ハロウィン『逃げ切りたい!』の蓮さんサイド。 

 

『ハロウィンの負けられない戦い!』

 

敦賀蓮は、走っていた。

 

珍しくも、全力で走っていた。

 

それはもう、必死に。

 

まだまだ20代、体力はある方だ。

 

だけど、幾ら「化け物級」と言われる腕力体力を誇ろうが、人間の体力には限りがある。

 

そして、現在の戦況はといえば…多勢に無勢で、逃げ切れるかどうかは微妙なところだ。

 

追っ手の不気味着ぐるみの中の人が体力自慢の若者であろうと、1対1なら勝つ自信がある蓮である。

 

しかし、全部で何体いるのか不明な「不気味着ぐるみ」は、撒いても撒いても、代わりが次々と現れるのだ。

 

流石の敦賀蓮も、永遠に走り続けるなんてことは出来る筈もなく、今はややフラフラしながら、ある建物を目指し走っているところだ。

 

「最上さんは、ちゃんと逃げ切れただろうか?彼女も随分長く走り続けているし、そろそろ体力の限界だろう…多分あの建物に逃げ込んでくれてると思うけど…」

 

2ヶ月前に閉鎖したばかりの中規模なテーマパークを舞台に、「逃げて逃げて逃げまくれ!危険なハロウィンナイト」という鬼ごっこ番組の撮影が始まったのは今から2時間半前。

 

俳優敦賀蓮は、その特番の撮影のため、現在「吸血鬼」の衣装で華麗なる逃走劇を繰り広げている最中であった。

 

尤も、ほぼ「囮」としての逃走であったのだが…。

 

筋肉ムキムキな長身の若い俳優は、捕まえにくいし、捕まえた絵も面白くないからと、追いかけまわすようなターゲットにはなかなかしてもらえない。

 

放映時に使われるのはきっと、最初は危なげなく華麗に逃げる小さな後姿で、途中は逃走者全員が15分置きに送ることになっている「画像」、そして最後は逃げるのに疲れ切って間抜けに捕まる画像ぐらいなのだ。

 

その点、彼の事務所の後輩である “京子”、本名 “最上キョーコ”は、捕まえやすい女性で、捕獲時の画も非常に視聴者受けする。

 

自然、 “京子”はずっと追われ続けることとなり、どうしても彼女を掴まえさせたくない蓮は、 “京子”と追っ手の距離が危険レベルになるたびに、偶然の鉢合わせを装い、自らの姿をあらわすという行動を繰り返していた。

 

ターゲットになかなかしてもらえない男といえど、追っ手から「数メートル以内」ならば、テレビ映像的に相手は無視できない。 

 

“京子”よりも手の届く位置に見える蓮を強制的に追わせるため、蓮は鉢合わせの度に距離を短くする他なく、それが彼の体力を削っていた。

 

 

他の参加女優とは違い、 “京子”は運動神経が良いし、体力もある。蓮も、当初は「囮」活動などそれほどぜずとも、二人とも逃げ切れるかと考えていた。だが、開始から1時間程経過した頃には、状況が変化してしまった。

 

ターゲットが次々に捕まり、追っ手の数が明らかに余り出したのだ。

 

お陰で、前半はずっと余裕のある逃走振りを見せていた、 “京子”は、休みなく追われ続けることになり、あっと言う間に疲れ切ってしまっていた。

 

囮としての出番が倍増どころか4倍になった蓮も、流石にもう全力疾走は難しくなった。

 

最後の追っ手を撒き、 “京子”にいてほしいと願った建物にたどり着いた蓮は、月明かりに照らされた白い足を見て、心から安堵した。

 

「最上さん、俺だよ!逃げないで、大丈夫だから!」

 

蓮を追っ手と間違え、逃げるために上階へと続く階段を駆け上がろうとしていた愛しい少女は、ホッとしたような顔で、逃走をやめた。

 

ゆっくりと階段を上がり、“京子”の前にたどり着いた蓮は、スタート時点で見た衝撃的な衣装の彼女を前に、「絶対に残り時間まで守り抜く!」だけでなく、「二度と誰にもこの姿を見せてはならない!」と、どうにかこのまま“京子”を攫えないかと思案するのだった。

 

 

 

くしゅん!

