拍手からの移動です。

蓮さん浮気シリーズ(?)な筈だけど、今回は浮気じゃないパターン。後半に大幅加筆してます。
*拍手内公開中に、お付き合い年数を2年から4年に変更しています。(*´ω`*)ゞエヘ

 

 

ムキー──ムキー──ムキー──ムキー──ムキー

 

『彼女は怒りたいんです』

 

3年前、23歳の敦賀蓮は、ハリウッドに進出した。

元々アジア人に割り振られるものに、観客を魅了できるような良い役は少ない。

アジア系で英語がネイティブなアメリカ生まれな役者の数は、中国系や韓国系の方が圧倒的に多く、日系は少ない。

日本で有名になった後にハリウッドの仕事をする機会がある役者も少ないし、ハリウッドで成功レベルの活躍をしている日本出身の役者に至っては、片手にも満たない数だと言われている。

全世界公開の作品だからと有名な日本人役者を使うことはある。国内の宣伝では準主役だとか重要な役だとか触れ回ることが多いその出演シーンは、実際には端役で、スクリーンでの登場時間は合計1分にも満たないことがほとんどだ。

おまけに今のハリウッドは、中国資本。
アメリカ国籍でないアジア人を出演させるなら、中国人のスターを使う。

 

製作側がこの日本人役者を使いたいと強烈に主張し。そうでないと映画が作れないとまで断言しない限り、メインに近い役を日本人が得ることなど不可能なのだ。

だから3年前、敦賀蓮がハリウッドデビュー作として掴んだ役は、日本人役ではなかった。

DVDで映画『TRAGIC MARKER』の冷酷な殺人鬼B・Jを観たというプロデューサーは、イギリスと日本のハーフで「あまり日本人寄りじゃない見た目」な、B・J役の俳優 “カイン・ヒール” にオファーを出したのだ。

その頃には日本国内ではカイン・ヒールは架空の人物で、演じたのは敦賀蓮だと既に知れ渡っていたが、所詮極東の島国での話。プロデューサーはDVDに記載されている映画の配給会社経由で、カイン・ヒールにオファーの連絡をとってきた。

映画は、有名ヒーローが主役の人気シリーズモノで、カイン・ヒールに振られた役は、「英語がネイティブで演技力のある役者、190センチ台の大柄な身体、黒髪、気弱げには絶対に見えない、凶悪に見える顔つきができる」という条件だった。

日本人俳優だろうが、条件さえ合えば構わない。
敦賀蓮としては、これ以上ないオファーであった。

映画というものは劇場公開の時期だけでなく、その後もDVDなどの販売が続く。日本では特別な契約がない限り、DVDの売り上げに関して俳優に報酬請求権はないが、俳優の組合がしっかりしているアメリカでは分配がある。

芸名が変わる程度のことで、その権利が失われることはないが、国籍等は最初の契約時に記載せねばならない。

すぐにではないが、敦賀蓮が芸名を本名クオン・ヒズリに変更することは確定している。事務所は今現在は極秘事項であることを告げた上で、「敦賀蓮の国籍はアメリカ。白人3/4、日本人1/4な、クォーター」であることを伝え、出演契約を結んだ。

この映画で、蓮は主役から数えて5番手という良い役を得ることができた。

そして、その翌年公開のシリーズの続編にも同じ役で出ることが叶い、有名作品ではないが3番手、4番手レベルの役のオファーなども、もらえるようになった。

敦賀蓮がハリウッドに進出して、3年目。

彼は、髪は黒なままではあったが、カラーコンタクトはせず、碧眼を晒す役を受けた。

アメリカ人で、 エリートコースを突き進む白人の若手弁護士、主人公の親友という3番手の役だった。ちなみに。日本では年齢より10歳近く老けた役がほとんどだった蓮も、本国アメリカでは年相応に見られるため、エリートとはいえ、彼の役はひよっこ弁護士役である。



