拍手からの移動のパラレルファンタジーです。

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拍手御礼「あの森を目指して 32」


「どうして!どうしておじ様達はうちからの見合い話を受けてくださらないの?」

「そんなこと、俺に言われたって知らねーよ」

「そんなことなんて酷い!ショーちゃんは、私と結婚したくないの?」


14歳を迎えたあたりから自称未来の妻である女は、親に頼んで “松の屋” の息子との見合い話を持ち込む様になったが、そこそこ裕福とはいえ政略結婚としての旨味もない家からの話を “松の屋” の主人は受けることがなかった。

彼女が出来る嫁となり、馬鹿息子を支えられる娘だったなら話しは変わったかもしれないが、そこは同じ街の住人同士であり、情報を何より大切にする商家である。

この話が最初に持ち込まれたとき “松の屋”からは、馬鹿息子と同様に馬鹿娘としての揺るぎない地位を確立していた彼女を嫁にと望む声は全く出ずに終わった。

だが、見合いをすれば断らねばならない。それは角が立つ。ならば、見合いを受けねば良い。

見合い自体を断る前には、一応息子本人にどうしたいか聞いたらしいが、彼女を特別視している訳でもない彼からは、「面倒くせーから見合いなんかしねーよ」と言う返答が返ってきたらしい。

「まだまだ子供同士。見合いなんて早いですよ。婚約?いや、今から良い男性と巡り会うかもしれないのに、もう将来を決めてしまうのは可哀想ですよ」

「うちには勿体ない別嬪さんだし、隣の街からお見合いの良い話が来ていると聞いていますよ?ご商売の為にもそちらをお請になったほうが良いんじゃないでしょうか」

「うちにも取引先からのお話がありましてねぇ。いや、受けるつもりはないのですけど、今そちらさんと見合いしたとなるとあちらのお顔を潰すことになりますからねぇ。まあ、あと数年は商売のことをしっかり学んで、嫁取りは独立出来る位仕事が出来る様になってから考えればいいと思ってますよ」

1人娘の強い願いにより、断っても断っても持ち込まれる見合い話。それを適当な理由をつけ何年も断り続けていた “松の屋” だったが、断られている親はともかくとして、娘本人の鬱憤はどんどん溜まっていった。


「ショーちゃんの方から結婚を申し込んでくれから、見合いなんてしなくもすぐに婚約できるんじゃない?」

「そういうのは親父が決めるんだよ。だけど商売してっといろいろあるだろ?簡単には行かねーよ」

最初、女は彼女の “理想の王子様” であるらしい馬鹿息子に助けを求めたが、女と結婚する気などない馬鹿息子は責任を父親に押し付けた。

「じゃあ、おじ様にお願いすれば?」

「俺の頼みなんかあの親父が聞くかよ。キョーコの話は聞くくせに、俺の意見は一切聞かないんだぜ?」

「あの女がいるから、話を聞かないの?」

「まぁそうだな。キョーコが調子に乗ってシャシャリ出るから、俺様が意見を言う暇がないんだ」

「そう…なんだ」

「(お前と結婚なんて縛られそうでごめんだけど)まあ、あいつが邪魔なのは確かだけど、俺にはどうしようもないしな。ま、仕方がないんじゃないか?」

そして、父親に押し付けることに失敗したあとには、キョーコにすべてを押し付けることで繰り返されるこの面倒臭い話を終えようとする様になった。

「そうよね。あの女さえいなきゃ…全てが上手く行くのよね」



キョーコが忙しく働く間に、己の身を飾ることと馬鹿息子を追いかけることだけに時間を割いていた、女の行動が少しづつ変わりだした。


子供時代から続くわかりやすい嫌がらせは他の取り巻きもしていたし、既に日常的な物となっていたが、女が見合いが上手く行かない腹いせをそれに加えだしたことで、キョーコの被害は拡大した。

バシャ~~ン!

