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結婚して娘が生まれたのが5年ほど前だった。

その頃私は丁度昇進したばかりで仕事に埋没していた。

そんなある日、娘が病気になった。

始めは軽い風邪のようだったので、妻に任せっきりで碌に連絡もせず深夜まで働いていた。

仕事が終わって携帯を見ると妻からの着信がズラリと並んでいた。

何事かと慌てて妻に連絡を取ると、娘が重体で病院に担ぎ込まれたと言う。

会社を飛び出した私は急いで病院へ向かった。

病院に着いた私を妻はなじった。

当然だ。

こんな時に電話にも出ない夫に怒りをぶつけるのはごく自然な事だ。

しかし私は仕事にかこつけて妻の非難を逆ギレで押さえつけた。

娘は重い脳症で聴力を失った。

その後は夫婦間で諍いが絶えない様になり、遂には妻が突然出奔してしまった。

私は探すこともせず、両親の世話になりながら娘を育ててきた。

そんな娘に母親の記憶は殆どない。

娘との会話でも今まで母親のことは触れないようにして来た。

しかし・・・

ある休日、娘を遊びに連れて行った時に、とても困惑する出来事が起きた。

移動中の電車の中の出来事だ。

私達の隣には、娘と同じ位の少年と若い母親が座っていた。

途中の駅で顔に大きな痣がある女性が乗ってきて、私達の前の席に座った。

すると隣の少年が母親に向かって問いかけた。

「ねぇ、お母さん。あの人、どうして顔に地図が描いてあるの?」

子供は正直で有るが残酷な生き物でも有る。

車中の大人たち全員がその少年の言葉に凍りついた。

もちろん私も言葉が出ず、思わずその少年と母親から視線を外した。

娘は聴力を失ったせいもあってか勘が鋭い。

私に向かって「何があったのか?」手話で問いかけてきた。

私は躊躇していた。

その時隣の母親はなんら慌てる素振りも見せず、少年に向かって話しだした。

「あのね、世界にはいろいろな人がいるの。みんなが同じじゃないのよ。お母さんもたっちゃんも一重まぶたでしょ?あとお母さんが作るご飯下手くそでしょ?」

私は思わず笑いそうになったが必死に我慢した。

その問いに少年は答える。

「うん・・・そうだね~。お友達は二重まぶたが多いのにぃ。お母さんのおかず美味しくないし。」

遂に車中でクスクス笑い声が聞こえ出した。

しかしそれに全く反応せず、母親は続ける。

「そう、色々と人と違うけど、それはたっちゃんのせいじゃ無いでしょ?」

「うん、違う。僕は何もしていないもん。あ、それから茜ちゃんの所はお父さんおらんね。」

「そうよね。でもそれは茜ちゃんのせいじゃないわよね。」

「うん、違う。」

「茜ちゃんは嫌な子?悪い子?たっちゃんは一重まぶただからって悪い子になった?」

「ううん、そんな事無い。茜ちゃんは優しいし、僕だって悪い子じゃないもん。」

「うん、そうね、たっちゃんはいい子よ。だからね、みんな同じじゃないの。人、それぞれ持ってる人と持ってない人、ご飯作りが上手な人、下手な人、色んな人いるの。

でも、持ってないから悪いってわけじゃないし、その人は他の人と何にも変わらないのよ。」

「うん、解った。」

顔に痣がある女性も含めて車中に居合わせた全員がその親子を微笑みながら見守っている。

私は思わず目を逸らしてしまった事が恥ずかしいと思った。

思えばあの妻との諍いからも目を逸らしていたのかも知れない。

娘が私を見つめていることに気が付き、その顛末を手話で教えてやった。

最後に一言私の言葉も付け加えて。

「耳が聞こえないのはお前のせいじゃない。恥じる事は無い。お前は私の大切な娘だよ。」

この一言が言えたことを私は隣の親子に感謝した。


オシマイ