映画公開まで日本では敦賀連の出演情報を流さなかった。
公開時のクレジットは、クオン・ヒズリ。

日本人にとっては、馴染みのない名前だが、有名なクーの身内であることは流石にわかる。

そして、映画の中で白人の若手エリート弁護士を演じる男が、自分達のよく知る敦賀連であることも、当然わかった。

横から、後ろからという姿形は、日本でお馴染みな超売れっ子大スターな敦賀連だし、違うのは目の色だけだったからだ。多くの者は、敦賀連があのクーの息子のクオン・ヒズリだったことには驚いたが、アジア系のミックスの場合劣勢遺伝の金髪や碧眼は遺伝しないこともあり、素のクオン・ヒズリは黒眼で、青いカラーコンタクトレンズでつけていたのだろうと考えた。

敦賀連が、有名俳優の二世だったことはニュースになり、そこそこ騒ぎにはなったが、それだけだった。

しかし、今後日本での活動は休止し、クオン・ヒズリとしてハリウッドに復帰するという記者会見に現れた、彼の姿は日本中に衝撃を与えた。

彼の見た目はどう見ても白人であり、日本人の考える「ガイジン」にしか見えなかったからだ。

彼が、日本人1/4で、白人3/4なクォーターと聞き、母である有名モデルのジュリアナの写真も公開されたことで、納得はしたものの、ただ黒髪黒目にするだけでこうも印象が違うのかと、敦賀連とクオン・ヒズリ、そしてクオンによく似た容貌の母親の比較画像が雑誌に載りまくったのであった。



そんな世間の衝撃も冷めやらぬ時期、彼はまた新たなニュースを提供しようとした。


「ねぇ、キョーコ。再来月にはハリウッドに引っ越すんだし、もうソロソロ発表しよう?」

「何をですか?」

「俺たちの婚約のこと……あ、結婚でも良いけど!」

「……はぁ〜〜〜〜」


さも当然という風に投げられたクオンからの提案に対するキョーコからの返事は、大きな溜息だ。しかし、クオンは気にせずに、自分のプランを押す。


「もう発表しても、良いだろう?」

「発表も何も……」

「うん、しよう!」

「いえ、発表も何も、そもそも貴方と私は婚約なんてしていませんし、結婚の予定もありませんよね?」

 

 

クオンに向けるキョーコの顔には戸惑いは浮かんでおらず、寧ろ楽しげな笑顔に見えるのだが、目が笑っていないので、ちょっと怖い。


「だから、発表して、婚約しよう!それか、発表して、結婚しようよ!」

 

 

しかし、クオンはそれに怯むことなく、自分の希望を満面の笑みで提案し続ける。


「……はぁ〜〜〜〜」

「ね?」

 

 

クオンの背後にはクゥ〜ン、という声が聞こえそうな情けない顔をした子犬が2匹。その犬を率いる本体の男も負けずに子犬になりきっている。



「んもう!!可愛い子犬のフリして甘えても、駄目!その作戦にはもう乗りません!婚約はしません!結婚もお断り!」

 

 

クオンのこのお強請り方法は、キョーコには非常に効果的だった。キョーコが過去に、「カイン丸」と名付けたクオンの特技「哀れで可愛い捨て子犬」達は、どんなお願いも叶えてくれそうな程有能な切り札だったのだ。

 

しかし、今回はその切り札を出しても、キョーコを懐柔することはできなかったようだった。

 


「そんなぁ〜〜〜!もうあっという間に引っ越しだよ?どうするの?」

「どうするって……どうもしませんけど?」

「遠距離恋愛なんて嫌だよ、俺は!」

 

 

子犬作戦が不発に終わったクオンは必死にキョーコに縋る。


「そうですか?それじゃあ、仕方がないですね。コーンが、嫌なんですものね」

 

 

そう言いながら、ニッコリと可愛く笑うキョーコの様子に、クオンは元気を取り戻した。多分、彼に尻尾があったならば、それは大きくブンブンと振られていたに違いない。


「うん!嫌だ!」

「それじゃあ、今週中には出て行くようにしますね。荷物もそこそこ纏まってますし、引っ越し先も大体の目星はつけていますから……」

「え?」

 

