プロポーズを終えた拓海は、肩の荷がおりたように気分がすっきりしていた。
正式に返事を聞いていないのが気がかりだったが、あの状況から来未は承諾してくれたと受け取っていた。
来未にとっても、この年の誕生日は特別なものになっていた。
プロポーズしてくれたことが嬉しくて、何度も婚約指輪をはめたり外したりしていた。
かわいらしいデザインの指輪で、サイズが微妙に小さかったがそんなに問題はなかった。
拓海 「サイズの変更がある程度はできるって言ってたからそうしてもらおうか?」
拓海はそう言ってくれたが、来未は断った。
なんとなく、拓海からもらった指輪をサイズ変更のために少しの間でも手放すのが嫌だった。
それから数日後。
拓海は久しぶりに来未の実家に行った。
スーツを着て、かしこまって挨拶を…
という訳ではなかったが、2人のこれからのことについて考えを示しておくべきだと思ったからだった。
しかし、来未の事故の一件以来、ちょっと気まずい雰囲気があったのも事実。
あまり気乗りのしない拓海だった。
拓海 「お久しぶりです。」
父親 「長く見なかったけど、元気してたか?」
拓海 「はい。 お陰様で。」
リビングに通され、拓海と来未と来未の両親は向かい合って話しはじめた。
緊張する空気の中、ミニチュアダックスフンドだけが場の空気を和ませていた。
拓海 「今日はお話しがあって来ました。」
父親 「・・・・・・・・・」
拓海 「来未さんと結婚したいと思っています。」
父親 「……それで、会社の方は大丈夫なのか?」
拓海は最初、来未の父親の言っている意味が分からなかった。
実は、拓海たちが勤めている会社は社内結婚をあまりよく思っていない会社だった。
そのことを来未が言っていたため、人事担当課に在籍する拓海に聞いてみたのだった。
拓海 「はい。 社内結婚は確かに肩身が狭く昇進にも響きますが、退職させられることはないです。」
父親 「そうか。」
拓海 「20組ほど社内結婚がいますが、辞めた人はいません。 立場上、私は異動だと思いますが。」
父親 「風当たりが強いだろうからな。」
拓海 「来未さんも肩をたたかれることはないと思います。」
来未 「あたし、その時はすぐに辞めるから。 別にいいんだけど、適当にバイトするし。」
父親 「辞めたときは家を継ぎなさい。 アルバイトはしないで、会社の手伝いをさせるからな。」
来未 「・・・・・・」
拓海 「・・・・・・」
拓海と来未が結婚することに賛成も反対もしない父親。
この日はただ単に拓海の考えを聞いただけで、改めて挨拶に来ると思っているのだろうか。
あるいは、結婚のことはとっくに了承しているのか、そんなことはどうでもいいと思っているのか。
拓海は父親の意図が分からないでいた。
この日は、それ以上踏み込んだ話はせず、拓海と来未は実家を後にした。
もし来未が会社を辞めて、家を継ぐことになったとしたら、拓海たちは新婚早々、別居状態になるのだろうか。
そして、いずれは拓海も実家の会社に入れさせられるのだろうか。
冗談とも本気とも取れない父親の言葉が、拓海の耳に残る。
その真意は父親しか知らない。
来未も同じように理解出来ていなかったが、いつものことなのであまり深く考えていなかった。
そんなことよりも、まだ指に付けることも出来ない指輪を眺めることの方が楽しかった。
傷が付くのが嫌でずっとケースに入れたまま。
その指輪をいつの日か左手の薬指に付けることを夢見て。。。