「今夜はデザートも用意したわよ?」

頭をがっしがっしとタオルで拭きながらバスルームから出ると、最上さん…セツカは冷蔵庫から小さいココットを取り出した。

「…こんな時間に食べたら太るだろ。」
「んもーっ!相変わらず思春期の女子高生みたいな事言うんだから。…そう言うと思って、小さいサイズで作ったわ。」

ココットの中身を覗いてみると、ココアパウダーの茶色とその上に生クリームの小山がほんの一つ。
そしてミントの葉がちょこんと飾られていた。

「セツが作ったのか。」
「そうよ?自信作なんだから、食べてくれなきゃ口訊いてあげない。」
「………」

最上さんもそうだが、セツカもなかなか頑固者だ。
口を訊いてもらえないのは嫌なので、大人しく一人がけのソファに座る。

「はい、どうぞ。」

目の前のローテーブルにココットとスプーンを置かれた。

「…なんだ、セツが食べさせてくれるんじゃないのか。」
「なっ!?何でそうなるかなぁ~!そんなに甘えん坊な兄さんは困ります。」

ぷいっとそっぽを向くセツカ。機嫌を損ねたか…?
ココットとスプーンを手に取り、焦茶とクリーム色のハーモニーの美しいそれを、口へと運んだ。
…………うん、甘くて少しほろ苦い。

「どお…?美味しい?」
「悪くない。」

セツカとして感想を求める瞳の中に『最上キョーコ』が見え隠れするが、気にしないふりをして『カイン』として答える。
『敦賀蓮』としては「とても美味しいよ」と言いたいところなのだが…

「そう、良かったわ。最近兄さん元気なかったから、ちょっと心配してたの。だからこれで元気出してよ?」
「…元気、なかったか?」
「うーん…元気ないって言うか、ちょっといつもと違う感じ?本調子ではなかったでしょ。」

……確かにそうだ。
最近は久遠の闇に飲まれる事も当たり前になる程、映画の撮影が佳境に入っている。
この子はまた、俺の心の動きを敏感に察知してくれていたわけだ。

「でも何でティラミスなんだ?」
「あ、兄さん知らないの?ティラミスって、イタリア語で『私を元気にして』って意味なのよ?甘さも控え目にしたし、これなら兄さんの口にも合うかなって。」

久遠の闇については未だ一度も話したことはない。
だけど、これは彼女なりのエールなんだろう。

『敦賀さん、負けないで…!』

一口一口に、そんな気持ちが籠められている気がして…
食べ終わってしまうのが勿体ない。
そう思ってしまう。

「…そう言えばセツの分は?」
「あたし?あたしの分はないわよ?だってそれ、兄さんに作ったんだもの。あたしは味見の一口で十分よ。」

俺の為に…ますます心が晴れてくる。
今ならどんな闇にでも打ち勝てる……そんな気すらしてくる。

「じゃあセツ。」

最後の一口をスプーンに盛り、彼女の口元へと運ぶ。

「何それ?」
「見て分からないのか?元気のお裾分けだ。」
「そんなのわかるわけっ…ん!」

抗議の声を上げた彼女の口に無理矢理スプーンをねじ込む。
スプーンから甘味を中にちゃんと運んだのを確認すると、口からスプーンを出し、セツの口の端に付いたカスタードとパウダーを指で拭う。

「兄さんっ!強引すぎよって…!?」

文句が始まりそうな彼女を横目に、指に付いたクリーム色と茶色のそれをぺろりと舐めた。

「ん、甘い。…ご馳走様。」
「~~~~っ!そうですか!!じゃああたしはシャワー浴びちゃうからね!?流しに置いといてよ?!」

顔を一気に赤く染めたセツカは、慌ててバスルームに逃げ込んだ。

「…………クスクス。ありがとう、最上さん。」

『私を元気にして』
ティラミスもいいけど、やっぱり俺にとってのティラミスは『最上キョーコ』だから。
逃げられた室内で、一人そっとお礼を述べた。



************

これもやっぱり何かの番組で、ティラミスがイタリア語で『私を元気にして』って意味だと言っているのを聞きかじった事が原因のSS。
元ネタそんなんばっかりですみません。

そういえば、カイセツ風味の蓮キョって初めて書くわ………