中々考えてたように動いてくれませんね。連載は難しい!
今回はダークな内容になってしまいましたが、幸せのためには乗り越えなければならないことがあるのです。暗いの苦手な方はごめんなさい。
それでもよろしければお読み下さい。

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なくした記憶 3


『ーーーちゃん、明日も仕事があるんだろ?今日はもう帰った方がいいよ?』
『そうですけど、でも…』
『側についててくれるのは嬉しいけどーーー』

ーーーなん、だ?日本語??近くにいるのは日本人…か?

蓮は暗い闇の中か、意識が浮上してくるのを感じた。

「じゃあ、タクシー呼んでくるから…」
「はい。すみません。ありがとうございます。社さん。」
「うん。じゃ、ちょっと待っててね。」

男の気配が遠ざかり扉が閉まる音が聞こえた。
蓮は体を動かそうとしたが、打ち付けたように痛い。
「うっ…!」
顔を歪めて、軽く動くと澄んだ声が聞こえた。
「敦賀さん?!」
ーーーツルガ…?誰だっけ?
蓮はゆっくりと瞳を開けると、声のした方を見た。
「良かったぁ!!目が覚めましたか?!」
澄んだ真っ直ぐの大きな目が、蓮の視線を捉えると安心したのか大きな涙が流れた。それを見て息を呑んだ。
ーーーな、んだ?
一瞬見惚れていた自分に気付いて驚いた。ごまかす様に慌てて周りを見回すと、何の飾りもない白い部屋にいるのが分かった。
「ここ…は?」
ようやく出せた声は、酷く掠れてしまったが、とりあえず日本語で聞いてみた。
「病院ですよ?敦賀さん、事故に遭われたんです。覚えてませんか?」
ーーあぁ、そうだ。今俺は日本人の敦賀蓮を演じてるんだっけ?
「…事故?」
「はい!駐車場で…」
身を起こそうとすると、手が何か掴んでいて、動かせないのがわかり、そちらを見ると、目の前の少女が両手でしっかりと手を握り込んでるのが見えた。
「あ!無理しないで、横になっててください。ひどい怪我はないようですが、それでも、色々なところを打ってるみたいなので…」
じっと掴んでいる手を見つめていたら、その視線に気付いたのか、少女がぱっと手を離した。
「あ!すみません!!あの、手がとても冷えていたので…」
モゴモゴと言いながら、顔を染めて行くのが見えた。
その顔をじっと見つめ、蓮は警戒しながら、冷たい声を発した。
「君……誰?」
自分の中の何かが、この子は危険だと訴えていた。


『君……誰?』
言われた言葉の意味が理解出来なかったキョーコは、固まってしまった。
「………え?」
その時、タイミング良く、扉が開いた。
「今、タクシー呼んだから、後10分ぐらいで…っ!!蓮!!」
眼鏡を掛けた20代の男性が声をかけて近寄ってきた。
さっきの声の主だ。確か、呼ばれてた名前は…
「社…さん?」
「良かったぁ!!蓮!!目が覚めたんだな!!具合はどうだ?!あぁ、すぐに社長に知らせないと!!ちょっと待ってろよ!蓮!!」
そう言うと、社さんは嵐のように去って行った。

目の前の少女に目を向けると、真っ青な顔をして、震えているのが分かった。
「敦賀、さん…またからかってるんですか?」
キョーコは目の前が真っ暗になり断崖絶壁に追い込まれた気がした。
「私のこと…覚えて、ないんですか?」
そう言葉に出すと、涙がポロポロと溢れてきた。
「…あぁ。」
蓮が、ポツリと呟いたのを聞き、キョーコは足元がガラガラと崩れ落ちる感覚に襲われた。よろよろとよろめくと、後ろにあった椅子に足を取られて、倒れこむ様に椅子に崩れ落ちた。
「あ!…大丈夫?」
キョーコは今の現実が受け止められず、真っ青な顔で震えていた。
蓮が思わず、手を伸ばそうとしたところで、社長が勢い良く扉を開けた。
「蓮!!目が覚めたか!!気分はどうだ?!」
「…ボス?!」
蓮が社長を見て驚いた顔をした。そして、その呼びかけを聞いて、社長のローリーはピクリと眉を動かした。
「…なん、だと?お前…まさか…」
「蓮?」
ローリーの後に続いてきた社も、ローリーをボスと呼んだことに疑問を抱いて呼びかけた。
ローリーはすぐにハッとして、椅子に座って愕然とした表情で、泣きながら震えているキョーコに気付いた。
「最上君!大丈夫か?!」
「え?!キョーコちゃん!どうしたの?!」
ローリーの呼びかけで、尋常じゃないキョーコの様子に驚いた社も声をかけたが、キョーコは答えることが出来なかった。
そこに、医者とナースが入ってきた。
診察の邪魔にならないように、キョーコに社を付き添わせて、病室から出すと、ローリーは大きくため息を吐いた。
「お前、今いくつだ?年齢は?」
急に問いかけたことで、蓮も医者も何が何だかわからずに訝しんだが、蓮の答えで、大体の様子を察した。
「16だけど…何…?」
それを聞いたローリーは、その場にいたナースにも外に出て行ってもらい、医者とローリーと蓮の三人だけが病室に残ることになった。
幸いこの医者はLMEの息の掛かった病院の中で、ローリーが一番信頼をおいている医者だ。
蓮の主治医を任せる以上、秘密にすることは不可能と判断し、これからの会話は口外無用と言うことで、話を聞くことにした。


