夫と連絡がつかない今・・・
少しでも状況を把握する方法として
谷口からの電話を受けることしか思いつかなかった。
悔しさは隠せないが
モヤモヤとした日々を抜け出すために
逃げている場合ではない。
耳に刺さるような着信音を止めるべく
通話ボタンを押した・・・
『もしもし・・・』
低くも高くもない、感情を最小限に抑えた声で応答する。
そんな私を小バカにするように
谷口は大袈裟な口調で反応する。
『わぁ 倫子さん、お元気そうで良かった良かった!!出てくれないかと思いましたよ!!』
陽気で笑み交じりな声を聞き
不倫をしていた自分の事など完全に棚の上で
電話を床に叩き付けたいほどの怒りが込み上げる。
それでも谷口との会話を続けなければ・・・
自分の中にある、わずかな冷静さを見つけ出し
前置きもせず、核心に触れた。
私 「夫に伝えたんですね?」
谷 「はい?」
とぼける谷口など完全に無視して
言葉を続ける。
私 「谷口さんは何が目的なんですか?誤魔化さずに話してください!!!」
谷 「ちょっと、倫子さん・・・どうされたんですか?」
どこまでも白を切る谷口。
このままでは私の怒りが頂点に達し
まともな会話が出来そうになっかたので
必死に感情を隠し
諭すような口調で、話題を変えた。
私 「谷口さん、今日はどんなご用件ですか?」
谷 「いやいや・・・ご連絡をいただけなかったので何かあったんじゃないかと心配で電話してみました」
私 「いろいろ、ありましたよ」
谷 「えっ??何があったんですか?」
大袈裟な演技を止める気はなさそうだ。
半分、諦めたように
私は谷口に
数日前、夫が発した言葉の意味を確認した。
「夫に、男がいるのかと訊かれました。それに関して谷口さんは心当たりありませんか?」
私の言葉に谷口は
たった今 思い出したかのように
大きく息を吸い、それを思い切り吐き出しながら
「あ~・・・その事でしたか~」と笑った。
私 「・・・」
谷 「いやいや、倫子さん、その件は本当に申し訳ない!!」
私 「は?」
谷 「いやね、酒が進んで、ついつい口が滑ってしまったんですよ~」
私 「・・・」
谷 「あっ、でもね、ちゃんとフォローしましたよ!!あれは人違いかもしれないって!!」
私 「・・・そうですか・・・」
谷 「ご主人も、ありえないと言って笑ってましたしね」
私 「わかりました・・・」
もう谷口など問題ではない。
これから、夫とどう話し合っていくべきか・・・
翔太の個人情報はどこまで隠せるか・・・
往生際の悪い事ばかりが頭に浮び
罪悪感などひとつも産まれてはこなかった。
影で動く谷口の陰湿さには嫌悪を抱くが
何もかもは
自分の軽率な行動が招いた事。
その想いがふっと過ったとき・・・
翔太との関係を暴露した谷口の方が
大学生との不倫を必死に隠そうとしていた私よりも
よほどまともな人間に思えてきて
谷口を責める気持ちが一気に萎えてしまった。
「お気遣いありがとうございました・・・それじゃあ・・・」
谷口の返事を待つことなく
生気のないゆっくりとした動きで
ケータイを耳から話した。