 

動くのをやめたことで、身体が急激に冷えたであろう、“京子”は、可愛いクシャミを出し、身体をブルリと震わせた。

 

その瞬間、なんとも言えない顔をした蓮は、腕を広げ、可愛い獲物を捕獲して告げた。

 

「今、君、寒いと感じているだろう?これ以上肌を晒す時間が増えたら、確実に悪化するのは確かなんだから、俺の言うことを聞いて?」

 

そう。

 

こんな季節、こんな時間に、こんな場所で、こんな格好をさせる番組が悪いのだ。

 

こんな可愛くて、こんなに色っぽくて、こんなに美味しそうな彼女が悪いのだ。

 

こんな姿を放映する?冗談じゃない!

 

こんな姿をスタッフに見せる?許せる訳がない!

 

彼女の姿はもう誰にも見せない!絶対に見せない。

 

敦賀蓮は、その決意をスタッフに伝えた。

 

「お疲れ様です、敦賀です。ええ、終わりの合図は聞こえました。実は、10分程前に、たまたま京子と遭遇したのですが、彼女凄い薄着だったでしょう?だから、体調が悪くなったみたいで。ええ、もう10月の中旬ですし、冷え出した夕方からの撮影ですからね。ええ。はい。なので、俺と京子は、集合地点には戻らず、このまま事務所の車に向かいます。ええ、そうですね、うちのマネージャーへの伝言もお願いしたいです。はい、有難うございます。はい。機材は、3階建迷路ハウスの入り口に置いておけば良いんですね。ああ、いえ、俺たちの衣装は買取扱いでお願いします。はい、はい。お疲れ様でした」

 

売れっ子女優を、露出過多な季節外れの衣装で「寒い野外」に放り出した意識はあるのか、電話の先のスタッフは平謝りで、蓮の申し出を受け入れた。

 

「さあ、あとはもう、帰るだけだ。着替え?そんな勿体無いことさせるわけがない」

 

誰にも聞かれていないが、聞かれたらそう応えたであろう敦賀蓮は、「セクシー囚人」な最上キョーコを独り占めにすべく、ウキウキと護送車を自宅に走らせたのであった。

 

 

Fin

 

ちなみに、番組の撮影スタート地点で、防寒服を脱いだ“京子”の姿を見た蓮は、逃走が始まる前からカメラや男性の視線を遮ることに必死だったようです。(笑)

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GREEN23さんの拍手コメからのおまけ(?)話 NEW

 

「セクシー囚人キョーコちゃん」を連行するのは、高級なスポーツーカーな「専用護送車」!そんな移動中の車内での会話です。

 

 

「最上さん、その服足全開だし冷えちゃってるよね。」

 

ナデナデ  ←膝撫でてる

 

「んぎゃー、つ、冷たい!敦賀さんの手、めちゃくちゃ冷えていますよ!ヒーターをつけられた方が!!あ、マントお返ししましょうか?私はこの上から自分の服を着ますので!申し訳ありませんが、一度停車していただいて、トランクの服を…」

 

「俺は平気。この車目立つし、俺のこの衣装も、マントを纏った君も、悪目立ちするから、車は止められない。俺の手は寒くて冷えたんじゃなく、汗が引いただけだから、今ヒーターは暑いかな」

 

「わ、わかりました!」

 

「そのマント分厚いし、手足を温めるまでには至らないけど…」

 

ナデナデ ←

ナデナデ ←

 

「つつつつ敦賀さん!!」

 

「うん、お腹や腰はそんなに冷たくないね。悪いけど、家まで我慢してくれる?」

 

「いちいちマントの中に手を突っ込んで確かめるのやめてください!!」

 

「ケチ…ಠ_ಠ」

 

「意味がわかりません!」

 

「…いいよ、帰ってからにするから。早く帰ろう」

 

「!?!!?」

 

Fin