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『しあわせ探偵の事件簿』
第三話:「ごんべえ」③

「ごんべえさん!?」

見事なくらい、小泉と沙由里の声がユニゾンし、部屋全体に響き渡った。
その反応までも予期していたように、マキは話を続けた。

「真犯人のごんべえさんの説明はあとで詳しく話すとして、まずはこの事件を解決していきましょう。

そこで改めて質問です。
幸さんは今、いろんな悩みを打ち明けてくれましたが、まず最初に解決したい問題はなんですか?」

今までの質問とは少し違う意図を感じながらも、小泉は正直な気持ちで答えた。

「それはやっぱり、娘の不登校の問題です」

その回答に対して、マキは微笑みを絶やさず、しかしキッパリとした口調でこう言った。

「そうなんですね。でも、それの何が問題ですか?」





















そこには、圧倒的な“空白”があった。
どれだけ“やり手の編集者”でも埋められない完璧な空白である。

小泉はまるで声帯を切り取られたかのように、一言も発することができなかった。
頭の違う部分では『人間って、本当に驚いたときには『あっ!』とか『えっ?』っていう声も出ないんだ』と感じながらも、マキの質問に対して何か答えようとするが、その他の器官がフリーズしてしまったように、何も反応しない。

隣の沙由里も完全にフリーズしているが、ちょっと様子が違う。頭はいたって鮮明で、思考はぐるぐると回っている。

「大切な子供が登校拒否になって困っているのに、それに対して『それの何が問題ですか?』って、あまりにも酷い」
という気持ちと、
「あの優しいマキちゃんがそんなことを言うなんて信じられない。これには何か意味があるはずだ」
という気持ちが沙由里の頭の中で戦っている。
でも、どれだけ考えても答えは出ない。

マキの方は、変わらず微笑みを浮かべながらも、辛抱強く相手の返答を待っている風である。

その空白に、一番に耐えかねたのは小泉だった。自分が話し出さない限り、この空白はいつまでも続くと思ったからだ。

金縛りから逃れるかのように、まずは背筋を伸ばして体が動くことを確認し、小さく咳払いをして声が出ることを確認する。
そして気持ちを落ち着かせるためにアイスコーヒーを一口飲み、慎重に言葉を選びながら話し始めた。

「だって、中学校は“義務”教育なんだから、行くのが子供にとっての義務ですし、行かせるのが親にとっての義務ですよね?」

「いくら義務教育とはいっても、本人が『行きたくない』と言うのを無理矢理に行かせる義務は、国にも親にもないと思いますよ」

「でも、中学校にちゃんと行かないと高校に進学できないし、大学にも行けません。それで困るのはあの子なんです」

「本当にそうでしょうか?私の師匠なんて、中学もろくに行ってなくても事業家として大成功して大金持ちだし、パナソニックの創業者の松下幸之助さんなんかは小学校しか出てないんですよ」

「それは昔の話だし、その人が特別だったんでしょう。
私も大学のときに就職活動で苦労しました。やっぱり、いい大学を出ないといい企業には入れませんし、いい企業の方が安定しています。
それにいい大学を出た方が、自分の選択肢の幅も広がります」

「確かに一般論としてはそうかもしれませんが、娘さんはどうですか?本人がいい高校に進学していい大学に入り、いい会社に就職することを望んでいらっしゃるのですか?」

「そんな、あの子はまだ中学二年生で、そんな判断はできません」

「そうでしょうか?中学二年生ならもう、立派に自分の考えを持っている年頃です。
確かに知識や経験は不足しているかもしれませんけど、少なくとも自分がしたいこととしたくないことの判断はできると思いますよ」

「そんな、子供のしたいことばかりさせていたらワガママなダメな子になるし、あとで困るのはあの子なんです」

「本当にそうかな?本当に困っているのは、実はお母さんじゃないんですか?」

つづく・・・