エンジンがかかり船体を振動させる。
出航だな。

僕は船内の席を離れデッキに出る。
向かうは最後尾。

乗客たちが手すりに肘をかけ乗船場を眺めている。
空きスペースを見つけ、僕も手すりに凭れかかる。
下を覘くと、船員たちが乗客と同じように手すりに肘をかけている。
そのまた下には、ターボが生んだ白い水しぶきが船を押し進めている。

良い眺めだな。
テンションがあがる。
何故、『ワンピース』の愛読者なもので。

港全体が見渡せるようになった。
昨日まで深夜も明るかった映画祭の会場は、まだ午後7時だと言うのに暗く元気がない。
マツリのアト。もうただの港の倉庫に戻ったのだな。

誰かがたばこを海に投げ入れた。
マナー違反もこんな時なら気持ちがいい。

カモメが数羽ついてくる。
無駄に羽ばたくことはせず、ただ翼を広げ滑空する。

あれがホワイトタワーであれがパレスホテル、今日写真に撮ったタワーがあれで、アップタウンの方のつながってる光は城壁だな。
10日間もいれば、それなりに覚えるものなんだな。

僕の立つ丁度真後ろにあるベンチに、3歳くらいの男の子が母親に座らせられる。
まだ動き足りないみたいだ。母親は一休みしたいようだ。
彼は立ち上がろうとする。彼を着席させたままにするのに母親が渡した車のおもちゃは効果がなかったが、目の前に立っている東洋人を見ると彼の動きは止まった。

「カリスペーラ」
「カリスペーラ」

こんばんはの挨拶を母親と交わす。
男の子は自分の持つ車のおもちゃを自慢げに見せてくる。
僕はポケットにあったiPod touchを突き出して自慢し返す。
丸い目を更に丸くして僕を見つめてくる。
iPod touchよりも僕の顔の方が珍しいらしい。

振り返るとカモメの数が増えていた。
どんどん増える。初めは5,6羽だったはずだが、もう20羽以上いる。
見ているとまだ増え続ける。

誰かがエサでも与えているのだろうか。

いや違うな。
きっと彼らはどれだけ羽ばたかずに滑空していられるかを競っている。
そして船が生むちょっとした気流の変化の中で滑空を続けることは、より高度な技術を必要とする。
高度な滑空技術を身につけることこそ、彼らの喜びなのだ。

または彼らは自分たちの風と戯れる姿を見た人間が心を震わせることを知っている。
そんな人間を見るのも彼らの楽しみなのだ。

動物が人間に近づくのはエサをもらうため。
彼らの優雅な飛び様を見るとそんな即物的な理由は頭から打ち消される。

気づくと男の子が僕の隣で、肘をかけるスタイルを取っている。
上段の手すりには到底届かないので、柵の下の段に肘をかける。
頭を撫でてやると、また僕の顔を見上げる。

もう物珍しさは感じなかったのか、車のおもちゃを空中に走らせながら、船内へ続くドアの方へ行ってしまった。
母親が彼の後を追いかけていく。

もう建物を判別することができないほど、船は港を離れていた。
明りは建物それぞれが持つものではなく、テサロニキの街全体の明かりになってしまった。

また誰かがたばこを海に投げ捨てた。
そろそろ中に戻るか。

船はテサロニキを離れエーゲ海に出る。
向かうはキオス島。

0911232036
Michina(ミチナ) 世界一周旅行の記録
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