拍手からの移動のパラレルファンタジーです。
あの森を目指して 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18(アメンバー限定)or18(アメンバー限定を読めない方はこちら) / 19 / 20 / 21 / 22 / 23 / 24 / 25 / 26 / 27 / 28 / 29 / 30 / 31 / 32 / 33
拍手御礼「あの森を目指して 34」
つんっ!
つんっ!
背後から上着の裾を引っ張られたキョーコは、棚の上に手を伸ばしたまま、ちらりと視線だけをそこに向けた。
キョーコのすぐ後ろにはいつの間にか、車椅子に乗った男が移動してきていた。
───何か、怒ってる?でも、これ以上の譲歩は出来ないんだけど。はぁ~。
キョーコ的には、もう彼とは必要以上の会話をしたくないと言うのが正直なところ。それでも、一応はちゃんと男に向き直り、丁寧な口調で要望を聞いてしまうのが、キョーコと言う娘であった。
例えそのオーラが多少黒ずみ出してはいても、とっておきの笑顔を張り付け彼女は問うた。
《ニッコリ。まだ何か御用ですか?》
《あのっ!だから、違うんだっ!》
泣きそうになって違うと訴える男だったが、彼の顔面はそれをそうは表現してくれなかった。
彼が必死になればなるほどギョロリとしてしまう目と引きつる顔の皮。それは悲しんでいるというよりも寧ろ不機嫌に見えた。
───落ち着いて、キョーコ。仕事みたいに事務的にすれば良いって決めたでしょ!さあ、営業スキルでこの難癖を乗り切るのよ!
《申し訳ありませんが、これ以上の対応は出来かねます。ご不満なのはわかりますが、出発の準備が出来るまで、しっかり栄養補給しながら待っていただくしかありません。さ、あちらで食事してください。ニッコリ》
そう言ってキョーコは男の背後に周り、車椅子を元のベッド近くに移動させた。
《だからっ!そうじゃなくて!》
動きの悪い身体を捻りながら背後に向かって必死に叫ぶ男だが、焦るあまり説得の「せ」の字も出来ない言葉しか出てきていない。
《ニッコリ。ご要望通りに今直ぐ消えて差し上げたいのは山々なのですけど、準備は必要です。それをなるべく早く終える為にも、貴方は貴方に出来る食事と言う準備をしてください》
ぐいっ!
ドサッ!
「きゃっ!」
《ぐっ!!!ったっ!》
また男から離れ、棚の方に戻ろうとしたキョーコだったが、それは男によって阻止された。
キョーコから離れまいと無我夢中で車椅子を回転させた男は、伸ばした腕で力一杯キョーコの上着を引いたのだ。
《なっ!》
それは椅子に座る男の膝の上に乗ってしまった女性のする普通の反応とは少し違った。
《ったたたったっ!》
意図せずだが、膝の上に気になる女性を乗せることになった男の反応もどこか普通でなかった。
勢いよく、骨ばった身体を直撃したのは細身と言え大人の女性の身体であり、体重であった。
大きな男とは言え、骨と皮の今の彼には堪え難い衝撃である。骨にダイレクトに響いた衝撃により、骨がジンジンすると言うよくわからない痛みが彼を襲っていた。
《す、すみません!》
背後から引っ張られいきなり体勢を崩されたキョーコは、何故か加害者として謝罪し、膝の上から飛び降り痛がる男の様子を伺った。
《だ、だいじょう…ぶ》
《ちっとも大丈夫そうに見えませんよ。…少し痛みが引いたら、骨が折れていないか診てみますから、それまで我慢してください。折れていなければ、それは一過性の痛みなのですぐに引くと思いますけど》
《お、折れていないからっ、だいじょうぶ》
《そうですか?本当に平気なのでしたら…予定通り今日出発で…いいですね?》
フルフルフル フルフルフル
痛みに耐えながら、男はここが振りどころとばかりに、首を横に必死に振ってみせた。
《ここに…いる。君と…君と…一緒に…いたい》
弱々しい声でそう告げる男を、キョーコは冷めた目で黙って見つめていた。
キョーコの中の刷り込みは、極普通の女性の様な反応を返すことを許さなかったのだ。
───とりあえず、少しは自分の身体の状態を理解した訳ね?今日の出発は延期…か。でも、明日には旅立つわよね?それとももうしばらくここにいることになるのかしら?