 

自分の希望通りになりそうだと嬉しげに笑っていたクオンの顔が「ナニヲイワレテイルノカボクワカリマセン」というものになる。


「お付き合いして、4年ですか……思ったより長く続きましたね?」

「……キョ…ーコ?」

「長い間、お世話になりました。これでお別れですね!」

「は?キョーコ!?何言ってるの!?」

「何って、遠距離恋愛が嫌なら、別れるしかないでしょう?コーンが言い出したんじゃない!」

「俺は、そんなこと言ってない!それに、キョーコとは絶対に別れない!」


「……それじゃあ、別れるまでは、遠距離恋愛しとく?」

「だから、遠距離恋愛は嫌だ!」

「も〜〜!じゃあ、別れるしかないでしょう!?」

「だ・か・ら!!婚約して!結婚すれば良いだろう!?君と遠距離で離れ離れなんてジョーダンじゃないし、別れるなんて、冗談でも許せないからね!」

 

 

クオンはパニック状態だった。キョーコの提案には乗れないと、怒鳴るようにして抗う。



「婚約なんてしませんよ?結婚も!」

「キョーコ!!俺、本気で怒るよ?」

 

 

既に怒っているようにしか見えないクオンが、脅すようにキョーコに告げる。



「怒りたいのは私です!」

 

 

しかし、彼よりも、キョーコの方がもっと怒っていた。


「キョーコ!!」

「私、貴方と結婚なんてしたいと思っていません!」

「俺は、したい!」

「嫌です!」

「君だって、ハリウッドでのオファーがいくつもあるんだし、事務所は君に来ていた朝ドラや大河の仕事を断っただろう?次のクールの連ドラの仕事も断ったし!しばらくは日本で大きな仕事がないんだし、俺と一緒にあっちに行くほうが良いじゃないか!」

「誰のおかげで、日本で大きな仕事がなくなったと思ってるんですか!」

 

 

怒鳴り合いの喧嘩だった。

だが、いきなり蓮の声が小さくなった。


「……そりゃあ、俺が、君と一緒に渡米するって言ったからだけど……でも……事務所には早めに知らせてこっちでの仕事の整理をしておいてもらわないと困るだろう?」

「一緒に渡米なんて、約束していませんでしたよね?」

 

 

つられて、普通の大きさに戻ったキョーコの声。しかし、そのトーンには怒りが滲み出ていた。


「君だけ日本において行くなんて、選択肢はゼロなんだから、約束なんていらないだろう?」

「例え、将来あちらで仕事することになったとしても、早くても来年か再来年で、絶対に今じゃなかったんです!」

「早くても来年か再来年なんて、そんなに待てるわけないだろう?君と離れるなんて嫌だし、そんな危険なこと許せないよ!」

「危険なんてありません!妄言はもう良いです!とにかく、モー子さんとのダブル主演の朝ドラの仕事がなくなったのは、コーンのせいですからね!!絶対に、許さないんですから!!」

「……」



愛する親友と、大きな仕事でダブル主演。
そんな夢のような仕事を掴み損ねたキョーコの恨みは大きかった。

だけども、大好きなコーンと離れるのが寂しいと思うことも事実であった。

それでも、この先本国でビックネームになること確実な男との結婚を夢見るほど、能天気でもないキョーコは、結局婚約会見はせず、自分のペースで……クオン・ヒズリより半月遅れで米国に渡ったという。




──────もっともっと、怒ることができたら。もっと怒って、今のうちにお別れできたたら楽だったのにな。私って、ほんとバカ……。


恋愛には踏み出せても、結婚は別。

愛のある家庭どころか、愛しあう身内すら持ったことのない元ラブミー部員のキョーコ。

量産体制になってはや数年。叩き折っても踏み潰しても出てくるキョーコ目当ての馬の骨退治に疲れきっていたクオン・ヒズリは、一刻も早く、キョーコと結婚したいと頑張っているのだが、彼のラスボス攻略はまだまだ終わりそうになかった。

Fin

 

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