ソファにキュウリが置き放されていた。

剥き出しで。
7分の5くらい残された状態で。

11月22日午後2時過ぎのことだ。
僕はその時間に目を覚ました。
寝すぎた。
昨夜は朝4時頃まで映画祭のスタッフのパーティーで騒いでいて、帰って眠ったのは5時頃だったが、それを差し引いても寝すぎた。


パーティーは楽しかった。
ヴァソがそのパーティーに招待してくれたおかげで、ギリシャにたくさん友達ができた。

僕が使えるギリシャ語は限られていたがその中に相手の名前を聞き、自分の名前を答える
「ポス サス レネ?」
「メ レネ ワタル」
というフレーズがあったのが良かった。

名前を伝えあうことはできる。
一通り自己紹介し合うと、みんなが僕の名前のワタルがわかりづらいと言いだした。
だれが言い出したのかは覚えていないが、Giorgoというグリークネームをもらった。

「ワタルはギリシャ語話せるし、Giorgoって名乗ったら、たぶんギリシャ人だと勘違いしちゃうと思うな。よし、次来たやつを騙しちゃおう。」という話になった。

ちなみに僕が話せるギリシャ語は10通りほどのフレーズだけだし、思い切りアジア人の顔だから、騙せるわけはない。
人が僕らの輪に入ってくるたびに、誰かからGOサインが出て、その度に「メ レネGiorgo. ハリーカ!」と自己紹介するのだが、なぜか何度やっても大ウケ。既存メンバーが笑ってるのはわかるのだが、新しく入ってきた僕に騙された(?)ひとも笑うのはなぜだろう。おそらく僕のギリシャ語の発音がひどくて全く騙されていないからだろう。


僕のグリークネームも馴染んでくると今度は、自分たちに日本人の名前をつけてくれと言いだした。もちろんつけた。

私はなんて名前?
「花子。」
どういう意味?
「フラワー。」
やったー:->

俺は?
「桃太郎。」
どういう意味?
「ピーチボーイ。」
ヒューッ♪


花子も良子も法子も桃太郎も金太郎もみんな良い奴だった。
朝まで騒ぐにはもってこいのメンバーだった。



で、朝帰りの昼目覚め。
寝すぎてボーっとする頭のまま寝室からリビングに行くと
ソファにキュウリが置き放されていた。

「カタン。。。。」

容疑者はマーカスとカタンの2人なのだが、犯人は確実にカタンだ。

マーカスはオーストリア人の188センチの長身の男で
カタンは70キロはありそうなドイツ人の女だ。

二人ともイスタンブールの大学に通っていて、週末をテサロニキで過ごしに来たという。
カップルなのか、にしては常に別行動。
いつもマーカスが先にフラットを出る。


このフラットの水のトラブルが解決してしまったせいで、僕のギリシャ一人暮らしは終わりを告げた。管理人サイドとしては6つのベッドがある部屋にはできるだけ6人に近い人数を泊めておきたいのだろう。工事が終わった金曜日のその夜に、このマーカスとカタンがやってきた。


カタンは置きっ放し女。
皿なんか使い終わったらすぐに片づければいいのに、なぜか置きっ放しでパソコンに向かったり、今日撮ってきた写真を見せびらかしてきたりする。終いには「先バスルーム使っていい?」とか言い出す始末。自分より先に皿洗ってくれ。

寝る前や出かける前にはさすがに片づけだすのだが、なにか1つは必ずテーブルの上に残っている。皿だったり、空き缶だったり、コーヒーカップだったり、、、
で、その朝はキュウリがソファの上に残っていた。

袋に入れて冷蔵庫にしまう。
ああ、共同生活の難しさよ。

特に悪いやつではないのだが、生活の基本的な部分がこうも食い違うと、すべてが僕をいらいらさせる。


僕が聞いていた椎名林檎を「まあまあね」と勝手に評価されたことも。
朝一で下着姿を見せられたことも。
冷凍ピザの焼き上がりを楽しみに待っている姿も。


そして今も隣で「これが日本語?変なのー。」とパソコンの画面を覗きこんでくる。

早く出てってくれよー。
マーカスが外で待ってるじゃん。
のろのろ荷造りを済ませてやっと立ち上がる。

「ワタリ、これ食べていいからね。じゃあね。」

やっと出て行ったか。

テーブルの上を見るとバターとチーズとニンニクペースト、そしてやっぱりキュウリが置いてあった。

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$Michina(ミチナ) 世界一周旅行の記録