「きゃっ~!」

「あ~らっ、手が滑っちゃったぁ。床が汚れちゃったわねぇ、あんた暇でしょ?ちゃんと拭いておきなさいよ?」

女の実家で扱う染料を手桶に入れて持ち込み、階段の上から下を通りかかったキョーコに向かって投げ落とすこと数回。

「うわーー!またこれかい!キョーコちゃん大丈夫かい?ほんと何度も何度も誰がこんな馬鹿なことをするんだろう!今日と言う今日は旦那様にご報告しないと!」

「おいおい、今日は今から大事なお客様が見えるんだぞ!おおーい、皆手伝っておくれ!大急ぎでここを掃除するんだ!この不気味な緑の染料をキッチリ落としてくれ!」

キョーコだけを狙っている筈なのに、被害が “松の屋” 商売にも及びそうになり、女の嫌がらせは「タチの悪い悪戯」として、その実家にも報告が行くことになった。


「もー何でこの鍵は簡単に開かないのよぉ!もう~!」

キョーコの部屋に忍び込み、服を全部ボロボロにしてやろうと思いついた女だったが、部屋にはいつも鍵がかかっていた。

大金もそれなりに扱う商売をしているのだから、長年一緒に働く仲間とも言える人間に盗人はいないという大前提があり、独身の奉公人達は基本的に大部屋暮らしである。

人の出入りが激しい屋敷の中でその大部屋にある彼等の財産を守るために、主人は頑強な鍵をつけていた。

そんな頑強なドアの鍵も、部屋に忍び込もうする女によって、秘かに、しかし何度も鍵穴にナイフなどをつっこまれ続ければ、支障も出て来る。

そのうちスムーズに鍵の開け閉めができなくなってしまい、「これは外部から泥棒が入ったに違いない」と大騒ぎになり、屋敷に住む者すべての財産を守るため、私室に向かう廊下にあるドアにも新たな鍵がつけられてしまった。勿論私室の鍵もより頑丈な物に変えられた上でだ。

女は部屋にあるものを根こそぎ駄目にする計画は諦めたが、今度は干してある洗濯モノの中から、キョーコのモノを狙うことにした。

しかし奉公人共通のお揃いのお仕着せの服の中からそれを探しだすのは難しく、キョーコだけでなく他の者の服を数回ナイフで切り裂いてしまい、女性奉公人の洗濯物は立ち入りがしにくい場所に変更されてしまった。

勿論数回あったお仕着せの被害は、すべてキョーコが見事に修復し、皆問題なく着用していた。



それでも諦めない女は、あるとき普段は使用されていない客室からキョーコが出て来るのを見て、廊下で大騒ぎした。

「ないわ!ないわ!!」

大きな声にビックリした家の者が集まりだすと、女は更に声を張り上げ周囲に向け嘆いてみせた。

「少し気分が悪かったので、つい先程まであの部屋で休んでいたの!元気になってきたので家に戻ろうとしたら、途中でお財布と寝るのに邪魔で外したネックレスを置き忘れたことを思い出したの!」

そうして、キョーコを指差しながらこう言った。

「慌てて取りに戻ったらこの部屋からキョーコが出て来たの。そのあと部屋に入ってみれば、お財布とネックレスが消えてたのよ!!この意味、わかるでしょ!?この女が盗ったのよ!!」

その場にキョーコを良い様に思わない者はいないこともなかったが、騒いでいる女はある意味この屋敷内では札付きの悪ガキである。それもあって、すぐ様キョーコを泥棒呼ばわりする者はおらず、苛ついた女は益々大声を張り上げることとなった。

「この部屋に入ったのはキョーコだけ!だから泥棒はキョーコなの!もう!早くこの泥棒女を捕まえて!」

しかし、この大騒ぎにより、このときこの部屋に滞在していた人物がドアを開け顔を出したことで女の嘘は直ぐ様暴かれることになった。

「私は2日前からこの部屋に泊めてもらっていたし、今日はずっとここにいたんだが、君は私がいる部屋に勝手に忍び込んで休んでいたのかい?それに、私にお茶をもってきてくれたキョーコさんはお茶をおいたあと、手ぶらで部屋の外に出たんだけど、おかしいねぇ?私の目の前で泥棒騒ぎがあったなんてビックリだ」

