な谷。

 

 

巨石巨岩の類が多い。

 

 

荒れまくる細道、戻ってこられなくなる可能性あり。

 

 

前進不可。

 

 

撤収。
 

おや、こんなところに墓石が・・・

 

 

羽衣石南城山堂 弘善院智〇 開山禅三僧祇

 

 

椿の花がボトボト・・・

 

 

ここにも巨石ゴロゴロ。

 

 

左、石。

 

 

右、ほぼ垂直の谷。

 

 

登山道の正面に巨岩。

 

 

天然の擁壁。

 

 

右!!手すりや柵はない。

 

 

危険が危ない!!

 

左に折れた先に標柱が見える。

 

 

「天女のあしあと」

 

 

それは標柱の右の巨岩にある!!

 

これがかー??凹み、、、だよなー

 

 

この先、人工的な階段を降りて振り返ると!!

 

 

天を衝く巨石「羽衣石」。

 

 

この羽衣石山には羽衣天女伝説が伝わる。

 

羽衣石と羽衣伝説

 

昔、この山に天女が降り、大石に羽衣を掛けて麓の池で入浴をしていました。

そこへ山里の農夫が通りかかり、羽衣を持ち去ってしまいました。天女はそれに気付き、羽衣を返してくれるよう願いましたが聞き入れてくれませんでした。

天女は羽衣がないので天上に帰ることができず、やむなく農夫の妻となりました。

後、二人の子供が産まれました。その子供に羽衣の隠し場所を聞き出し、羽衣をまとって天に昇って行ったと言うことです。

子供は泣き悲しんで、太鼓と笛で音楽を奏で、天女を呼び戻そうとしましたが、ついに帰りませんでした。

その天女の降りた山を「羽衣石山」、太鼓や笛を鳴らした山を「打吹山」(倉吉市)と呼ぶようになったと言われています。

羽衣石の下に天女の祠を祀り、毎年5月5日を祭日としています。

 

以上、解説看板全文転載。

 

羽衣伝説発祥の地で伝説にまつわる遺跡が多く遺るこの山は、元々「崩巌山(つえしやま)」と呼ばれていたが、築城の時にその名を嫌った南条氏が古い歌から引用して「羽衣石山」に改めたといわれている。

 

羽衣石の脇を抜けると頂上に到着、駐車場から概ね30分。

 

 

東屋展望台が整備されており、眺望絶佳。東郷池と湖畔のはわい温泉が一望できる。

 

 

あの廃墟も見えるネ。

 

 

はわい平野の向こうに天神川の河口、そして日本海。

 

 

天守は頑丈に施錠されている。

 

 

天守前に謎の石。仕掛けを作動させると天守が浮上するとか!?

 

 

天守前からの眺望。

 

 

倉吉市、北栄町、琴浦町まで見渡せる。

 

 

山の中にそびえる白い塔は、ごみ処理施設「鳥取中部ふるさと広域連合ほうきリサイクルセンター」。

 

 

その向こうに天気が良ければ大山が見える。

 

 

さ、帰ろ・・・、行きはよいよい、帰りは怖い。

 

 

登りよりも降りのほうが手強い。

 

心せよ。心せよ。

 

◇概要

名称:羽衣石城

所在地:鳥取県東伯郡湯梨浜町羽衣石

城地種類:連郭式山城

築城年代:1366(貞治5)年

築城主:南条貞宗

文化財史跡区分:県指定史跡

天守の現況・形態:層塔型3重3階(模擬)

アクセス:JR西日本山陰本線松崎駅より自動車で10分、天守まで徒歩15~30分