1
一人息子と暮らしているおばあさんがいた。心のやさしい息子だった。
おばあさんを大切にした。今時そんな子はいない。
としてとった親にとって、それほどうれしい事はない。
ものはなくとも、金はなくとも、おばあさんは幸せだった。
ところが、その息子が、病気になって寝込んでしまった。
おばあさんは、一人でどんなにか心配したことか、夜の目も寝ずに看病した。
だが、その甲斐はなかった。息子は死んだ。
冷たくなった息子の身体にとりすがって、狂ったように泣いた。
みんなは、なぐさめて葬式をすませたが、泣きやまなかった。
杖とも柱ともたのむ、一人息子を先立たせた悲しみは、あきらめよと云われて、あきらめられるものではなかったに違いない。
泣きなき、息子の墓の前に座り込んで、誰が何と云っても動かない。
「生きていてもしょうがない。この子のそばへやらせておくれ。」
おばあさんは、何も食べなかった。
四、五日で、カリカリにやせた。放っておけば、本当に死ぬかもしれない。
2
御釈迦様は、その話を聞かれるとお弟子をつれて、すぐ墓場へおいでになった。
そして、おばあさんに
「なにをしているのだね。」と、やさしく言葉をおかけになった。
「はい、かわいくてたまらない一人息子を死なせてしまったのです。私も死んで、一刻も早くその子のところへいきたいと、思っているのでございます。」
「自分が死ぬより、息子を生かそうとは思わないのかい。」
「えっ。」とおばあさんは、目を光らせて叫んだ。
「そんなことが、出来るのでございますか。」御釈迦様は、うなずきながら、静かに云った。
「できますとも、村中をまわって、火をもらってくるがよい。そしたらきっと、息子さんを
生きかえらせてあげよう。」
「はい、火ぐらいすぐもらってきます。」
「いや、しかし、その火と云うのは、まだいっぺんも、死人を出したことのない家の火でなければ、駄目なんだよ。」
「はい、わかりました。」
3
お婆さんは立ち上がると、よろめく足をふみしめて、村の方へ急いだ。必死だった。
最初の家へ飛び込むと、息せききってたずねた。
「ちょっとおたずねしますが、あなたの家では、まだ死人を出したことはありませんか。」
出てきた若い主人とお嫁さんは、「出したことがないどころか、一ヶ月前に八っになったかわいい娘を亡くし、まだ悲しみの涙にくれているところです。一緒に死んでしまいたいとさえ思っていましたが、今頃になってやっと、あきらめさせてもらっています。」
おばあさんは、ふかぶかと頭をさげると、あわててとなりの家へいった。
出てきたおかみさんは、怒ったように答えた。
「ないどころか、去年、大黒柱の主人を死なせて、どれだけ泣かされてきたことかわかりません。仏様のお話を聞かせてもらって、やっと落ちつかせてもらったところです。」
つぎの家へいって聞いた。だが駄目だった。父を亡くしたと云う。
そのつぎは、母を、そのつぎは祖父を、兄を妹をと、どの家もどの家も駄目だった。
それだと、御釈迦様のおっしゃる火はもらえない。
おばあさんは、がっくりとうなだれて、とぼとぼと帰ってきた。
4
「どうだ、みつかったかね。」
「駄目でした。死人を出したことのない家など、ただの一軒もありませんでした。」
「そうだろう。」と、御釈迦様はやさしく云われた。
「おばあさん、身内の者を死なせた悲しみは、たえがたいものだが、みんなそれを、じっとこらえているのだ。生まれた者は、いつかは必ず死ななければならない。そのことを、あきらかに知ることを、あきらめると云うのだ。仏様の教えを聞いて、ちゃんとあきらめたみんなは、寂しさに耐えながら、生きようとつとめているのだ。それなのにおばあさんは、それがわからず、死んで息子のところにいこうとしている。息子が死んで教えてくれたことに、
気づかせてもらうことこそ、かわいい息子を生きかえらせることではないだろうか。」
おばあさんは、悲しみに狂った自分の心が、御釈迦様のそのあたたかい言葉で、ほっとつつみこまれるような気がした。
おばあさんは、こくんとうなずいた。