部屋の中から出て来たこの商人の証言により、女の結婚計画は益々遠のいた。



屋敷内が無理なら、街の中で。

そう考えた女だったが、与太者を雇ってキョーコを傷つけようにも彼女は非常に強く、毎回返り討ちにあっていたし、街にいるキョーコの信奉者達の連携により、その多くは未然に防がれることの方が多かった。


そうして始まったのが、毒を使った嫌がらせである。

美味しいお茶が手に入ったとそれを持参し、キョーコのカップにのみ毒を入れて差し出すのだ。これまで毛嫌いしていたキョーコには茶など振る舞ったことなどないのだから、「何か入れられている」ことはすぐにわかった。

お茶だけでなく、毒は焼き菓子やフルーツに仕込まれていることもあった。

しかし、キョーコは奉公人である。客が振る舞う物を拒否は出来ない。

例え屋敷内で札付きの悪ガキ認定された相手だろうが、奉公人一同が本当は出入り禁止にしてほしいと思っていようが、一応は相手は主人の息子が招いた客なのである。

幸い、キョーコには薬の知識があり、女の薬の入手先を街のキョーコと親しい真っ当な薬師達が把握していたこともあり、大抵の場合大きく体調を崩すことなく対処することが出来ていた。

腹痛や眩暈や頭痛、吐き気、そして眠気。

多少の被害があっても、それはごく軽いものであった。

キョーコが屋敷にいない時期も多いこともあり、その嫌がらせはキョーコ本人を含む一部の者だけ要注意事項として認識するに留まっていた。

だが、年を重ねることで、女の恨みはより深くなり、その行動範囲が広がったことで、キョーコの被害はその命を脅かすレベルにまで達するようになった。

軽い毒から、猛毒へ。

女がお茶や焼き菓子に入れる毒は少しづつ、しかし確実に危険な物へと変化していった。

それが直ぐ様女が疑われるような即死する毒ではなかったことで、キョーコは当初それも受け入れていた。

まだその対処をする余裕があり、実害が最小限に押さえられていたからである。

しかし、ちっとも結婚話が進まないことに苛立った女が “松の屋” の女将にも毒を試したことで、キョーコとこれまでのことを知る者達の態度は変わった。

───あの女は気に入らない人間なら、誰でも殺そうとするんだ。私だけなら黙っていてあげたのに、旦那様や女将さんにまで毒牙にかける気ならもう許さないわ!

周囲の者は危険だと止めたが、罪を証明するには毒に冒される必要があるのだと、キョーコは毒消しを必要最低限しか飲まない様になった。

女将達が口にする物には監視の目が行き届くように裏から手を回した。

キョーコが体調を崩しだすと、女はやっと薬が効いてきたと大喜びで、より大胆に毒を盛る様になった。

キョーコは一気に体調を悪化させながらも、証拠も集め、その時を待った。

自身に盛られた毒は昔から有名な毒でその症状もわかりやすいし、あとで十分に治療出来るからと、身体を張った証明を続けたキョーコの我慢の甲斐があり、女はキョーコが旅に出る前にその罪を問われることになった。毒により人を殺め様としたのだから、大罪である。


だが、キョーコには予想していなかった大きな被害が残ることとなった。

女が最後に盛った薬には、遠い異国のモノが混じっていたらしく、キョーコの解毒治療は完璧には済ませることが出来なかったのだ。

───まだなんとか上手く元気に見せかけることは出来ているけど、それもそろそろ限界だし、きっとこのままでは近いうちに死ぬ。でも、 “松の屋” の皆さんの前で死ぬ訳にはいかない。

