①を読んだよ!という方、どうぞ♪
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開始時刻が過ぎ、ロビーにて立食式のパーティが始まって暫くした頃。
「トリック・オア・トリート」の言葉に返す刀でお菓子を配りまくっていたキョーコは、背後から声を掛けられた。
「お疲れ様、最上さん」
「あっ、敦賀さん、お疲れ様です…って、あれ…?」
艶やかな声に名を呼ばれ、反射的に挨拶の言葉と当人の名前を呼んだキョーコは、振り返って大きく瞳を瞬かせる。
振り返ったその背後には、予想していたいつもの彼の美貌はどこにもなかった。
そこにいたのは、いつもの『敦賀蓮』の姿ではなくて…
「え、えっ、つつつ、敦賀さん…!?」
驚いたキョーコは悲鳴みたいな声を上げ、慌ててその唇を押さえる。
今日のパーティーは仮装がルールだ、だからこそ、今このロビーにはモンスターであふれている。
当然、蓮も普通の姿ではないことは、十分に分かっていたのだけど。
目の前の『彼』をまじまじと見つめるキョーコの瞳が、瞬時に身体的データを計測し始める。
頭部は特殊メイクが施されていていつものデータと違っていたけど、上半身と下半身の対比、肩からひじ、ひじから手首にかけての対比、肩幅から腰へ流れる角度と造形その他諸々が、蓮とぴったり合致していた。
『彼』は、まさに『敦賀蓮』その人だった。
周囲は誰も気付いていないようだけど、キョーコの目は誤魔化されない。
「…敦賀さん…っ!!」
「正解。声だけで、よく分かったね」
そう言って笑う、『敦賀蓮』の柔らかな声で話すこの彼は。
「…フランケンシュタイン…!?凄い、怖い、敦賀さんこれ、ゴムマスクじゃないですよね…!?」
瞳を細めて微笑む蓮を見上げ、キョーコは驚きの声を上げる。
背後にいた蓮はぼろぼろのジャケットとズボンを身に纏い、灰色の弛んだ質感の肌と雑な縫合の痕をその顔に残し、太い杭を頭に打たれた血の乾ききらない傷跡も痛々しい、悲しげなモンスターへと姿を変えていたのだ。
輝く美貌の『敦賀蓮』は、今やすっかり見る影もないけれど…
「分かる?これ全部メイクなんだよ。ホラ、触ってみて」
そう。それよりも驚くべきところはそのメイクだ。
蓮が微笑む形に頬が動き、唇が上がり、弛んだ瞼の下の瞳が細められる。
この仮装は、素顔からの変身なのだ。
灰色に塗られた肌だけど、よくよく見れば、その肌はいつも通りの艶やかな張りを見せている。
いつもの彼なら恐れ多くてとても出来ないことだけど、モンスターの見た目に気を取られたキョーコは、促されるままに思わず身を屈めた蓮の頬に指先を伸ばす。
「わわ、ごわごわして見えるのにツルツル…す、凄い…」
指先の感触にまた驚きの声を上げ、
「でも、まさか、この顔でお仕事行ったんじゃないですよね?入り口で止められそう…」
蓮を見上げて問い掛けた。
蓮のフランケンは、昔の映画やポスターで見るものよりもずっとリアルでずっと怖い外見だった。
こんな姿の人間がスタジオに来たら、キョーコが警備員ならまず止める外見だ。むしろ、そのまま通報するかも知れない。
LMEに戻って来てから仮装したというのが、まともな推理だと思うけど…
彼は背後の正面玄関から入って来て、そのままここに来たように思える。
すると蓮は苦笑気味に笑って見せて。
「確かにこの顔じゃ、どこも入れてくれそうにないね。今日は俺、ドキュメンタリーのナレーション撮りで終日1人でレコーディングに入ってたんだ」
「あ、あれですね、先月北極に行ってシロクマの赤ちゃん抱っこして来たって仰ってた」
お土産にぬいぐるみを頂いたのだ。話に聞いて、凄く羨ましかったのを覚えている。
「そうそう。で、その現場に、突然社長がやって来てね…」
遠い目をした蓮を見て、キョーコは思わず顔を強張らせる。
「えっ…まさか、その場で…?」
「その、まさか。昼休憩の間に連れて来たメイクの人に変装させられて、午後からこの格好でナレーション撮り。共演者がいなくて、本当によかったよ…いたら、物凄く申し訳ない」
そんな溜息交じりの台詞に、なんてことと、キョーコが万が一自分がされたらを考えて青い顔をしていると。
「キョーコちゃん、お疲れ様!」
そう声を掛けられ蓮の背後を見ると、仕事の電話を終えて戻って来たらしい社の姿があった。
社は、いつものスーツ姿の上に白衣を着ていて。
「あ、分かった、社さんは博士ですね?」
言うと、社が表情を緩ませる。
