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その日から藤吉は独り立ちした飾り職人として働き始めた。
しかし、世の中そう甘くはない。
作った飾り物を売ってくれる店から探さなといけない。
藤吉はそういう世間への対応はおせんに掛かりっきりで、右も左も分からない状態であった。
ある日またあのおせんにそっくりの女と井戸端で出会した(でくあした)。
「こんにちは、藤吉さん。」
「ああ、久しぶりだね。」
「おや?藤吉さん、何か元気が無さそうだねぇ?どうなさったのさ?」
「あ、いや・・・実は、職人の修行はみっちり積んできたんだが、それを売り込む手はずが俺にはサッパリ分からねぇ・・・。どうしたもんかと思案してばかりで・・・。」
「おやまあ・・・それは大変だわね。・・・そうだ、私にちょっと伝手があるわね。そうね・・・品川宿の大店の中に、いろは屋さんというお店があるんですよ。」
「はあ・・・。」
「そこの旦那さんはたいそうおかみさんを大事に思ってなさってね。」
「はあ・・・。」
「おやまあ・・・これはかなり鈍いお方だわ。うふふふ・・・。」
「あ・・・すまねぇ・・・よく言われるんだ。お前は鈍いって・・・・。」
「うふふふ・・・。私はそんな方、嫌いじゃないわ・・・純朴な感じがしますからねぇ。」
「いや・・・そんなに良い人間じゃありゃしないわさ。買いかぶりってもんでさ。」
「ふふふ・・・。あ、そうだ、本題を忘れるところでしたよ。一度そのお店の旦那さんをお訪ねになってみてはいかがかねぇ?」
「えっ?・・・・いや・・・見ず知らずの職人風情に、そんな大店のご主人が会ってくれるもんかねぇ?」
「多分大丈夫ですよ。とってもお優しいお方ですからね。それにさっきも言ったようにおかみさんをとても大事に思ってなさるんで・・・
そうだわ。そのおかみさんの誕生日がもうすぐのはすですよ。その贈り物に何か探してらっしゃるわ、きっと・・・。」
「そうなんですか・・・。しかしなぁ・・・。」
「良いから・・・騙されたと思って一度お訪ねになってみなさいな。ね、藤吉さん。」
「あ、うん・・・。そうしてみますかね・・・。せっかく教えてくださるんだ、それを生かさないなんてバチが当たりそうだな。」
「ふふふ・・・。バチなんか当りませんよ。藤吉さんはとっても良い方ですもの。」
「いやあ・・・俺なんか・・・・。」
「それじゃあ、私はこの辺で・・・・。」
おや?急にどうしたのかと思うと、近くのかみさん連中が戸を開けて井戸端へと来はじめていた。
ああ・・・若い娘が俺なんかと一緒の所を見られたら、変な噂になりかねんな。
そう納得した藤吉である。
その日のうちに藤吉は教えられた大店へと向かう。
その主人はたいそう気さくで初見の藤吉に対して、何の偏見も無く接してくれた。
あの女の言った通り大層な御仁だった。
飾り物も江戸風の物と違って、上方で修行を積んだ藤吉の物は少しばかり風変わりであったが、逆にそれを気に入ってくれた。
奥方さんへの贈り物としてだけで無く、店に藤吉の飾り物を置いてくれるとまで言ってくれた。
その上、知り合いの飾り物屋に声までかけてくれて、その日から数日で藤吉の飾り物は引く手数多の状態になった。
その御蔭で休む暇も無くなる有様であったが、藤吉にはそれが有り難かった。
おせんを亡くした悲しみを思い出さなくて済んだからだ。
それから数ヶ月していきなり夜中に隣の女が藤吉の家の戸を叩いた。
「藤吉さん、藤吉さん、起きて下さいな!」
何事かとびっくりして藤吉は飛び出した。
「どうなさったんだ娘さん。」
「藤吉さん、早く逃げて、火事よ。それも大火事になりそう。この長屋は火元から風下になるから危ないわ!」
そう言われると煙臭い臭いが立ち込めている。
「そりゃいかん、すぐ逃げなくちゃ。娘さんも早く逃げなきゃ。」
「ええ、だから藤吉さん、早く大切なものまとめて一緒に逃げましょ。」
「おおさ、ちょっと待ってくれ。すぐに用意するさ。」
藤吉は作った飾り物を風呂敷に詰め込んだ。
そこで飛び出して娘と逃げようとした時ふと、おせんから届いた文を忘れた事に気がついた。