自らが選んだ毒を受け入れるという道。予想外の毒で死ぬことになっても、それは自分の責任であり、 “松の屋” の者にそれを感じさせることだけは避けなければならない。

───なら、旅先で毒に当ったことにすればいい…そこでもう仕事は出来そうにないし、戻れないからと手紙を書けば良いのよ。

街に住む大勢の教師…彼女が師匠と呼ぶ人間達はそれを止めたがキョーコは決意は固かった。

「旅先で仕入れた薬草で新しい薬を作ればきっと大丈夫です」

彼女はそう言い張り、自分が都合良く離脱出来る様に、しかも “松の屋” の商売には被害や影響を与えない様に、慎重にこのプランを進めた。

───なるべく近場で先に1つ中程度の規模の取引を終えておこう。大きいのはもしものときに損害がでちゃうしね。んー、離れるのがあまり近いと街に戻らないのが不自然だから、少し遠い場所に小さい取引を幾つか予定しておいて、それの1つ目が終わった頃に離脱すればいいか~。馬鹿息子にはお金を持たせるのは危険だから取引は為替で済むお店だけにしとこう!

店には、今回は新規開拓の下見がメインだと告げれば、そう大きな取引を予定していなくとも平気である。十分な実績のあるキョーコは行きたい場所や売り買いする品を自ら決めさせてもらえるだけの信用があるので、こういうときには便利であった。


───あとは私の行き先よね。う~ん。やっぱりあそこ?この身体がどうなるかわからないけど、うん、この際だからあそこに行ってみよう!

最近師匠の1人に聞いた素晴らしい森。存在を知ったその日から憧れていたその地が1人になる予定の彼女の目的地となった。



その後、幸いにも体内に抱えた猛毒の被害を表には出さない薬を自分で作ることに成功したキョーコは、予定通り馬鹿息子と二人での商談の旅に出ることが出来た。


そして、馬鹿息子の希望により、3週間程で彼女は彼と離れることにも成功した。


「ほら、いちいち五月蝿いミモリもいなくなったし、ちょうどいいからこの旅から俺様に相応しい右腕を雇おうと思うんだ。お前みたいな色気も胸もない出来損ないの役立たず女じゃなく、ゴージャスで有能な美女っをよ!」

「はぁ」

「でさ、お前なんか体調悪いとか言ってただろ?元気でも全然役に立たねぇのに、病気とかになったらほんと只のお荷物だっつーのに、ここまでは連れてきてやった俺はスゲーー優しいよな」

「はぁ」

「でもさ、実際のところ、お前旅はもう辛ぇんだろ?俺様はほんっと親切だからな。お前が動かなくていい様にここでクビにしてやることにする!!クビだ、クビ!!」

「はぁ」

「あ、すぐには街に戻るなよ?半年ぐらいはこの辺で暮らして、それから戻れ。で、お役に立てなかったので、仕事の補佐はこのショーコさんにお願いしたと言っとけ。当然今後はお前の仕事なんてもうないから、そのあとはどこか他の店に行くなりしろよ!いいな!」

前回の旅で知り合った、1回こっきりの取引相手の愛人兼補佐の女性の腰を抱きながら、馬鹿息子はこう宣った。

色気に溢れたその年上の女性は、その愛人兼補佐をしていた人物とは別れ、現在フリーだったらしい。

「良い人材は逃さないのが、やり手の俺様らしいだろう!そして、役立たずは許さないのも俺様の信条だ!なので、お前はクビ!わははは」

踏ん反り返って高笑いする馬鹿息子を憐れみの視線を送りつつ、キョーコはお手本の様に丁寧な暇乞いをしてこの悪縁を切ったのであった。


───この馬鹿を捨てる手間が省けてヨカッタ。さ、行こ行こ!

こうしてキョーコの計画していた1人旅は始まった。


第33話につづく

な、長い!!そして、次も長ーーいのです。自爆魔人!ヾ(。>﹏<。)ノ゛ *。
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