今朝の産経新聞の記事をご紹介しますね。
(同じ内容の記事ですが、お写真が異なるので、両方のURLをご紹介します)
◆羽生結弦選手、仙台のリンクで被災…絶望からの復活を支えたのは地元の人々だった
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140131-00000530-san-spo
産経新聞 1月31日(金)12時0分配信
◆仙台のリンクで被災…絶望からの復活を支えたのは地元の人々だった 2014.1.31 10:19
http://sankei.jp.msn.com/sochi2014/news/140131/soc14013110290016-n1.htm
氷上に右手を着き、「ロミオとジュリエット」の曲に合わせてピタリと止めたスピン。一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声に包まれた。昨年12月22日、さいたま市のさいたまスーパーアリーナ。フィギュアスケートの全日本選手権で、19歳になったばかりの羽生結弦(はにゅう・ゆづる)選手が、ソチ五輪出場を確実にした瞬間だった。
代表に決まった後のインタビューでは「五輪に向けてしっかりがんばりたい。完璧な演技を目指したい」と気を引き締めた。
◆「よくここまで」
「震災を乗り越えてよくここまで戦ってくれた」。前橋市の自宅のテレビで羽生選手の演技を見つめていた群馬県総合スポーツセンターのスケートリンク管理者、新井照生さん(50)は感慨にひたった。
このときから約2年9カ月前の平成23年3月11日。羽生選手は、新井さんが当時支配人だった地元の仙台市泉区のスケート場「アイスリンク仙台」で練習していた。突如、東日本大震災の激しい揺れに襲われ、施設内は停電に。氷は波打ち、壁一面には大きな「く」の字の亀裂が入った。
羽生選手は一緒に練習していた選手に助けられ、やっとの思いで施設外に逃げた。スケート選手の「命」とされるスケート靴の刃にカバーをつけないままでの避難。この靴は使えなくなり、練習拠点も失った。
「こんな苦しい思いをしたうえに、スケートで苦しい戦いなんて、もうしなくていいよ」。このときの心境を羽生選手は著書『蒼い炎』(扶桑社)にこう書いた。
被災時の恐怖心に加え、朝晩欠かさず練習してきた大切な場所を失った喪失感…。震災直前のシニアの国際大会で2位になるなど、ソチ五輪に向かって急成長を遂げてきた競技人生は大きく揺さぶられた。
◆ファンの声後押し
リンクは16年12月に経営難で一度閉鎖したことがある。しかし、このリンクで育った荒川静香さん(32)が2年後のトリノ五輪で金メダルを獲得したのを機に、19年3月に再開。そのときから支配人になった新井さんは「前回閉鎖したときとは、まるで状況が違った」と振り返る。
震災直後は、施設内で唯一損傷していた壁だけを修復すれば復旧できる見通しだった。ところが、震災1カ月後の大きな余震で壁が崩れてコンクリートの塊がリンク上に落ち、氷が溶けてむき出しになっていた冷却用のパイプが破損した。
新井さんは「マイナスからのスタートになってしまった。もう再開は無理だ」という状況にまで追い込まれた。加えて、月平均で200万円の電気代がかかる運営費。「スケートはレジャーの一つ。電力不足の状況で再開なんてとんでもないことなのでは」との葛藤も芽生えた。
そんな中、リンクに寄せられた多くの声。「羽生選手は大丈夫なの?」「練習はできているのか」。震災後、仙台を離れ、各地を転々としながら練習を続けていた羽生選手を心配するファンからのものだった。
「ゆづのためにも早くオープンさせたい」。新井さんはこう決意し、4カ月後の再開にこぎ着けた。
◆「支えられたおかげ」
24年3月11日。復興演技会が開催された震災1年の節目の日に、羽生選手は再びリンクに足を踏み入れた。「お帰り」。新井さんは到着した羽生選手に思わず駆け寄った。「またここで滑ってくれる日がくるなんて」。感極まる新井さんやファンが見守る中、羽生選手はこうスピーチした。
「1年でここに戻って来られたのは、多くの人に支えられたおかげだと思う。この日にみんなにこうやって演技を見てもらえることが本当にうれしい。1年でこれだけできるなら、これからももっと復興に向けて頑張りたい」
震災後、苦悩してきた羽生選手だが、競技続行への揺るぎない決意を感じさせた。羽生選手は著書の印税もこのリンクに寄付。「結果を出して、被災地の力になりたい」と地元への思いを強めているという。
2月14日午前0時(日本時間)に始まるショートプログラムで、いよいよソチのリンクに立つ。テレビ観戦するという新井さんは「ゆづの五輪での舞は被災地にとってこれ以上ない勇気になる。楽しんで演じてほしい」とエールを送った。
◇
ソチ五輪の開幕まで31日で1週間。羽生選手は東日本大震災で被災しながら、日本のエースに成長した。見守ってきた関係者の話を交えながら、苦難を乗り越えてきた姿を追った。
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結弦くん、懐かしい人たちの顔が浮かぶこともあるでしょう。
みんなが、あなたの活躍を祈っています。
あなたが一時も故郷を忘れず、復興のためにと頑張っていることを知っています。
だから、大丈夫。
もう何も語る必要はありません。
音楽にすべてを委ね、
ありのままに、舞い、跳ぶだけで、
あなたの祈りは、世界に届きます。
大きな羽根を広げて、思いっきり羽ばたいてください。
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最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
※1月29日に撮影された結弦くんです。元気にクリケットで練習している姿が届きました(^O^)/