真司郎side





ここにその相手がおるわけでもないのに、何故か今日はおっきく見える。





「はぁー。よし。」




直也くんが取ってくれたアポ。


それをムダにはしたくない。


その想いで初めて強豪校の校門を通った。























コンコン



「すいません、野球部の顧問の先生はいらっしゃいますか?」




夏休みだけあって、職員室はそんなに人がいない。






「あー!えっと、なんだっけ…………。あたみくん……じゃなくて……えっと……。」





「あたえ、です。」




「あーそうそう、與くん。」





1発では分かりにくい名前。

聞き直されるのも慣れた。






「すぐに戻って来ると思うんだけどね。ちょっと待っててね。」






温厚そうなおじさんに会議室に通されて、そこで待つ。



そう、俺は強豪校の監督、沖田先生に会いに来た。





「今グラウンドにいるんだけど、すぐ来るって。」



「そうですか……。あ、すいません。」




そのおじさんはわざわざお茶まで出して、俺の目の前の席に座る。






「與くん、エースらしいね。」




「いや、そんなことないと思いますけど……。」




「まさか本当に一人で来るとは思ってなかったよ。電話くれた浦田くんか、そちらの監督の先生と来ると思ってた。」




「自分が気になってるだけなんで。直也くんにこれ以上迷惑かけられへんから。」




「なるほどね。」




「でも、1つ不思議なことがあるんです。」




「なんだい?」




「直也くんがなんて言ったんか分からへんけど、よく了承してくれたなって。」




「あー、まぁね。私は浦田くんのこと、信頼してるし、浦田くんが信頼してる生徒なら、と思ってね。沖田先生に頼んだんだ。」



「直也くんと知り合いなんですか?」




「うん……まぁね。」



 



ガチャ…………




「校長!!すいません!」



現れたのは沖田先生。



ん??


…………え?校長??






「……こ、校長なんですか?」




「ハハハ。バレちゃったか。」





ついさっきまで普通に話してた人が校長だったなんて……。




「なんか……すいません。」



「いいんだよ、じゃあ私はこれで失礼するね。」





最後まで温かい空気を残して、校長と呼ばれたおじさんは出ていった。






「待たせて悪かったね。與くん。電話の子だね。」




試合当日に電話でまくし立てたことを言ってるんやろな。




「すいませんでした。あの時はちょっと混乱しとって……。」




「いやいや、俺も実はあの日、前日にキャンセルされてから家族で出掛けることになってね。ちょうど妻から急かされてて。後々、悪いことしたなって思ってたから良かったよ。」




「そうなんですか。」





思ったより優しそうな人で少し安心した。





「で、なにが聞きたい?」



「あ、あの。電話してきた人ってどんな人が分かりませんか?」



「んー。男だったってことしか分かんないかな。焦ることもなく淡々と言ってたしね。代理って聞いて納得しちゃって本人の名前も聞かなかったんだよね……。」




「そうですか……。」



「ただ……。」



「ただ?」



「後ろに微かにだけど、子供の声が聞こえた気がしたんだよね。」



「子供の声?」



「うん、多分。女の子の声で”お父さん!”って言ってた気がするだよな……。」



「父親…………。」





結局得られた手がかりはそれしかなかった。



もちろんそれが誰かなんて全然分からへんし、根本的な解決にはなってへん。


でも、俺にとっては行動を起こしたことにも意味があると思ってた。





「あの、校長にもう1回だけ会えません?」



どうしてももう1度会いたくなって聞いてみたけど……。




「あー、もうお帰りになっちゃったみたい。伝言あるなら伝えようか?」



「いえ、ええです。」



校長に何となく直也くんと同じ空気を感じた。



その原因を知りたかったけど、無理みたいやな。



「直也くんに今度聞いてみるか……。」




顔も名前も分からない男にもう道を塞がないでくれ、そう思いながら学校を後にした。




でも、そのとき既に俺らは巻き込まれていたんだ。