家族と延命措置 | 月のベンチ

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両親の闘病記

母を在宅介護するにあたり、我が家は意見が二分したのは、昨年も記事に書いた。
兄と父親は、そもそも延命措置を一刻も早く中止し、母を『楽に』させてやりたいという考えだ。

母は手術をし回復するために延命措置をせざるを得なかった。
だから救命センターにいた時点では、兄も父親も延命措置に異論はなかった。
今は違うけれど。

私は自分で在宅介護を選んだ。
それでも毎日文字通り24時間、睡眠時間を除けば22時間を一人でぶっ通しで看るのは正直きつい。
トイレもお風呂もギリギリがまん。
その合間に家事や雑事。
父親と同居しているけれど、彼はほとんど何もしない。
私が家事で母のそばを離れていて、彼が母の部屋のとなりでテレビを見ながらご飯を食べていようと、母の様子を見ようとはしない。
一回も。

彼らは在宅に反対だったから、それもありかもしれないけれど、心配じゃないのだろうか?
そのくせやたらに『自分の考えはこうだ』『介護は優しくゆっくりとだろ!』と神経にさわることを言う。

父親は過去、寝込んでいた母を置き去りにして遊びに出かけたり、愛猫のガンの出血や嘔吐に知らんふりでテレビをみていた人なので、私は この人の家族としての存在を信用していない。
そして、いざという時に逃げる人であることも、この五年でよくわかっている。

各家庭、いろいろ問題もあると思う。

うちは父親と私の確執が根深いという話。