今は痛みに驚き、旅立つことに不安を感じても明日にはまたキョーコに我慢ならなくなり、即出て行きたいと言い出すかもしれない。いや、きっとそうなるだろう。
───でも、なんだか私が出て行くほうが簡単かも…。だけど、彼が元気になるまでの食べ物をすべて事前に準備しておくとなると、大変よね。すぐに痛まない長期保存が可能な食材に限られる訳で。そうなると栄養が偏るし。かといって、この森まで人を呼ぶ訳には行かないし…やっぱり1人で置いてくのが無理よね。う~ん。
車椅子の上でまだ痛みにじっと耐えている男を余所に、キョーコは棚に残っていた品を降ろし、大きな袋に必要と思われるものをどんどん詰めたあと、それを肩に担いで外に向かった。
《ニッコリ。お邪魔にならない様に準備は外でしてきます。今日か…明日…村に出かける前に一度顔を出しますが、くれぐれも食事はしっかりと済ませてくださいね》
そう言い残し、キョーコはドアの向こうに消えた。
男は身体の痛みと引き換えにまずは1日の猶予を得たが、出て行きたくないことも、キョーコの側に居たいと思っていることも、まったく伝えることが出来なかった。
《そ、外…?》
早く追わねばと思うのに、男の身体からはなかなか痛みが引いてくれず、やっと治まったあとに外に出て見れば、近くにキョーコの気配はなかった。
《いない…どこに?このままいなくなったり…しない…よな?》
とてつもなく不安になった男は、そのまましばらくドアの前から動けなかった。
このとき、彼を辛うじて支えてくれたのは「村に出かける前に一度顔を出す」というキョーコの残した言葉だけである。
───今度顔を見たら、まず謝ろう。何を謝るのかわからないけど、謝れば許してくれるかもしれないし。それで、ちゃんと一緒に居たいことを伝えて…それから今度こそ名前を聞くんだ。
そう強く決心しながらも、男の顔色は冴えない。
静かに “毒の森” から見える暗い空を眺めたあと、男は寂し気に小屋の中に戻ったのであった。
第35話につづく
早くちゃんと口で説明出来る様になりますように。
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つんっ!
つんっ!
背後から上着の裾を引っ張られたキョーコは、棚の上に手を伸ばしたまま、ちらりと視線だけをそこに向けた。
キョーコのすぐ後ろにはいつの間にか、車椅子に乗った男が移動してきていた。
───何か、怒ってる?でも、これ以上の譲歩は出来ないんだけど。はぁ~。
キョーコ的には、もう彼とは必要以上の会話をしたくないと言うのが正直なところ。それでも、一応はちゃんと男に向き直り、丁寧な口調で要望を聞いてしまうのが、キョーコと言う娘であった。
例えそのオーラが多少黒ずみ出してはいても、とっておきの笑顔を張り付け彼女は問うた。
《ニッコリ。まだ何か御用ですか?》
《あのっ!だから、違うんだっ!》
泣きそうになって違うと訴える男だったが、彼の顔面はそれをそうは表現してくれなかった。
彼が必死になればなるほどギョロリとしてしまう目と引きつる顔の皮。それは悲しんでいるというよりも寧ろ不機嫌に見えた。
───落ち着いて、キョーコ。仕事みたいに事務的にすれば良いって決めたでしょ!さあ、営業スキルでこの難癖を乗り切るのよ!
《申し訳ありませんが、これ以上の対応は出来かねます。ご不満なのはわかりますが、出発の準備が出来るまで、しっかり栄養補給しながら待っていただくしかありません。さ、あちらで食事してください。ニッコリ》
そう言ってキョーコは男の背後に周り、車椅子を元のベッド近くに移動させた。
《だからっ!そうじゃなくて!》
動きの悪い身体を捻りながら背後に向かって必死に叫ぶ男だが、焦るあまり説得の「せ」の字も出来ない言葉しか出てきていない。
《ニッコリ。ご要望通りに今直ぐ消えて差し上げたいのは山々なのですけど、準備は必要です。それをなるべく早く終える為にも、貴方は貴方に出来る食事と言う準備をしてください》
ぐいっ!
