拍手からの移動のパラレルファンタジーです。

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拍手御礼「あの森を目指して 41」

───君、貴方か…いつまで俺達はこう呼び合うんだろう。



キョーコと男が “秘境大効能温泉” を目指す旅に出てから、随分経った。

毎日朝早くに出発し、夕方日が完全に落ちる前に野営準備を済ます旅生活にもかなり慣れた。

街道を進むこと、3週間。
その最初の数日。男は、野営予定地に着く度にドキドキしていた。

───星空の下での二人きりの夜。今夜は彼女と並んで眠れるだろうか?

───今日は少し肌寒いから、「何もしないからくっついて眠ろう」と提案するのはどうだろう?

日中の馬車の中でもずっと二人きりなのだが、それはそれ、あれはあれ。夜を過ごす場所は彼にとって特別な空間に感じられたのだ。←妄想が広がりやすい特別な空間?

───小屋のときとは違ってどちらも外にいるんだし、水浴びとか着替えとか、もし彼女がしている最中に偶然見てしまったら…どうしようか?// ←抹殺されると思います。

旅先でのアクシデントへの期待も忘れない男である。


───二人で火を囲んで食事して。肩を抱いたりなんか…/// ←

ロマンチックな夜へのシミュレーションだって欠かさない。



キョーコは、次々と旅人が集まってくる野営地で夜を明かす方が嬉しそうだったが、男は木々の間に隠れるようにして過ごす二人きりでの野営の方がヨカッタ。

小屋の外に出たことで、水浴びだけでなく1人で出来る様になっていた筈の排泄まで、キョーコの世話になることも多かったが、それらの手助けは基本的に周囲が暗い中で行われることであり、男は以前程情けない思いをせずに済んでいる。←夜は足元が見にくいので転倒しないようにつきそうキョコさん

むしろ、その機会に男として意識してもらいたいなどと考えてしまう位であった。

妄想の中では、彼は常にしなやかで強靭な身体と美貌を誇っていたかつての姿であった。

彼の中の “乙女心” は、やせ細ったコケコケ男をキョーコの横に並べることを許さなかったのだ。




夜。キョーコは男を幌付き馬車の荷台に残し、自分は天幕に寝ている様だった。

最初の数日は寝る時間になると姿を消されていたため、どこに行くのか気になって仕方がなかった男は、「どうしていなくなるのか」と質問したのだが、キョーコからはきちんとした返答はもらえなかった。

少し肌寒い日に火の側に天幕を張る姿を見て、そんな地面に寝るのはやめて「幌付き馬車の荷台で一緒に寝よう」という提案をしてみるも、遠回しに断られてしまった。

───もっと親しくなれば、毎晩同じマントの下に潜り込んだり出来るかもしれない。俺の見た目だって少しづつマシになってきてるし、じきに気持ち悪くない程度には肉がつく筈だ。世話のかかる患者じゃなくなって、男として警戒されはじめる前に沢山話しかけて、ちゃんと仲良くなっておかないと!

この努力がキョーコを辟易させているとは知らず、男は毎日それはもう熱心に、キョーコを構いたくっていた。

そんな中、男ははたと思った。

───君、貴方か…いつまで俺達はこう呼び合うんだろう。

ほとんどの時間を二人きりで過ごす、馬車の旅。小さな空間にいる相手に向かって呼びかけるのに、名前は特に必要としない。

熟年夫婦の中には「おいお前」と「ちょっとあんた」が互いにとっての名前同然になって者もいるぐらいなのだから、相手に気づいてもらえるのならばそれでも問題ないのかもしれない。

しかし、照れ隠しでそう呼びあう夫婦はちゃんと互いの名前を知っている。だけど、自分達は互いの本名どころか、通り名さえ知らないのだ。

───彼女も俺も、互いに何者なのか知らないままなんだよな。

名前はなんていうのか。
出身はどこか。
年齢は幾つなのか?
仕事は何をしているのか。


そして、恋人はいるのか。

男が気がついたときには既に一緒に旅していたが、その理由は教えてもらえなかった。

とりあえず向かっている秘境大効能温泉ではない、本当の旅の目的地も。

───…恋人は以前聞いたときなんだかおかしな感じになっちゃったから…聞くのが少し怖いけど、名前、いや通り名ぐらいは聞いてもいいんじゃないだろうか?

