死の疑似体験 | たくやのブログ

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今となってはだいぶ恥ずいポエム

昔、付き合いのあった不良のようなグループと再会した。

 

田舎だったので腰パンしているだけで、

ヤンキー、不良と言われるくらい平和な中学校だったが、

やはりそいつらも大人になると中々の強面な風貌で

「哭きの竜」にでも出てきそうな、シマシマの縦ラインの入った

まさに極道のスーツが似合う、強面な風貌たちであった。

 

 

 

 

しかし昔のことはなんとやら、

数十年ぶりに会い、

いじめられた、というよりは

部活動で足を引っ張ってばかりで、呆れられていた(自分でもそう思い、ひどく後悔をしているのだが)過去もあったが、

とても仲が良かった過去もあって、

大人になって酒でもかわしながら一緒に過ごす時間を

意外にも楽しいものだった。

 

この時は、怖いという感情は

ほとんどかき消されていたように思う。

 

そいつらと遊ぶことがちょいちょい増えてきたある日、

小学生の頃のように

近所の用水路を探検しようという話になった。

 

※田舎の用水路は結構大きく深い。縦横1mくらいの幅と深さがあり、

子供どころか大人もすっぽり入れてしまって、

大きな道路の下やグラウンドの下などを水路が潜る時、

そこはちょっとしたトンネルのようになる。子供の頃はそこに入っていってよく探検したもので、久々にそこに行ってみようという話になった。

 

昔つるんでいた数人で、

中々長い水路(トンネル)を進んでいく。

 

この水路は途中で分岐のようになっていて、

右手に曲がると階段があり、そこに水路の管理施設っぽいとこにいける。

もちろん施設の中には鍵がかかっていて入れないのだが、

その施設から真上の地上に出るための非常階段は使えるので、

トンネルを抜けずに、そこから途中で地上に出るコースを選択した。

 

その地上に出る出口は、

山でもないものの、少し林の麓のような(これもまた)水路に出るため、

地上からは(地下1mにあたるので)見えないし、

林の麓ということもあって、人気はなく、

その水路に数人の大人たちがいることなど、

誰も気づきようのない場所だった。

 

 

そんな折、急に空気が変わった。

 

 

その不良グループの中で

昔、一番悪かった奴が近寄ってきた。

(こいつは一番悪かったが、今はそのグループの頭?リーダーは

悪いことはしないものの一番頭が切れる奴だったのだが)

 

 

「あんな、特に言うことなければ、

ここで引き金ひいて終わりだけど、どうする?」

 

薄暗いトンネルに来たあたりで

なんとなく嫌な予感は感じていた。

 

けれど、冷静に、冗談を言わない奴の口から

そんな言葉がスッとでて

 

(あ、殺されるんだ...)

 

意外にも冷静に、そんな言葉が頭をよぎった。

 

 

どうやら、

中学の頃に比べて、高校や大学で色々イキっていて

大人になってからの僕の、生意気な態度が気に食わない奴らも

いたようで、今回のトンネル探検の真の目的は

『イキっている僕を消すこと』だったようだ...。

 

 

(「特に言うことなければ,,」というのはどう言う意味だろう?)

 

 

そんなことが頭を過ぎる。

ガチでリアルの拳銃をポケットから取り出され目にすると、

さすがに映画やTVと違いって、その重質感に冷や汗が垂れて来た。

 

(あぁ...これマジで死ぬのか)

 

そんな一見冷静に思えることを頭によぎりながらも、

徐々に、しかしゆっくりと恐怖の足音が近づいてきているのを

感じていた。

 

〜〜〜

 

 

コメカミに黒い冷たい鉄の塊を突きつけられた時の、

金属の冷たい感触。

それが頭の左側のコメカミに突きつけられる。

 

「なんも言うことなければ,,」ということは

何かを言って欲しいのだろう。

直感的に、何かを詫びることを求められている、とそう思った。

 

ただ、そいつらにとった態度などで

人ととして間違ったり、人を傷つけるような言動・行動は

自分の中ではなかった。

 

単に、昔落ちこぼれだった奴が

大人になってイキりだした、その落差(上昇さ?)加減の大きさに

違和感と嫉妬の感情が混じって、気に食わなかったのだろう。

 

そう思った僕は

そうそう謝るつもりも、謝ることもない、そんな態度だった。

 

 

態度だったが、、リアルで拳銃がコメカミに突きつけられると

そうも言ってられなくなる。

北野武の映画『BROTHER』で、人が自分でコメカミに銃を押し当て

頭を撃ち抜く映像を見たことがあったが、

それがまさに自分の実体験として、今おころうとしている。

 

 

 

(引き金を引かれたら全てが終わってしまう...)

