以下記事から引っこ抜いた記事。
高度経済成長期。
洗濯機・冷蔵庫・TVは生活を豊かにした。
大量生産大量消費を支える一方、公害によって苦しむ事もあった。
渋沢栄一翁の著書に、論語と算盤、がある。
論語とは、平易に言えば「きれい事」。
算盤とは、損得勘定の事。
「きれい事」と「損得勘定」を両立させて、世を治めるのが経済の在り方だと説かれていた。
それが大変に難しい。
それは、一つの家庭においても難しい。
だからこれは、他人事ではない。
まず自分の身のまわりから整えていきたい。
損得勘定は大事、きれい事も大事。
悲劇的な史実に真理を学びこそすれ、非難するモノではない。
真理の反対側の概念を外道と置いた。
(危険物質を安全に処理するのに、人と金と時間を投資すれば、開発競争に置いて行かれてしまう。)
(とりあえず、地中に埋めておこう、海に流そう。)
(何か問題が起きたとしてもそれは染み出てくる次の時代・・・であって欲しい・・・)
保身に寄れば、道から外れていく。
水俣病は1942年頃から顕在化。
排水を無処理で垂れ流しはじめたとされる1946年から、厚生省が正式にチッソの過失を認める1968年迄、22年。
大学・研究機関は有機水銀と水俣病の関連を認めたの対し、経産省、厚生省等の行政と企業の間に忖度があった事が伺える。
その間、被害者は差別と誹謗中傷にさらされながら、命を落としていった。
引用元 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
罪なき人々が苦しみ、国も企業も、多額の賠償金を補償し、信用は地に落ちた。
過失が明らかになっても抗う様は、道理がない。
終には、犯罪者として裁かれ、社会的制裁を受けた。
水俣病によって亡くなった人々
自殺した被害者、官僚
今も後遺症に苦しむ人々。
この真実から得られる真理とは。
皮肉な事に、こうして世界は理想に近づいていく。