たまには、イベント関連の小話を。

『逃げ切りたい!』

 

“京子” は、走っていた。

 

全力で走っていた。

 

それはもう、必死に。

 

まだまだ十代、体力はある方だ。

 

だけど、永遠に走り続けるなんてことは出来る筈もなく、今はややフラフラしながら、避難できそうな隠れ場所を探しているところだった。

 

「ハァ、疲れた…どうしよう、なかなか良い場所が見つからないわ。さっき通り過ぎた茂みに隠れてたほうが良かったかしら?でも、長袖長ズボンでもないのにあんなとこにしゃがみこんでいたら、変な虫に刺されそうだし…この格好では冷えて風邪を引いちゃうわよね」

 

流石に蚊はもう見なくなったが、まだまだ野外には危険な虫がいる。痒くなる程度で済めば良いが、なかなか消えぬ跡が残ったりもするので、女優やグラビア系の芸能人にとっては、虫に刺されたり噛まれたりは笑い事で済まないものだったりする。

 

虫の危険:痒みや肌に残るダメージだけではない。毒による、腫れやアナフィラキシーショックもある。感染症を媒介する虫の場合は、高熱が出て入院する程であっても、虫に刺されたことが原因だと気づくことができなければ、対策が遅れ、死に至ることもある。

 

「う〜ん。茂みに隠れることは出来ないとなると、さっきの建物?いやでも、あそこは見つかった後に逃げるのが難しそうだったし、あ、あの建物はどうかしら?」

 

現在、女優でタレントである “京子”、本名 “最上キョーコ”は、特番の撮影中であった。

 

 2ヶ月前に閉鎖したばかりの中規模なテーマパークを舞台に、「逃げて逃げて逃げまくれ!危険なハロウィンナイト」という鬼ごっこ番組の撮影が始まったのは今から2時間半前。

 

編集上、この逃走劇は40分程度にまとめられることになっているが、「撮れ高(放送で使える部分)」を確保する為にはやはり3時間程度の撮影は必要らしく、キョーコはまだこれから30分は逃げ続けないといけないのだ。

 

多くの役者がドラマの番宣で出ているこの特番。ドラマの衣装で参加にしてしまうと、タイトスカートやヒールなどが多数となる女優が開始5分で全滅するだろうという理由で、全員が “仮装”させられていた。

 

放映日が10月の月末だからと、ノリノリで企画された「逃げて逃げて逃げまくれ!危険なハロウィンナイト」。企画スタッフだけでなく、衣装さんもメイクさんも、ノリノリ。何故か画面に映らぬスタッフまで全員骸骨コスプレだ。

 

そんな悪ノリレベルのやる気に溢れたスタッフが用意した、 “京子”の衣装は…

 

「ああ、どうにか逃げ切って、ドラマの衣装に着替えての番宣権をゲットしないと!!こんな破廉恥な格好で、テレビ局のスタジオ撮影部分までこなすことになるなんて、冗談じゃないわ!」

 

そう。“京子”の衣装は…とても、破廉恥だった。

 

しかし、この逃走ゲームで捕まった役者は、罰としてスタジオでもコスプレ継続なのだ。

 

明後日に予定されているスタジオでの撮影には、絶対にこの衣装で出たくないキョーコは、他の女優達が開始1時間程で全滅した後も、一人逃走を続けていた。

 

「それに、鬼役の人たちが怖すぎるゥ!あんなのに捕まりたくない!!:(´・ω・)ω・`): ガクブル」

 

某漫画の巨人の着ぐるみを着た「裸族」な彼ら。見た目ぽっちゃり体型に見えるが、中の人はそうでないらしく、動きが機敏で走るスピードも速い。

 

巨人コスプレといえ、「裸族」な姿をそのまま見せたらクレームが発生するので、放映時には首から下はモザイクをかけ、笑いをとる方向らしいが、撮影中は裸の赤子を大人サイズにした着ぐるみな彼らが、追いかけてくるのだ。はっきり言うと、怖い。そして、なんだか破廉恥。

 

そんな“破廉恥赤子巨人” に捕獲される、とてつもなく破廉恥な衣装の “京子”。

 

「ああ、想像しただけで、ゾッとする!!逃げないと!!」

 

だか、なんとか逃げ切ろうと、また移動を始めたキョーコは気づいていなかった。今、彼女を必死で追っている怖い存在が “破廉恥赤子巨人” ではなくなっていることに。

 

 

「なんだか、悪寒が!?でも、もうこれ以上走って逃げるのは無理だし、あの建物に入るしかないわね!あのサイズなら中でも逃げ回れそうだし!ちょっとぐらい、休憩できるかも?」

 

