恒例・2013年の私を振り返る。(笑)

1月ー某美術賞授賞式・ブラジャーが体質的に合わなくなって出来る限り着物を着よう、と決める。
電車の中で赤ん坊が泣くのを止める技を獲得・「自分の世界のハンドルをしっかり握ろう」の話。
このころはスローランと笑いの瞑想に凝っていたようです。
無理矢理にでも笑って「次元を超える」話。

2月ー白隠禅師にヤラレて、作品を向上させるためには自分がなにか精神的に抜けなければならないと思い込む。(笑)
このブログで最もアクセス数が多いらしい上江洲先生の明想の集いに行ってみたレポ。
「わだば見性する!」メニューの実施。(笑)

3月ー「わだば見性する!」メニュー続く。
倍音声明瞑想にまで手を出す。
この辺から「制作に手ごたえがなくて空回りするから精神的なアプローチをしてみたらどうにかなるんでないか」という、明想や修行モードの本当のしょーもない目的があぶりだされてくる。

4月ーとある「スピリチャル」系勉強会で嫌な思いをして、会田誠の展示を観て「作家なんだから自明灯だろ!」と目が覚める。
制作がいよいよ進まずエコロジーと畑仕事に逃げたりしている。バカで可愛いなぁ。

5月ー嫌で嫌で逃げたがっていた次の個展をやっぱりやらなきゃならなくなり、「修行モード」に逃げていたのを無理矢理「陶芸家モード」に戻される・陶芸の神様の深い愛。
「自己否定を伴う向上心はヤバイ」「怒る事は愛なんだ」などなど結構良い気付きがある。
「なう」の乱打のまとめが日記代わりになってくるけれど、結構色々なことに気づいていている。
作品が出来ない苦しみ、押しつけがましい画廊さんに対する不満、職場の嫌いな人を許せないこと、などで苦しんでいるなぁ。(と、別人のように今振り返る)
次の個展が嫌過ぎてとうとう持病の肺に穴が開く病気で入院してしまう。

6月ー退院後も可哀相なくらい体調が悪いまま制作を続けていて健気である。
体調悪い自分に苛立って、でも体が動かなくて怒ったり開き直ったり諦めたり。
自分ながら可哀相。

7月ーたこのまくら「50thアニバーサリー」。自分がダメな大人で、このままダメな老人なるだろうことについて軽く凹んでいる。(笑)
散々嫌がっていた個展が無事に開催。たたき売りみたいな値段にされたのでほとんど完売&追加注文までくる。
自分を蔑にされたら怒って良いということ、を再認識・嫌な人間は自分の鏡、と言われても別にそんな嫌な部分が自分にあるんじゃなくてそういうことに苛立つ自分がいるということを見ろというだけの話&「蔑にされない」ためのアファメーションが即効性があることを発見、またスピリチュアル系の考え方に気持ちが戻ってくる。

8月-敬愛するきみどりん師匠と信楽や椿大神社へ。
追加注文を作るのにやはり気が乗らなくて苦しんでいる様子。

9月ー月半ばでやっと追加注文が終わり、12月の展示の作品に手を付け始める。
が・時間がなくて焦ったり、会場の大きさと展覧会の規模に異常なプレッシャーを感じて何度もプランを変えたりして心が定まっていない。

10月ー毎日自分の限界と向かい合いながら制作を進めている。このころはまだゴールが見えていないので比較的開き直って落ち着いて作っている。
股関節痛が酷くなり始め、自分の体との折り合いについてさらに苦労し始める。
「激おこプンプン丸」モードの自分が結構可愛いことに気がついて、自分愛が深まる。(笑)

11月ー作ってきた作品が焼成中に爆発、20数年のプロ陶芸家生活でも例のないほど色々なアクシデントが起こり、体力的・精神的・経験的・金銭的にもいっぱいいっぱいの「自分総力戦」に突入。
ほぼ毎日が極限、しかし毎日深い気付きが訪れる日々。
そして1回目の信楽からの帰途で得た「起きていることはすべて最善」という2013年で最も大きな気付き。

12月ー作品が多くの人達の助けで無事に焼ける。作品に対する思いがやみくもな理想から「五体満足ならいい」さらに「焼けさえすればなんでもどうでもいい」まで純化していく。
設営初日に会場が自分が思っていたより全然狭いのを発見、会場構成がまるで最初から仕組まれていたようにピタリとはまる。
9月23日からの泣き笑い全部含めて、天の采配に狂いなし、を腹の底から実感。
展覧会オープニング後に体がガタガタになり、現在に至る。

まぁ、特に前半がバカ炸裂だったね。
でも全速力で迷走している中に、それはそれで色々面白い気付きがあった。
賢い人は最初から解っているので「気付かない」。
「気が付いた!」という感動はお馬鹿さんほど多く体験できる。
バカも悪くないってことよ。

去年のまとめのまとめは長くなったので稿を改めて。