拍手からの移動のパラレルファンタジーです。

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拍手御礼「あの森を目指して 35」

小屋を出たキョーコは、馬留めの前に置いている幌付き馬車の荷台に上り、肩に担いでいた荷物を降ろすと、先程袋に詰めたばかりの荷物をまた全部取り出した。キョーコは、自分の現在の寝床であるここで、男の為の荷造りをするつもりなのである。

───小屋より、こっちの方が落ち着いて準備できそう。

森に着いてすぐに一度は空にしたこの荷台には、キョーコがここで寝泊まりすることに決めてから戻した荷物が奇麗に整頓されて並んでいた。

当初はキョーコと男のどちらが馬車でどちらが小屋で寝泊まりするかで迷っていたが、男がまだ馬車で暮らせる様な身体ではなかった為に、幌付き馬車は自動的にキョーコの寝床となった。

載せたまま治療出来る腰程の高さの台車と違い、荷台部分が女性の肩程の高さである馬車では、使い勝手が随分違う。自力歩行出来ない男を台車に載せることは出来ても、馬車に担ぎ上げることは不可能だったのだ。

普通に考えれば、小屋がアタリで幌付き馬車はハズレであるが、キョーコには特に不満はなかった。

幌付きとは言え、ほとんど外である。しかし幸いにも、今は暑くも寒くもない時期であり、異性である男が勝手に出歩けない状態なのもあって、水浴びも着替えもそう気を遣わず出来ていた。

毒の森には人が侵入する心配があまりないこともあって、表側の井戸ではなく裏の水場を使うときには、大胆にも全裸で水浴びをしているぐらいだ。

男が車椅子で外に出たいと言い出したことで、水浴びは彼が寝ている時間もしくは、車椅子で移動できる範囲外…石畳から外れた場所にある裏の水場限定にせねばとキョーコは考えていたのだが、そんな心配もする必要がなくなった。

明日か明後日にでも男が出て行けば、誰の目も気にしないで済むし、そのうち自分も目的地に向かって旅立つのだから。

《服は3着…あればいいわよね。まぁこっちのは中央大陸では着ない方がいいから、ほぼ2枚になっちゃうけど。それにしても…マントは頭も顔も隠れるタイプの物を買っておいてヨカッタわ…あの見た目じゃある意味目立つものねぇ》

そのうち2着は中央大陸で一般的な服で、男を買った市場で調達した古着である。直ぐ様賊に狙われそうな新品より、そこそこ上質で丈夫な古着の方が旅には適しているのである。

それにあの大剣を買った際におまけについていた1着を加えた合計3着が男に与えるつもりの衣装である。ちなみに、大剣のおまけの服は、受け取ったときにはただのボロ布であった。それをキョーコが修復し、服に見える様に戻したのである。

キョーコは出発時に身に付けてもらう中央大陸の服だけを脇によけ、その上にマントを置いた。

《履物は1組。修復用に紐一巻き。それに、薬は滋養強壮用、毒緩和用と…今後も使うかもなので怪我用は多めに入れて、と。食料は村で仕入れた物だけにするし、水樽と馬だけの移動になった時の水筒も村で買えばいいわね…》

旅行用の鞄は、馬の背にも安定して積める上に人間が背負うことも出来る品を、森の外の野営地で出会った商人から購入済みである。

男の旅の装備を旅行鞄に詰め、その上に脇に避けていた服とマントと履物を紐で縛り付ければ、今ここで済ませることの出来る荷造りはほぼ終わりだ。

《あとは、旅の資金よね》

キョーコは目の前にぽつんと残っていた財布の横に、もうひとつの財布を並べた。

1つはこれまで小屋に保存し、男に緊急用の金だと告げていたもの。もう1つはキョーコが持ち歩いていた物だ。

《食料と水はある程度持つでしょうけど、アメリコクまでは無理だし。野宿だけで済まないだろうし。船にも乗らないとだし。食費と宿賃と船代…が現金で必要ね。これから雇う看護の人間には報酬の1/3を先払いして、アール港に着いた時点で1/3受け取れる様に金匠の手形を指定。残りはアール港から船に乗る際に金匠に出張支払いしてもらえばいいわね。船に一緒に乗らないときには支払い拒否の注意書きを付けておこう》

