来未の誕生日の3日前。


いつもと変わらぬ車の中。


拓海と来未は空港に向かっていた。


去年までは、いつも一緒にスノボに行っていた2人。


おそらく、この日が最後になるであろう2人で行くスノボ。


空港からツアーバスに乗り換えて目的のゲレンデを目差していた。


夜通しバスは走り続け、窓から見える夜景はあっという間に後ろへ消えていく。


肩を並べて座り、窓の外を眺める拓海と来未は、その消えゆく夜景が自分たちの思い出のように感じた。


2人は何もしゃべらない。


間違っても颯太の話など出来るはずもなかった。


周りのツアー客のざわめきだけが耳に入ってきた。


拓海が何か来未に話しかけようとした時、拓海の携帯がブルブルと震えた。


それは、颯太からのメールだった。



拓海 「……。 ヤツからメールなんだけど。」


来未 「ふ~ん。 なんて?」


拓海 「今どこですか?って。 ご飯でも食べに行きませんか?だって。」


来未 「バラしちゃえば?」


拓海 「ほんとにいいの? あと知らないよ。」



もちろん、颯太にこのお別れ旅行のことを言うつもりはなかった。


だけど、最後まで来未はつよがっている。


そんな来未を、とても来未らしく思う拓海だった。





来未は、この最後の旅行を楽しみにしていた。


でもそれは計画を立てているとき。


最後になるかも知れないし、拓海と元サヤに戻るきっかけになるかも知れない。


どうなるか分からない今、とても不安に感じてしまう。


ただ、いい思い出を作ろうということだけは決めていた。





バスが夜明けのゲレンデに到着した。


まだ滑れる時間ではないため用意しておいた朝食を食べる2人。


いつものことで、何回も一緒にツアーに行くうちに次の行動がお互いに分かってしまう。


些細なことで、2人が一緒にいた時間の長さに改めて気が付く。


来未がスノボのブーツを履くとき、その紐を締めるのも拓海の仕事だった。


紐で締めるタイプのブーツは、女性の力ではなかなか思うように締まらない。


この日も来未に言われなくても紐を締めようとする拓海。


拓海に言われなくても履いたブーツを拓海の前に差し出す来未だった。





2人はこの日のスノボを思いっきり楽しんでいた。


来未が先に始めたスノボも、いつの間にか拓海の方がうまくなり、2人の息もピッタリだった。


お互いにどういう行動を取るかがだいたい分かるので、近くで滑っていてもぶつかることはなかった。


そして、昼食を挟みそろそろ滑りを終える時間が迫ってきていた。


この日は日帰りのツアー。


元恋人同士とはいえ、1泊のツアーにはさすがに行きづらい。


2人はリフトに乗って最後の雪を確かめようとしていた。



拓海 「そろそろ時間だね。」


来未 「うん。 早かったね。」


拓海 「最後は思いっきり滑ろう!」


来未 「うん!」



そう言って、2人揃ってリフトから滑り降りた。


最後の滑走だけ、拓海は来未の後を滑っていった。





帰りのバスの中は、2人とも何も話さず眠りについた。


途中、サービスエリアで夕食を取ることになりバスを降りる。


ライトアップされた大きな橋の袂にあるそのサービスエリアは、いつもスノボツアーで夕食を食べる場所だった。


この時の食事が2人で食べる最後の食事になることは、2人とも予想していたかも知れない。


思ったよりも寒い冬の夜は、キラキラと無限に輝く夜景とライトアップされた橋をより綺麗に見せる。


トレーナー1枚で外に出ている来未に、自分のスノボウェアを被せる拓海。



来未 「ありがと…。」



拓海の最後の優しさに、来未はつよがりで答えず初めて素直に甘えることができていた。。。