ある大きなお寺の門の外に、ずーっと座っている中年男性のホームレスがいます。
 
もう一年くらい座っている。
 
しかし、全く痩せない。
 
お風呂には入っていないらしいけども。
どうして痩せないんだろう?
 
ある雨の日に、私はいたたまれず
「これあげる」ってお金を渡した事がある。
そのホームレスは「ありがとう」と受け取ってくれた。
 
この人の良いところは、人の善意をきちんと貰う事かもしれない。
 
もし、「申し訳ないからいりません」なんて言われたら、私はその足で市役所へ、この男性の生活保護申請に向かったかもしれない。
 
この人は痩せないだろうな。
 
なぜなら、この人へ食べ物を渡す人が必ずいる。
だって、一年も痩せないで生きているから。
 
働く所を探したいなら、お寺へ頼んでみたらいい。
でも、働きたくないのかもしれない。
 
でなければ、こんなオフィス街の、大きなお寺の前で、ひたすらずっと座るなんて、出来ないんじゃないか?と思うから。
 
ある日、このホームレスが座っていたお寺の椅子が無くなっていた事があった。
その男性は同じ場所に立っていた。
 
私はお寺へ文句を言いそうになった。
「椅子を撤去しないで下さい」って。
 
しかし、翌日、このホームレスはいつもの椅子に座っていた。
 
きっと、同じ事を思った人が何人もいたんだろうな。
 
だから、私はこの中年男性に何もしない。
 
人は、何が幸せか分からない。
 
働いて生きる事がいい事だ!とは私は思ってない。
働かないで、人の善意を受け取る仕事があってもいいと思う。
 
でも、この人は、お金を貰いたいわけでもない。
この人の周りには、お金を入れる缶も箱も何もない。
 
だから、この人は大丈夫だと思う。
 
お寺の前に座って生きる事が仕事なんだと思うから。
 
そう信じて、この人が生きたい様に生きる事を応援したい。
 
この人がいないお寺の門の前を、私は想像出来ない。
何でか分からないけど毎朝毎晩通るお寺の前に、
この人がいると安心してしまう私がいる。
 
ただ座っているだけでも生きて行ける。
生きててくれてありがとう。
 
人は優しい。
 
やりたい事を、精一杯して行こう❣️
 
この中年男性が、お寺の前に座っていたいのと同じくらいに、
私も、やりたい事をただひたすらに、やってみようと思うんだあ。
 
この男性は、お寺の中にいる神様そのものだと思うんだあ。