※金匠:銀行の様な機関。金匠に貨幣を預けた者にはそれを証明する預り証を発行。旅行時にはこれを携行し、旅先の金匠でそれを見せれば貨幣を引き出せる。支払いには相手や支払い期日などを指定出来る手形を使う。

子供の頃から貯めていた商家からの給金に加え、育った街を出るまでに様々な特技を生かして稼いだ金、そして一人旅を始めてからこの“毒の森” にいる間も続けている商いの儲けをキョーコは金匠に預けていた。

物騒なので、普段は必要最低限しか持ち歩かない現金も、男に必要になるだろう額はちゃんと手元に残してある。

自分の財布には男の為に村で手配する食料や看護の人間の先払いに必要な金だけを残し、残りの金をすべて男用の物に移動させた。

これで、財布の準備は完了だ。

《あとは剣か…》 

最後の装備は武器である。

馬車の荷台の貴重品入れに隠していた大剣を取り出し、キョーコはそれをしばし眺めた。

《この大剣と彼の腕にある印は何なのかしら?家紋?所属している軍とか地域の証?…何れにしろ、この剣が彼の物なのかどうかは、本人に聞かないとわからないわよね》 

彼と剣が同じ市場で売られていたのは只の偶然である。印が有名な私設軍等見知った物であれば、彼と剣を繋ぎ合わせることなどなかったのであるが、如何せん遠い国絡みの話。印が個人的な物なのか、もっと大きな範囲の結びつきを表す物なのかの判断が出来ない。

独特のカタチをした大きく長い大剣を見つめながら、この剣のことを彼に聞くべきか、そして持ち主であるとすれば彼に引き渡すべきかを、キョーコは悩んだ。

───でも、今はあまり聞かない方が良い気がする。

彼がこの大きく重い剣を振るうようになるのはきっと故郷に帰り、毒の治療を終えたあとである。

《私もお荷物になるだけで価値のない剣を持ち歩くなんて馬鹿みたいだけど、彼の場合は元の持ち主であったとしても、今は邪魔な物でしかないわよね》 

この大剣には骨董的価値も商品的価値はない。見た目が地味でも代々の宝となる様な品なら、キョーコにだってわかるが、これは明らかに違う。

使用出来るなら武器としての価値はあるが、使えないなら苦労して担ぐ甲斐もないただのガラクタなのである。

《これが彼の物だとして。思い入れはあるかもしれないけど、今は実用的な剣を渡そう。私が目的地に着いたら、アメリコクの首都の金匠経由で返せば良いのだから。別れ際に通り名だけ聞いておけばなんとかなる筈》 

幸いにもアメリコクの首都の金匠には、男と同じ言葉を話せる知り合いがいるのだ。中央大陸の共通言語も通じるその知り合いになら、手紙で依頼することも可能だし、情報に長けたその知り合いなら剣の印と通り名だけでも十分彼を判別してもらえるだろうとキョーコは考えた。

キョーコが市場で迷いに迷って購入した役にも立たない大剣はもうしばらくコレクションとして保管することに決め、男にはいざとなれば売ることもできると思って買っておいた長剣と短剣のセットを渡すことに決めた。

《それじゃ、今から村に行ってっ!ぐっ!》

───痛っ!朝ちゃんと薬を飲んだのにっ!

《んんっ》

腹を押さえながら、キョーコは身につけている薬袋からお手製の痛み止めを出して飲んだ。

《んっ!んぁっ!》

───駄目だわ、すぐには効きそうにない。でも、まだ新しい薬は出来上がってないっ。

馬車の天井にぶら下げ、乾燥させている段階の薬草数種は毒草である。様々な方法で加工し、必要な成分だけを残し、その他毒なしの十数種の薬草と組み合わせることで、キョーコの薬は完成するのだが、それにはまだあと数日かかる予定なのである。

しかも、その効き目は実際飲んでみないことにはわからない。自称薬師もどきなキョーコは自らが開発した実験薬を飲んでは改良し、ここまで旅を続けて来ていたのである。


《はぁ、はぁ》

───とりあえず、痛み止めと睡眠薬飲んで…寝よう。村は明日…っ

薬袋から追加で薬を出し、馬車に置いていた他の薬袋から出した睡眠薬と合わせて飲んだキョーコは、馬車の隅に畳んで置いてあった布団がわりの厚手のマントを掴んで身体に纏うと、その場に踞って眠りについた。

第36話につづく

キョコさんも結構ギリギリー!
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