少し前までは屋根の一部しか見えなかった、その建物を目指し、移動すること15分。

 

フラフラになりながらも、カメラの設置された電灯の下を避けるようにして逃げ続けていたキョーコは、やっとその出入り口が見える場所まで辿り着いた。

 

そして、3階建迷路ハウスの入り口の灯に誘われるように、その中に吸い込まれた。

 

5分後、その後を追ったのは、 “破廉恥赤子巨人” ではなかった。

 

10分後、撮影終了の合図の鐘が、テーマパーク内に響き渡った。

 

その更に5分後、破廉恥な衣装を足の先まで黒のマントで綺麗に隠した“京子”が、背の高い吸血鬼に腰を抱かれながら、3階建迷路ハウスの入り口に姿を現した。

 

吸血鬼は、出演者全員に配られた発信機2つを入り口にあった台の上に置いた後、これまた出演者全員が身につけさせられたカメラ付き腕時計型携帯に向け、話しかけた。

 

「お疲れ様です、敦賀です。ええ、終わりの合図は聞こえました。実は、10分程前に、たまたま京子と遭遇したのですが、彼女凄い薄着だったでしょう?だから、体調が悪くなったみたいで。ええ、もう10月の中旬ですし、冷え出した夕方からの撮影ですからね。ええ。はい。なので、俺と京子は、集合地点には戻らず、このまま事務所の車に向かいます。ええ、そうですね、うちのマネージャーへの伝言もお願いしたいです。はい、有難うございます。はい。機材は、3階建迷路ハウスの入り口に置いておけば良いんですね。ああ、いえ、俺たちの衣装は買取扱いでお願いします。はい、はい。お疲れ様でした」

 

売れっ子女優を、露出過多な季節外れの衣装で「寒い野外」に放り出した意識はあるのか、電話の先のスタッフは平謝りで、蓮の申し出を受け入れた。

 

追っ手も逃げる側も出演者は発信機でどこにいるかわかるようになっていたが、固定カメラは、テーマパーク内の灯りにつけられたものだけであった。それではほとんど暗闇しか映らないので、番宣出演の役者ではない賑やかし役の芸人達がハンディカメラで実況中継しながら、追っ手である “破廉恥赤子巨人” に付き添っていた他、逃げる役者陣達も15分置きに「本部に画像付きで連絡」のルールが課せられていた。←芸人が “破廉恥赤子巨人” をツッコミながら追うので、その話術と、その “破廉恥赤子巨人” に時折捕獲されるコスプレ役者のシュールな映像で、番組を盛り上げる構成らしい。

 

その連絡ツールであるカメラ付き腕時計型携帯を2個、3階建迷路ハウスの入り口に置いた敦賀蓮は、顔色の悪い筈な京子を抱き上げると、足早に裏門にある駐車場に向かったのだった。

 

ちなみに、開始から2時間半以上激しい運動をしていたキョーコは、汗をかくほどで、ずっと寒さを感じることはなかった。

 

建物内に入り、追いかけて来たのが蓮だとわかり、動くのをやめたことで、身体が急激に冷え、クシャミを出してしまっただけで、体調悪化という程の状態ではない。

 

「今、君、寒いと感じているだろう?これ以上肌を晒す時間が増えたら、確実に悪化するのは確かなんだから、俺の言うことを聞いて?」

 

と何故か似非紳士笑顔な先輩には逆らえる訳もなく、頷くキョーコである。

 

自分レベルの芸能人なら、スタッフに挨拶をして帰らねばならぬけれど、破廉恥衣装で「明るい」集合場所に戻り、恥の上塗りをするのは避けたいキョーコは、素直に「ちょっとだけ早引き」しようと提案した先輩に抱かれ、帰路についたのである。

 

事務所の車で寒くない私服に着替える予定が、何故か着替える時間も与えられず、蓮の愛車で彼の自宅に運ばれたキョーコは、事前にスマホで自宅室内を暖かい温度にしておいたらしい吸血鬼な先輩に、こう言われた。

 

「ここなら風邪は引かないし、その格好でも大丈夫だね?」

 

「いやぁ〜〜〜、見ないでくださいぃ〜〜!」

 

全身を包んでいたマントを剥ぎ取られた腕、足、腰全開な衣装の「セクシー囚人」は、最後の最後、一番危険かもしれない相手から、逃げ切ることが出来なかったらしい。

 

Fin

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ノープラン自動書記で、なんとかく書き始め、コスプレ破廉恥衣装という言葉で最後までごまかし、画像検索で囚人の衣装が結構良い感じだったので、衣装を決め、オチにしてみましたw

 

蓮サイドはこちら。『ハロウィンの負けられない戦い!』