リリーッス!サオリリスです。
ここは退屈迎えに来て/山内 マリコ
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は、地方から都会に出たものの何も成せずに帰郷した人、田舎から出られず都会に対するあこがれを持つ者を描く短篇集。私が何かを成せたかどうか、これから成すのかどうかは置いておいて、鳥取県というド地方出身者としては読んでおかなければという気にかられた。

この短篇集に描かれる大体の物語は知ってるものだった。恥ずかしさや痛みを伴ったけど、嫌な感じはない。自分自身や、かつての友達、まわり。どこにでもころがっている全然特別じゃない物語。多分これからも生まれ続ける物語。

この本の趣旨とは少しずれるけど、私も地元にいる時のことを思い出してみた。高校生の頃。私はそれなりに明るく楽しい普通の女の子だった。のだけど、遅刻はほぼ毎日だったし、よく授業をサボっていた。

自分の住むエリアから少しでも飛び出したくて、となりの市の高校に通うことにした。目くそ鼻くそ程度の違いにこだわった結果、汽車通学となり、その分早く起きなければならなかったので、そのことだけは大変後悔した。冬なんて薄暗いうちに家を出ないといけなかった。そして遅刻の日々。

7時半の汽車(当時は電車と思っていたけど、実はディーゼル車だったと知って、「私は自動改札どころか電車も利用したことがなかったのか!」とガッカリした)に乗り遅れると、次の便に乗らなければならない。

それでも充分遅刻なのだけど、その次の便というのが、別の高校の男子でびっちりになるので乗るのが億劫で、その便もわざと乗り過ごす。そのまた次の便に乗ってもなんとなーく今更に思えるし、1限目2限目が数学や化学なら行かなくていいという判断に至る。せっかく時間通り汽車に乗っても、途中で気が変わり下車することもあった。

駅前のSATYだったかVIVREだったか(当時ころころ変わっていたのでよく覚えてない)の中のミスドでドーナツ食べながら時間を潰したり、キンコウエンと呼ばれる公園内で飼われている猿をなんとなく眺めたり、プラネタリウムを見たりした。

ある日港の公園でボーっとしているうちに昼過ぎまで眠りこけてしまったことがあり、あまりにも私が来ないと気にかけてくれた友人からの電話で、ようやく重い腰を上げ学校に行った。そして何事も無かったかのように元気いっぱい体育の授業には出たのだった。

私のサボりは堂々としたものだったけど、運良く?一度も補導されたことがなかったし、先生に呼び出されて叱られたこともなかったし、気づいていたのかわからないけど、親にも何も言われたことがなかったし、罪悪感は全くなかった。むしろ、行くも行かないも自由であるという自信があったので、調子にのりサボりまくっていた。

別に学校が嫌いなわけではなかった。不良でもない。学校では活発な方で、行事にははりきって参加したし、どちらかといえば騒がしいイメージを持たれていたと思う。その証拠に、私が黙って授業を受けていたら、突然「うるさい!」と先生に叱られたことがあった。しゃべくっていたのは私ではないのに、先生はイメージだけで叱ったのだ。でもあの頃は、そういうこともおいしいと思って笑えるくらい楽観的だったし、クラスメイトも仲良くて、毎日が楽しかった。

高校生の頃を思い出した時、まず、こうして遅刻したりサボったことを思い出す。あとは仲良い子の家でストリートファイターをして指にタコを作ったこと。ハイスタ、ブラフマン、ゴイステ、ゆずを自転車漕ぎながら熱唱したこと。なんかよくわからないけど、とにかく毎日笑ってた。箸が転がろうが転ばなかろうが笑ってた。リア充だったのかもしれない。

そんな日々を過ごした友達の連絡先は、今、一人もわからない。facebookの出現で、また繋がってる友達もいるけど、とくにコンタクトをとることはないし、会うこともない。高校を出た直後の一時期は、そんなもんだということを知って残念に思ったけど、今はまた少し違う感情を持っている。連絡もとらないし、会うことはないけど、なんとなくあたたかい存在として側に居続けているのだ。

それに、私は出会いの偶然性と必然性というものが好きである。わざわざ連絡をとらずとも、会うべく時に会うべく人とは会えると考えている。だから、連絡自体野暮ったいし、連絡先もそこまで欲しない。

先日の地元で迎えた最期のDJの日。特に友達を誘うこともなかったのだけど、イベントの終わりになって、懐かしい顔を見つけた。高校の同級生だった。会場が彼のテリトリー内だったらしく、たまたま来たという。おととしの同窓会で久しぶりに会ったぶりだった。話す機会の多い男子だったけど、すごく仲が良かったというわけでもない。彼より仲の良い友達はたくさんいた。けど、なぜか彼なのだ。奇妙で仕方がないけど、なんとなく彼でよかったとも思う。そういう出会いこそがおもしろい。

その時も、彼とは連絡先を交換したりしなかったけど、なんとなく友達だと思っているし、そのうちまた会うだろうと思っている。

話を高校生の頃に戻すけど、自由奔放な私は、特に目立つわけではなかったものの、なんとなくこの街に合っていないような気がしていた。タワレコのない街は私の趣味を満たすこともしてくれない。欲しいCDも本も売ってない。オシャレな店もない。ZipperやFRUiTSの世界が眩しくてしかたなかった。こんなところに生まれてしまって、なんて不幸なんだろう!と、自分が可哀想だった。

かつて遠い外国のように感じていた世界は今、徒歩圏内にあるけど、実際こうして近くにあっても、あの頃のような気持ちは起こらないことを、高校生の私はどんな顔で見るのだろうと思う。恨めしそうな顔か、悲しそうな顔か。なんのために東京にいるの?と、不思議そうに見つめるかもしれない。

どんな顔をされても、私は地元に帰るつもりはない。東京にこだわっているというわけでもない。住むところなんてどうでもいい。どこでもいい。なげやりというわけでもない。どこに住むかなんてことは、人の幸せ不幸せとなんら関係ないということに気づいたというだけのこと。住めば都、そのとおりすぎる。東京に行けば、地元だから、なんてのはかわいいいいわけにすぎない。

もちろん、地元のルールみたいなものは存在するし、都会のスピードは田舎に比べると断然速い。物の数、人口、施設の数も全然違う。田舎にはないものが都会にはたくさんある。ありすぎる。たまに実家に帰っても、遊びに行くとこもないし、することがない。実家と祖父祖母の家に挨拶に行って、しかたないので大型のジャスコに行く。それで終了。これはいいわけではなくて事実。

地元が好きでも、2日もいれば東京に戻りたくなる。かと言って、戻ってスペシャルな出来事が待っているわけでもないし、東京が合ってるかといえば、そうでもない。(多分私は人と関わること、同じ環境に関わり続けることが合っていない)

山内マリコ氏も同じような体験を通してこの本を書いたと思われる。読みながら思わず、こんな風な地方出身あるある的思考を巡らせてしまうのだった。