岡山県北、鳥取県境に近い山また山の山の奥。

 

 

「天人淵」の最寄りバス停。

 

 

ここが終点「越畑上」。

 

 

岡山の最果て。

 

その脇に立つ看板に記された妖怪伝説。

 

 

ふるさと村の伝説

牛鬼(うしおに)の伝説

 

 山に毛とう毬(もうとうきゅう)※とうは毛へんに谷[(注)毛の生えたまりのようなもの?]があると伝えられていて俗に牛鬼(うしおに)と呼ばれています。

 寛永年間のことです。越畑の民家に二十歳余りの娘がいましたが、ぼんやり病で寝込んでしまって、なかなか癒らないのです。父母が不思議に思って娘に尋ねると、娘が話すのに、毎晩夢うつつのうちに、鉄山の役人と称する一人の男がやって来て、一緒に寝るのだというのです。その後、数ケ月たって娘は、変なものを産んだのです。それは牙が二本長く生え、尻尾も角もちゃんと生えていてまぎれもなく牛の化物のようなものでした。村の衆は、これは鬼のしわざだと思いました。父母は怒って、この変なものを殺してしまい、その上鉄串をつき通して、道端にさらしたのです。このように後難を恐れ、徹底的手段をとるのが、この土地の人々のやり方だったのです。しかし、その後も折にふれ、妖しいことがたびたび起こったといいます。

 

越畑ふるさと村

 

以上、看板全文転載。

 

この先で遭遇した怪異。

 

 

おわかりいただけただろうか?

 

 

豪快に地面に突き刺さるトラクター。

 

 

これは牛鬼の仕業なのか!?

 

当地の牛鬼は土蜘蛛のような姿ではなく、毛の生えた毬のようなもの。

 

その姿から想像できるのは土ころび!?

 

峠の妖怪(震々ではないやつ)

 

さらに先、二又に分かれた道。

 

 

ここにも看板。

 

 

ふるさと村の伝説

丑寅山(うしとらやま)の由来

 

 昔、慶長八年(一六〇三年)美作領(一八六,五〇〇石)に封じられた森忠政侯(もりただかさこう)が、津山の鶴山(かくざん)に、十三年の歳月をかけて平山城(ひらやまじょう)を築城しましたが、あの高い石垣を築く時、昼の間に積んだ石垣が夜になると崩れてしまいます。それで大変困り、ある祈祷師を頼み、祈祷したところ、この鶴山に昔から祀ってあった丑寅金神様(うしとらこんじんさま)のたたりであるということになりました。このため森候は、この鶴山の北、丑寅に当たる越畑部落の奥のアブ山という山に金神様を祀りかえ祈願したところ、それからは工事も順調に進み、遂に城も完成したと伝えられています。それ以来この山は丑寅山と言い伝えられています。

 この山の頂上に、鶴山から金神様が祀りかえられた時、大きな碑が建立されました。この碑文は永年の歳月、風雨にさらされたため、現在は判読できません。

 

越畑ふるさと村

 

以上、看板全文転載。

 

そして妖怪よりも恐ろしい哺乳類最強の獣。

 

 

クマ出没注意。

 

越畑部落は津山のお城から丑寅(北東)の方角、つまり「鬼門」に位置する。

 

 

この地に棲む牛鬼が二十歳の娘の夢に現れ子を産ませた。しかし娘の父母は激怒しそれを串刺しにして道端に晒した。

 

なんという哭倉村。

 

あなおそろしあ。

 

◆概要

名称:越畑大平山の牛鬼

所在地:岡山県苫田郡鏡野町越畑

駐車場:可

見学時間:24時間

●アクセス

鉄道・バス:JR西日本津山線・姫新線・因美線直通津山駅から中鉄北部バス石越線石越バス行乗車約20分吉原下車乗換かがみの町営バス越畑線越畑上行乗車50分終点すぐ※便数少・日曜運休
自動車:中国自動車道院庄ICより岡山県道392号百谷寺元線・75号加茂奥津線経由約25km40分|北条倉吉道路倉吉ICより鳥取県道312号倉吉環状線・205号木地山倉吉線・国道179号・岡山県道75号加茂奥津線経由50km60分