1
王様は、家来たちをどなりつけた。
「これから出かける。すぐに、支度をしろ。」
年寄りの大臣が、おそるおそる、進み出ていった。
「今日は、おかあさまのなくなられた日です。」
「わかっとるわ。」
「それなら、せめて、今日だけでも狩りはおやめになったら。」
「うるさい、おいぼれは、引っ込んでろ。わしは、行くといえば行くのじゃ。」
まるで、だだっこだった。毎日、狩りさえしておれば、きげんがよかった。
国をおさめる仕事など、ほったらかしだ。
「こんな王様って、あるものか。」
と、家来たちは、腹をたてた。にくんだ。だが、誰一人そんな顔もしなかった。
いいつけられるままに、だまって支度をした。家来とは、そんなものだ。
いや、人間は、みんなそんな意気地なしかも知れない。
2
山へはいった。大きな角をもった鹿が見つかった。
追った。逃げ足が早い。見失った。家来たちは、山をかけめぐった。
王様は、足跡をたずねて、松の木の下までやってきた。
そこから、どこに逃げたかわからない。
松の木の下に、一人の坊さんがすわって修行をしていた。
王様は聞いた。
「おい、いまここへ、逃げてきた鹿は、どっちに行ったか。知っているだろう。教えろ。」
だが、知っていると言えば、鹿の命はなくなるし、王様の方は、生き物を殺す罪を犯すことになる。知らないと言えば、嘘をついて、人をあざむくことになる。
坊さんは、じっと、首をたれて、だまっていた。
王様はおこって、
「わしは、この国の王様じゃぞ、それなのに返事もせんとは、けしからん。この乞食坊主め、たたではおかんぞ。」と、どなりつけた。
だが、坊さんはちっとも怖がらないで言った。
「どうぞ、お気のすむようにしてください。」
「よし、こうしてやる。」
かっとなった王様は、刀をぬくなり、坊さんの片腕を、すぱっと、切り落とした。
3
ところが不思議なことが起こった。
ほとばしり出るはずの、血が出ない。
血のかわりに、切り口から、ちちのように白いものが、ぽとりぽとりと落ちている。
かけつけて来た家来たちが、驚いて言った。
「何ということをなさったのです。この方は、みんながあがめている、仏様のような、立派な坊さんです。」
そして、地面に頭をすりつけて、
「どうか、王様の罪をお許しください。」と、たのんだ。
すると、坊さんは、やさしい笑いを浮かべて言った。
「この世でした、悪い行いは、やがて次の世で、その報いを受けねばなりません。私が、腕を切られたのも、前の世の行いの報いです。だから、私は王様をちっとも、にくみも、うらみもしません。
すべての生き物を、お母さんが赤ん坊をかわいがるように、いつくしみ、いとしむ心になるのが、仏様の教です。私はその教を聞かせてもらったおかげで、ほとばしり出るはずの血が、 お母さんのちちのように変わったのです。
こんなありがたい、仏様の教を知らない王様が、かわいそうでなりません。」
目を皿のように見開き、じっと、坊さんをみていた王様は、そのとき、顔をまっ青にして、がたがたとふるえだした。