生きてます。 | そなたんママのブログ(新米年子ママ)

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そなたん(女)→2008年7月6日生まれ。
しんくん(男)→2009年10月23日生まれ。
無事一姫二太郎の年子ママになったばかりの
そなたんママの気ままなマイペース更新の日記です。

心配おかけしました。
震災発生時、私と子供達の三人は、実家から遊びに来た母親と近くのイオンに買い物に行っており、トイレの中の個室に息子と二人でいたところ地震が 起こりました。あまりにも激しく、あまりにも長い、長い事生きて来て地震慣れしている私でもかなりの恐怖に怯えずにいられませんでした。火災のアナウンス もありましたが、無事脱出、その日は旦那が県内の沿岸部(危ない!)に出張ですぐ連絡が取れなかったし、子供達と自宅にいるのも怖かったので、一度自宅に 戻り、実家に居ると書き置きをし、多賀城市(仙台市の隣)にある私の実家にもどってました。多賀城の実家では携帯も固定も電気も水道も使えず、連絡が取れませんでした が、旦那様がよる遅く実家に来て当日中に再会を果たせたし、プロパンガスだったので食事も作れました。
寒い、暗い三日間を過ごし、自宅の電気が復旧したので三日目の日曜日には仙台の自宅に戻って参りました。
水道は地震から五日目の今日、やっと復旧しました。都市ガスは復旧に一ヶ月はかかると言われており、お風呂は無理だけど、電気が使える分、お湯を湧かせて調理器具も使えます。(あまり食材はないけれど)
買い物は大変だけれど昨日は5時間かけて買い物をし、とりあえず当面の食材を確保しました。
今日はポットでお湯を沸かし、プラスチックの衣装ケースにお湯を張って子供達を順番に入れました。キッチンの流しで身体を洗ってあげました。大人もお湯を水で割って身体を拭いたりちょっと洗ったり出来ました。電気に引き続き、水のありがたさをひしひしと感じています。
実家の方では石油コンビナートが火災を起こし(やっと沈静化したようですが)毎日黒い煙がもくもくと立ち上がるのを見ていたし、風向きで周りが白くなり、煙くて外に出られないのを体験したり、実家は高台にあったのですが、ちょっと下に降りると船や車がながされていたのを目の当たりにしてきました。
家を失ったり、破損したりで避難所生活されてる人や家族と連絡が取れない人達に比べたら自分たちはなんて幸せなんだろうと身に染みて感じています。(津波の被害も無かったし)まだまだ不便も多いし(水食べ物ガソリン辺り)、連絡が取れない 友人や知人も沢山居て、不安も多いですが、とにかく無事です。心配、応援のお言葉ありがとうございます。
同じ被災者の皆さんも頑張りましょう!

メッセージくださった方ありがとうございます!すごく嬉しいです。また後ほどお礼のメッセージさせて頂きますね。