「娘さん、すまねぇ・・・先に行ってくれ。俺はおせんの文を忘れちまったから取りに行ってくる。」
「ダメよ。藤吉さん!もう間に合わない。逆に火に巻き込まれて死んでしまうわ。おせんさんはそんな事願って無いわ。
その文は藤吉さんが胸の中に大事に取って置いてあげれば大丈夫。さあさ、早く逃げましょう!」
「ああ・・・・解った・・・そうだな・・・。」
そう言いながらも藤吉は後ろ髪を引かれる思いで娘から手を引かれるまま、何処をどう通って逃げたかも分からぬ状態だった。
人混みが増えてほとんど安全だと思われる場所まで来て、藤吉はふと我に返った。
今まで手を引いてくれていた娘が居ないのだ。
「おい!娘さん何処に行きなすった?娘さん!!」
しばらくそこら中を探し回ったが娘の姿は何処にも無かった。
そのうち夜が明けて周りが明るくなり始める。
火事の被害もあらかた分かり始めて、逃げてきた人々も我が家へと向かい始めた。
つられるように藤吉も住んでいる長屋へと向かった。
長屋へ着いたときには昼前になっていた。
長屋は見る影もなく焼け落ちていた。
いつものかみさん連中が呆然と立ちすくんでいる。
「おや・・・藤吉さんじゃないかね!いや~、ありがとうねぇ・・・あんたが大声で触れ回ってくれたお陰で、長屋は焼けたが皆は命拾いしたわさ。ほんにありがとうねぇ・・・。」
「あ・・・いや・・・あの、おれの隣の娘さんはどうなすってるか知っているかい?」
藤吉は娘の事が気がかりだった。
「はぁ?藤吉さん、何を言っておいでだね?あんたん所の隣はこの2年空き家だったさね。」
「えっ?・・・えっ?・・・空き家だった??」
「そうさね・・・だいたいこの長屋は空き家が多かったからね、ちょっと引っ込んだところにあるから借り手が少ないわさね。」
そんな馬鹿な・・・。
じゃあ、あの娘は・・・・。
そう言えば・・・あの娘と一緒に、このかみさん連中と一緒に居たことはない。
いや・・・俺は、あの娘の名前さえ知らないのだ・・・・。
まさか・・・・そんな・・・まさか・・・・おせんが・・・・
考えてみれば、あんなに似た娘がこの世に居るわけがないじゃないか。
おせん・・・・
オシマイ
その日から藤吉は独り立ちした飾り職人として働き始めた。
しかし、世の中そう甘くはない。
作った飾り物を売ってくれる店から探さなといけない。
藤吉はそういう世間への対応はおせんに掛かりっきりで、右も左も分からない状態であった。
ある日またあのおせんにそっくりの女と井戸端で出会した(でくあした)。
「こんにちは、藤吉さん。」
「ああ、久しぶりだね。」
「おや?藤吉さん、何か元気が無さそうだねぇ?どうなさったのさ?」
「あ、いや・・・実は、職人の修行はみっちり積んできたんだが、それを売り込む手はずが俺にはサッパリ分からねぇ・・・。どうしたもんかと思案してばかりで・・・。」
「おやまあ・・・それは大変だわね。・・・そうだ、私にちょっと伝手があるわね。そうね・・・品川宿の大店の中に、いろは屋さんというお店があるんですよ。」
「はあ・・・。」
「そこの旦那さんはたいそうおかみさんを大事に思ってなさってね。」
「はあ・・・。」
「おやまあ・・・これはかなり鈍いお方だわ。うふふふ・・・。」
「あ・・・すまねぇ・・・よく言われるんだ。お前は鈍いって・・・・。」
「うふふふ・・・。私はそんな方、嫌いじゃないわ・・・純朴な感じがしますからねぇ。」
「いや・・・そんなに良い人間じゃありゃしないわさ。買いかぶりってもんでさ。」
「ふふふ・・・。あ、そうだ、本題を忘れるところでしたよ。一度そのお店の旦那さんをお訪ねになってみてはいかがかねぇ?」
「えっ?・・・・いや・・・見ず知らずの職人風情に、そんな大店のご主人が会ってくれるもんかねぇ?」
「多分大丈夫ですよ。とってもお優しいお方ですからね。それにさっきも言ったようにおかみさんをとても大事に思ってなさるんで・・・
そうだわ。そのおかみさんの誕生日がもうすぐのはすですよ。その贈り物に何か探してらっしゃるわ、きっと・・・。」
「そうなんですか・・・。しかしなぁ・・・。」
「良いから・・・騙されたと思って一度お訪ねになってみなさいな。ね、藤吉さん。」