ドサッ!
「きゃっ!」
《ぐっ!!!ったっ!》
また男から離れ、棚の方に戻ろうとしたキョーコだったが、それは男によって阻止された。
キョーコから離れまいと無我夢中で車椅子を回転させた男は、伸ばした腕で力一杯キョーコの上着を引いたのだ。
《なっ!》
それは椅子に座る男の膝の上に乗ってしまった女性のする普通の反応とは少し違った。
《ったたたったっ!》
意図せずだが、膝の上に気になる女性を乗せることになった男の反応もどこか普通でなかった。
勢いよく、骨ばった身体を直撃したのは細身と言え大人の女性の身体であり、体重であった。
大きな男とは言え、骨と皮の今の彼には堪え難い衝撃である。骨にダイレクトに響いた衝撃により、骨がジンジンすると言うよくわからない痛みが彼を襲っていた。
《す、すみません!》
背後から引っ張られいきなり体勢を崩されたキョーコは、何故か加害者として謝罪し、膝の上から飛び降り痛がる男の様子を伺った。
《だ、だいじょう…ぶ》
《ちっとも大丈夫そうに見えませんよ。…少し痛みが引いたら、骨が折れていないか診てみますから、それまで我慢してください。折れていなければ、それは一過性の痛みなのですぐに引くと思いますけど》
《お、折れていないからっ、だいじょうぶ》
《そうですか?本当に平気なのでしたら…予定通り今日出発で…いいですね?》
フルフルフル フルフルフル
痛みに耐えながら、男はここが振りどころとばかりに、首を横に必死に振ってみせた。
《ここに…いる。君と…君と…一緒に…いたい》
弱々しい声でそう告げる男を、キョーコは冷めた目で黙って見つめていた。
キョーコの中の刷り込みは、極普通の女性の様な反応を返すことを許さなかったのだ。
───とりあえず、少しは自分の身体の状態を理解した訳ね?今日の出発は延期…か。でも、明日には旅立つわよね?それとももうしばらくここにいることになるのかしら?
今は痛みに驚き、旅立つことに不安を感じても明日にはまたキョーコに我慢ならなくなり、即出て行きたいと言い出すかもしれない。いや、きっとそうなるだろう。
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車椅子の上でまだ痛みにじっと耐えている男を余所に、キョーコは棚に残っていた品を降ろし、大きな袋に必要と思われるものをどんどん詰めたあと、それを肩に担いで外に向かった。
《ニッコリ。お邪魔にならない様に準備は外でしてきます。今日か…明日…村に出かける前に一度顔を出しますが、くれぐれも食事はしっかりと済ませてくださいね》
そう言い残し、キョーコはドアの向こうに消えた。
男は身体の痛みと引き換えにまずは1日の猶予を得たが、出て行きたくないことも、キョーコの側に居たいと思っていることも、まったく伝えることが出来なかった。
《そ、外…?》
早く追わねばと思うのに、男の身体からはなかなか痛みが引いてくれず、やっと治まったあとに外に出て見れば、近くにキョーコの気配はなかった。
《いない…どこに?このままいなくなったり…しない…よな?》
とてつもなく不安になった男は、そのまましばらくドアの前から動けなかった。
このとき、彼を辛うじて支えてくれたのは「村に出かける前に一度顔を出す」というキョーコの残した言葉だけである。
───今度顔を見たら、まず謝ろう。何を謝るのかわからないけど、謝れば許してくれるかもしれないし。それで、ちゃんと一緒に居たいことを伝えて…それから今度こそ名前を聞くんだ。
そう強く決心しながらも、男の顔色は冴えない。
静かに “毒の森” から見える暗い空を眺めたあと、男は寂し気に小屋の中に戻ったのであった。
第35話につづく
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