「君と呼んでいただくので問題ないですよ」とか言われそうな気もしたが、もしかしたら案外あっさり教えてもらえるかもしれない。

男はそう考え、その機会が来るのをまった。

待つ間も続けていた親しくなる為の会話により、キョーコの男への心証が大幅に悪化していたのであるが、それには全く気づかず、なるべく側に、出来れば触れあえる位置で会話をしようと頑張っていたのであった。






「こんにちは」

「こんにちは、お嬢さん。よい天気だね」

「そうですね。おじさん、この先にある街には寄られました?」

「おお、寄ったとも!嬢ちゃんも寄るつもりなのかい?」

街道ですれ違う馬車は、相手が危険人物ではなさそうだと判断すれば、挨拶と情報を交換するのが常である。

互いに「道の先」の「最新」の情報を聞ける相手なのだから、相手が特別急いでいない限りは、長話になろうとも出来る限りのことを聞いておこうと双方熱心に言葉を交わす。

「そこそこ大きな街だと聞いているので、宿をとって休みがてら食材を仕入れようかと思っているんですけど、良い街でした?」

「嬢ちゃんと後ろの…兄ちゃん?いや親父さん?…と二人でか?」

「…まあ、そうです」

───兄ちゃんはともかく、親父って何だ!俺はピチピチの若者だぞ!どうせ間違えるなら恋人とか彼氏と言ってくれ!

もしも荷台の男が言葉を解したのなら、即座にそう反論しただろうが、生憎彼は今交わされている中央大陸の言葉を理解していなかった。


「確かに大きな街だが、ゴロツキも多くてなぁ。あの親父さんは頬もこけちまってるし、病気かなにかだろう?護衛もいないみたいだし、街に入るのも出るのも明るいうちにしたほうがいいぞ?」

そう言う中年の男の操る馬車の背後には馬に乗った2人の護衛の姿があった。

さっと観察したところが、男も護衛も特に怪我を負っている様子はない。

話す本人は剣も持っていないところを見ると、護衛が2人いれば馬車と雇い主を守りきれる程度の危険なのかもしれない。そう考えたキョーコは街に入るのを諦めることなく、更なる情報を求めた。

「そうなんですか。買物は問題なく出来そうですか?」

「昼間に大通りで済ます分にはな?裏通りは危ないらしいから。ああ、泊まるなら大通りにある用心棒付きの宿にしなよ」

「ご親切にありがとうございました。おじさんが行く方向にはしばらく街はありませんけど、5日程行けば小さいですけど湧き水のある野営地がありますよ。この道を3週間程旅していますけど、盗賊などの噂も聞きませんでした」

「そうかい、そうかい、有難うよ」

そのあと、互いに幾つか質問しあって、ついでにキョーコは薬を売ったりしたあと、その旅人達に別れをつげた。

「お気をつけて。よい旅を」

「嬢ちゃんたちもな!」



───街に入る前に野営して、時間の調節をしよう。彼にも少し危険について話しておかないと行けないし。

《今日の夕方もう一度野営して、明日の朝街に入りますよ》

《うん、わかった》

キョーコとの旅で、「街」に泊まった記憶はない。


───宿に泊まるのかな?

男の中では新しいシチュエーションへの期待が広がっていたが、御者席に座るキョーコの方は少しばかり難しい顔をして、進行方向を見つめていた。


第42話につづく

年齢不詳コケコケ男!パッと見は50歳ぐらい?
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