「あ、うん・・・。そうしてみますかね・・・。せっかく教えてくださるんだ、それを生かさないなんてバチが当たりそうだな。」
「ふふふ・・・。バチなんか当りませんよ。藤吉さんはとっても良い方ですもの。」
「いやあ・・・俺なんか・・・・。」
「それじゃあ、私はこの辺で・・・・。」
おや?急にどうしたのかと思うと、近くのかみさん連中が戸を開けて井戸端へと来はじめていた。
ああ・・・若い娘が俺なんかと一緒の所を見られたら、変な噂になりかねんな。
そう納得した藤吉である。
その日のうちに藤吉は教えられた大店へと向かう。
その主人はたいそう気さくで初見の藤吉に対して、何の偏見も無く接してくれた。
あの女の言った通り大層な御仁だった。
飾り物も江戸風の物と違って、上方で修行を積んだ藤吉の物は少しばかり風変わりであったが、逆にそれを気に入ってくれた。
奥方さんへの贈り物としてだけで無く、店に藤吉の飾り物を置いてくれるとまで言ってくれた。
その上、知り合いの飾り物屋に声までかけてくれて、その日から数日で藤吉の飾り物は引く手数多の状態になった。
その御蔭で休む暇も無くなる有様であったが、藤吉にはそれが有り難かった。
おせんを亡くした悲しみを思い出さなくて済んだからだ。
それから数ヶ月していきなり夜中に隣の女が藤吉の家の戸を叩いた。
「藤吉さん、藤吉さん、起きて下さいな!」
何事かとびっくりして藤吉は飛び出した。
「どうなさったんだ娘さん。」
「藤吉さん、早く逃げて、火事よ。それも大火事になりそう。この長屋は火元から風下になるから危ないわ!」
そう言われると煙臭い臭いが立ち込めている。
「そりゃいかん、すぐ逃げなくちゃ。娘さんも早く逃げなきゃ。」
「ええ、だから藤吉さん、早く大切なものまとめて一緒に逃げましょ。」
「おおさ、ちょっと待ってくれ。すぐに用意するさ。」
藤吉は作った飾り物を風呂敷に詰め込んだ。
そこで飛び出して娘と逃げようとした時ふと、おせんから届いた文を忘れた事に気がついた。
「娘さん、すまねぇ・・・先に行ってくれ。俺はおせんの文を忘れちまったから取りに行ってくる。」
「ダメよ。藤吉さん!もう間に合わない。逆に火に巻き込まれて死んでしまうわ。おせんさんはそんな事願って無いわ。
その文は藤吉さんが胸の中に大事に取って置いてあげれば大丈夫。さあさ、早く逃げましょう!」
「ああ・・・・解った・・・そうだな・・・。」
そう言いながらも藤吉は後ろ髪を引かれる思いで娘から手を引かれるまま、何処をどう通って逃げたかも分からぬ状態だった。
人混みが増えてほとんど安全だと思われる場所まで来て、藤吉はふと我に返った。
今まで手を引いてくれていた娘が居ないのだ。
「おい!娘さん何処に行きなすった?娘さん!!」
しばらくそこら中を探し回ったが娘の姿は何処にも無かった。
そのうち夜が明けて周りが明るくなり始める。
火事の被害もあらかた分かり始めて、逃げてきた人々も我が家へと向かい始めた。
つられるように藤吉も住んでいる長屋へと向かった。
長屋へ着いたときには昼前になっていた。
長屋は見る影もなく焼け落ちていた。
いつものかみさん連中が呆然と立ちすくんでいる。
「おや・・・藤吉さんじゃないかね!いや~、ありがとうねぇ・・・あんたが大声で触れ回ってくれたお陰で、長屋は焼けたが皆は命拾いしたわさ。ほんにありがとうねぇ・・・。」
「あ・・・いや・・・あの、おれの隣の娘さんはどうなすってるか知っているかい?」
藤吉は娘の事が気がかりだった。
「はぁ?藤吉さん、何を言っておいでだね?あんたん所の隣はこの2年空き家だったさね。」
「えっ?・・・えっ?・・・空き家だった??」
「そうさね・・・だいたいこの長屋は空き家が多かったからね、ちょっと引っ込んだところにあるから借り手が少ないわさね。」
そんな馬鹿な・・・。
じゃあ、あの娘は・・・・。
そう言えば・・・あの娘と一緒に、このかみさん連中と一緒に居たことはない。
いや・・・俺は、あの娘の名前さえ知らないのだ・・・・。
まさか・・・・そんな・・・まさか・・・・おせんが・・・・
考えてみれば、あんなに似た娘がこの世に居るわけがないじゃないか。
おせん・・・・
オシマイ