アメリカで起きた銃乱射事件。
ニュースで第一報を聞いた時の率直な感想は「またか」。
そして今回も26人もの幼い命が奪われた。
犠牲者を「美しい子供達」などと美辞麗句で飾ったところで、
何の慰めにもなるはずもない。
銃が非日常の僕らからすれば、何故規制をしないのか理解が難しい。
それらを持つものが善ばかりではないことは分かり切っているはずなのに。
そこには政治的背景もあるという。
また一般人の銃の保有には身を守るためという理由もあるんだとか。
命を守るための道具で、命を奪われるという矛盾。
いやいや、そもそも
自分の命を守るために他人を殺傷できる道具を持つこと自体が間違いなんだよ。
しかし、考えてみたら国家間でも同じような構図はあって、
自国の(あくまでも)防衛のために核兵器を保有する国がある。
そしてその脅威を知ってるがゆえ他国が同じ武器を持つことに神経をとがらせ監視する。
武器を所有することで安心を得たつもりが、恐怖をも伴う矛盾。
核兵器ではないにしても、日本も原子力発電所を保有する。
平和的利用であったはずが、絶対安心のはずが、
それは一旦暴れ出すと、人の手はどうすることもできず、
一転兵器化するという事実を思い知らされた。
便利な生活を得たはずが、事故後、今も仮設から抜け出せない住民がいる。
もっと深刻なのは、
20年後、30年後に人体にどう影響してくるのか分からないままで
生活していかなくてはならない恐怖を抱え込んだ。
それなのに原発容認の自民党が圧倒的多数で選挙で勝利した矛盾。
まぁこの矛盾についての僕なりの見解は、
行き場のなくなった票がより無難な方へ偏った結果で、
決して原発容認に賛成しているわけではないと思ってるのだけど・・・。
なので自民党には、国民の信任を得たと勘違いをして欲しくないな。
だって、圧倒的に勝ったのは実は40.68%の無投票なのだから。
自衛隊の存在矛盾を解消するための憲法改正論。
分かりやすく現代用語に書き換えるぐらいの改正だったら賛成だけど、
憲法9条の戦争の放棄だけは固持して欲しいなぁ。
銃にしても核にしても拡散してしまい、これをゼロにするのは至難の技だろうけど、
いつか憲法9条の精神が世界に拡散していくことを願って、
矛盾からの徒然話でした。