泉のほとりで | ホームホスピス われもこう

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熊本にある介護施設「ホームホスピス われもこう」のブログです。


 自然はいろいろなことを私たちに教えてくれます。
 数年前のことです。紅葉が山や高原を美しく染め上げるよく晴れた秋の一日、心地よい風に吹かれながら高原を歩いたのち、ふと思い出して以前も訪れたことのある、高原の崖下にある水源に立ち寄りました。

 まぶしい位の光が満ち溢れる高原の一角から急な坂道を下ると、そこは紅葉した木々の梢から木漏れ日がわずかこぼれ落ちてくる別世界でした。先ほどの汗も一気に引いてしまう静寂の森の世界。その森の底から音もなく湧水がこんこんと湧き出ています。小鳥の声と泉から流れ出すせせらぎの心地よい響きだけが、音の世界のすべてでした。これらの音があるため、そのあたりはいっそう静けさで満たされていました。

 私は水をすくって口をすすぎ、その次に両手に水をいっぱいすくい上げて飲みました。頭上を見上げると、木漏れ日が、藤の蔓が絡んだ苔むす高い木の梢からあちこちの木の幹や葉に反射して泉やせせらぎの水面に落ちてきます。

 しばらく休憩してから、泉の水が流れ出してゆくせせらぎ沿いの小道を進みかけました。そのとき私は、ハッとするような光景に出くわしました。その流れを遮るかのように、一本の大木がただ静かに堂々と横たわっているのです。根の一部はまだ大地のなかにつながっていました。

 ただの馬鹿でかい枯れ木ではないか、と思う人がいるかもしれません。しかし、見方を変えれば、風雪に耐えて寿命をまっとうし、自然死した老木。そのあたりには厳かな雰囲気が漂っているように感じられました。アポトーシスの完成!植物の尊厳死。「長いあいだご苦労さま。」そうつぶやきたくなる光景でした。
                                     (南風)