キョーコは自分だけ忘れられていたと思って、絶望的な気持ちとなっていた。
蓮に忘れられることがこんなにも精神的にダメージがあるとは思わなかった。
最もあんなことがあった後だ。目が覚めた蓮とどんな会話になるのか少し怖い気もしていた。でも目が覚めた時は心底安心したのだ。それなのに、自分のことを忘れられていたなんて…。あのキスを忘れられたなんて…。安心と絶望感。頭の中がぐちゃぐちゃで胸が苦しくて、キョーコはただ泣きじゃくるしかなかった。
キュッとコーンを握りしめても、慰められることがなかった。コーンが効かないのは初めてのことだった。
ポロポロと涙を流す横で、社はオロオロするしかなく、優しく背中をさすっていた。
しばらくすると医者が出て行き、ローリーに病室へ入るよう促された。

少しだけ落ち着いたキョーコは社の後ろに隠れるように続いて病室に入った。
「さてと、今の蓮の状態だが、ここ5年ほどの記憶を失っている。だから、敦賀蓮としてデビューする前の記憶しか今持っていないんだ。」
「「え?!」」
キョーコと社は同時に声を上げた。
「じゃあ、蓮は俺のこと覚えてないのか?!さっき社さんって呼んだだろ?!」
「あれは、目が覚める直前の会話で、社さんと呼ばれてた声だと気付いただけ…。」
蓮は淡々と答えた。
キョーコは自分だけが忘れられた訳ではなかったことに安堵しつつも、やっぱり寂しさを感じていた。
ちらりと、蓮を見ると面白くなさそうな、ふて腐れた顔をしていた。そして、何もかもどうでもいいというような素っ気ない感じがした。
そんな表情にも寂しさを感じ、キョーコがずっと見つめていると、蓮も視線を向けてきた。
しばらく見つめあっていたが、蓮が先に視線を外し、社長に問いかけた。
「…で?ボス、この人たちは誰?俺の何?」
声が普段の敦賀蓮からは想像つかないくらい冷たい。まるでカインだ。
「あぁ、この眼鏡の男が社君だ。敦賀蓮の敏腕マネージャーだ。」
「社だよ。あぁー、その変な感じだけど、よろしく。蓮。」
社は蓮に手を差し出すと、にこやかに握手を求めた。
「そう、…よろしくお願いします。」
蓮はニコリともせずに、握手は返さずに答えた。
「そしてこっちが、最上君だ。芸名は京子。うちのタレントで、お前の後輩だ。」
「最上です!よろしくお願いします。」
キョーコはローリーの紹介を受けて進み出ると、綺麗なお辞儀をして見せた。
「…なんでただの後輩がこんなところにいるわけ?」
キョーコの挨拶にも答えずに不機嫌そうに冷たい声で言い放つ蓮。
キョーコはショックで、震える身体を抱きしめるしかなかった。辛うじて泣くことを抑えていたが、唇が切れたのか、鉄の味がしていた。それを見兼ねて恐る恐る社が声をかける。
「おいおい、どうしちゃったんだよ、蓮。まだ混乱してんのか?お前らしくない。」
「………。」
「ふむ。まぁ、そうだな。社、こいつは今、敦賀蓮であって、敦賀蓮ではない。まだ敦賀蓮の人物像を掴む前と言うところか。」
蓮はそのローリーの言葉を聞いて、ギロリと睨む。それはやはり、敦賀蓮のものとは違う。全てを敵と思い、警戒してるようにも見える。
「え?それはどういうことですか?」
ローリーの言葉をうけて、社も聞く。
「詳しいことはまだ話せないが、こいつはある理由で15歳から17歳の間にこっちでの暮らしに必要な知識を身につけ、敦賀蓮という一つの人格を練り上げたんだ。今の蓮の状態は…敦賀蓮の役作り途中か、その前というところか…。」
キョーコの思考回路はすでにショート寸前で、受け入れたくない現実からどうにかして目を逸らそうとしていたので、社長の話しもろくに耳に入らなくなった。
目の前の敦賀さんは別人のようで、尊敬する敦賀さんが消えてしまった気がして、キョーコはこの場にいるのが、耐えられなくなった。

「ーーがみくん、最上くん!」
気付けば、社長から心配そうに覗きこまれていた。
「大丈夫かね?今日はもう遅いから帰りなさい。蓮も一応目覚めたわけだしな。私の秘書に送らせよう。社、正面玄関までおくってやれ。」
「…わかりました。行こうか?歩ける?」
「はい。すみません。」
蓮の記憶喪失に社もショックを受けていたが、キョーコの尋常じゃない様子をみて、自分がしっかりしなければと社は気合を入れ直した。
働かない頭で、ローリーに頭を下げると、キョーコは逃げるように病室を後にした。


(続く)