「そうそう!俺が博士で、蓮がフランケン。いやー今年は普通の仮装で助かったよ、毎年毎年、社長に何をやらされるかと戦々恐々としてるからね。俺、普通のサラリーマンだって言うのに…」
「社長、毎年俺達の仮装を勝手に考えて強制して来ますからね…」
蓮と社は2人で顔を合わせて「はあ…」と大きな溜息を漏らす。
「毎年なんですか?」
「そう、毎年」
キョーコの質問にやれやれと言うように答えた蓮は、
「まあ、今年みたいな全く俺とは分からない仮装をすると、誰も俺に気付かないから気が楽で面白いところもあるけど」
そう苦笑気味に言ってから、キョーコを改めて見て。
「最上さんは吸血鬼なんだね。可愛い吸血鬼だ、よく似合ってるよ。いつもと、感じが違うし」
表情を綻ばせてそう褒めてくれた。
「うん、いつもより大人っぽく見えるね」
社もそう言って笑顔を向けてくれる。
声は蓮だけど、見た目はモンスターと言う不思議な感覚に戸惑いつつ、キョーコはそんな彼らに照れた笑みを浮かべて見せた。
「感じが違うのはお化粧のせいだと思います。こんな黒っぽい赤の口紅もネイルも、するのは初めてですし。ふふ、これ、琴南さんとお揃いなんですよ」
先ほど部室で、仮装の出来上がった姿で奏江と一緒に写真を撮って貰ったのだ。
そのことを思って頬を緩めたキョーコは、鏡で見た、自分の姿を思い返す。
実は瞳の色が金色に見えるコンタクトもしていて、大きく笑うと糸切り歯の位置に長い牙まで付けられていた。
蓮の大きな変わり振りを目の当たりにしてしまうと地味に感じてしまうけれど、かつらとメイクの力を借りたキョーコも結構な変身振りだと思うのだ。
キョーコだと気付く人が少なくて、ちょっとだけ気分がいい。
これこそ、蓮の言う感覚と近いものなのだろう。
そうしていると、ざわめく会場でモンスター達を掻き分けて、話の奏江がやって来て。
「あら、社さん…と、え、まさか、敦賀さん…?こんばんは、お疲れ様です…それにしても、凄い仮装ですね…」
「こんばんは、琴南さんも似合ってるね」
「ありがとうございます」
吸血鬼の奏江とフランケンの蓮が話をしている、と言う、現実離れした状況が目の前で展開されてから、
「そうそう、キョーコ、あんたお菓子残ってる?少なくなって来たんじゃない?」
奏江にそう聞かれて、キョーコは慌てて籠を見る。
「やだ、いけない、もう大分少なくなってるわ!」
「私もよ。待ってて、追加分、持って来てあげるから。待ってる間、うかうかしちゃダメよ」
「あ、ありがとう、モー子さん!」
歩み去って行く奏江の背中を見送るタイミングで、今度は社の胸ポケットから携帯の電子音が鳴り響いて。
「おっと、ちょっと失礼」
そう言って離れて行こうとして、思い出したように社は手元の鞄からお菓子のバラエティーパックを取り出し、蓮に投げて寄越す。
「お前もうかうかしてるなよ?まあ、それだけ怖い見た目のフランケンには、誰もキスなんてしたくないと思うけど」
笑って言って、耳に携帯を当てながらロビーから忙しそうに出て行った。
残された吸血鬼のキョーコと、フランケンの蓮は、そんな社の言葉に顔を合わせて苦笑してしまう。
「やっぱり、この外見は怖すぎたかな?」
「確かにちょっと、怖いかも。しかも、ここにいるのが敦賀さんだって、誰も気が付いていないみたいです」
普段だったら蓮が事務所に顔を出しただけで周囲が大騒ぎになると言うのに、今日は誰も彼に気付かない。
頭ひとつ突き抜けた長身も、フランケンシュタインの仮装にはまり過ぎていて、逆に『敦賀蓮』に結びつかないらしい。
美男俳優の『敦賀蓮』がいるのを他所に、そんな2人の周りではハロウィンの挨拶が繰り返されていた。
キョーコには悪夢のような社長の決め事だったけど、意外と皆さんは楽しんでいるようだ。
意中のお相手の挨拶にあえてお菓子を渡さずにそれを意思表示としてみたり、キョーコには、思いもよらない駆け引きがあるらしい。
そんな理解し難い様子を眺め、小さく頭を振っていると、
「まあ、俺達は俺達でハロウィンを楽しもう。誰にも気付かれないのを、上手く使うことにするよ」
隣で蓮が笑って言う。
そんな前向きな発言に、キョーコは思わずそっと瞳を細めて。
「じゃあ、まず先に何をします?お食事の立ち食いとか、しちゃいます?」
「…君は、何かと俺にものを食べさせたがるね…」
「だって、敦賀さんて放って置くと何にも食べてくれないんですもの」
一緒の笑を零した蓮とキョーコは、連れ立ってホールの人ごみに紛れて行ったのだった。
*③に続きます。