 

そう考えると、えも言われぬ恐怖が込み上げてきた。

 

この恐怖感は、今となっては薄れてきてしまって、

文章で再現するのが難しいので、

結果だけ書く。

 

そこで

膝をついて、何かの謝罪ではなく、いわゆる命乞いをした。

 

「必ず日本のためになる、食か、IT分野の事業を作り上げるから、もう少し時間をください」

 

文章にすると平らだが、このようなことを

もう土下座してたかな、そんな体制で、半泣きで大声で言っていた。

 

なんで「食産業」が出て来たのかは自分でもわからない。

 

けど、「お金を手に入れるため」「時間的経済的な自由を手に入れるため」「やりたいことをやりたいため」「ワークライフバランス」など、自分のためだけの、自分本位の事業を起こしたいと思う願望とは、比べ物にならないほど、切な願望や目標宣言というものが、この『死への恐怖』『死にたくないという切な願い』と結びつくと、強烈な決意に変わるというのを実体験した。

 

 

 

漫画BREACHのソウルソサエティ編でルキアが「死など怖くない」と言っていたのに、少しだけ生への希望をチラつかせられただけで「死が怖い」となった時 の気持ちが分かるほど、

 

「死にたくない...」

 

「死ぬのが怖い」

 

という感情が、一気に駆け上がってきた上での、出た言葉だったように思う。

 

〜〜〜

 

そこで種明かしをすると、

この行事をした本当の目的は、僕からその言葉を出させることだった。

 

そのグループの現リーダーは

今は芸能事務所の社長をしており、

金もない無名な芸人などを所属させている会社をやっているらしい。

 

不良グループの中でも

境遇や考えが近く、仲の良かった奴が笑いながら近寄ってきて、

突きつけられていた拳銃が、(音は結構すごい音がなるものの)おもちゃの

実弾はでない、ただの音だけ火薬銃のだったのを、実際に水路の壁に打ちながら見せてくれた。

 

 

〜〜〜

 

「If today were the last day of your life, would you want to do what you are about to do today?」

 

「毎日を人生最後の日だと思って生きなさい」

 

「死を身近に体験した人間は成功しやすい」

 

そんな名言やら話は、腐るほど聞いてきたけれど、これほどまでにリアルに、「死」というものを意識したのは初めてだった。

 

「引き金を引けば全てが終わる」

 

ゲームメタルギアで、メリルが初めて銃を打てなかった時を回想するシーンで出た言葉だが、

それが『引き金を引かれる側として』リアルに感じることができた。

 

 

 

そうやって、気づくとベッドの上で

私服のままうつ伏せになっていた。

 

夢だった。

 

夢オチだった。

 

しかし、あまりにもその恐怖がリアルで、たぶん寝言で喋っていたと思う。

 

昨夜VRのことを勉強したり、思考は現実化するを読んでいるから、

なんかそういった夢や仮想の世界が作られやすい状態ではあったのだろうが、

僕は昔から、たぶん人より結構リアルな夢を、長い時間みることがある。

 

それは何度か同じストーリーを繰り返し見ることもあるし、

舞台(というか場所?)は同じで

ストーリーが違う夢をみることもあって、結構その内容を覚えていたりする。

 

 

だが、今回の夢はあまりにもリアルすぎて、

起きた時に、泣いていた...。

たぶん恐怖と、その死への恐怖から助かった時の感情で。

 

さすがにリアルすぎて

自分でも引くくらいだったが、これまで考えていた「今日が死ぬと思って生きる」とか、「死への恐怖」というものが、どれだけ平和ボケしているレベルか分かった気がする(夢だけど)。

 

実際に感じる「死への恐怖」「もうまさに人生が終わろうとしている瞬間」というのは、

えも言われぬ壮絶な恐怖感がある。

 

直前の数秒が長く感じる

という感覚は、ガチであると思う(相対性理論で理論的に正しいのかは知らんけど)。

 

 

 

同じ日本一の事業を立ち上げたいという願望でも、

・お金が欲しいとかの単なる個人的な欲望がもとになるのと

・死にたくないという心からの切望を持って取り組むのと

2つのパターンがあれば、これはもう圧倒的に後者に軍配が上がるのが

如実に分かった気がした。

 

かと言って後者になりたいとか、後者ようにあるべきとは思わない。

ただ、ここで言いたかったのは、少なくともそれぐらいの願望の切望度で

何かに取り組んでくる人間もおそらくいて、そいつらに負けてはならぬ、ということだった。

 

 

 

ただの夢ではあるけど、

泣くほどリアルだったので、

これは貴重な体験だと思い、ブログにフィクション小説風に書き残すことにした。

 

こんなこと現実には起こって欲しくはないのだが、

『死の疑似体験』という

現状の生をより輝かせるための、少し不謹慎なサービスというのは

需要がありそうに思った。

 

同じ体験を実現するには

仮想のVR世界を見せるだけでは全然ダメで、

昔『世にも奇妙な物語』であった、

夢の中で実際なリアルの世界を体験できる恋愛シミュレーションサービスばりの

ことをやらなければならない(これはこれでロマンがない)が、

兎にも角にも、(夢ではあるものの)自分が死をこれほどに怖がるとは意外だった。

 

皆さんは同じような体験を夢でなくリアルでも

したことがあるだろうか。