運命の歯車 5
~ようやく噛み合う歯車~


「ねぇ、蓮…私を誰と重ねてるの?こんなに近くにいるのに、貴方は私をみてくれないのね?」
蓮は黙ってソファの下でグラスの中のウイスキーをぐいっと煽った。
「ねぇ、こうやって何度か肌を合わせたら私を見てくれるようになるかしら?」
蓮は完全に目の前の女を、キョーコに重ねて抱こうとした。
だが、匂いが違うことで気分が削がれ、結局、途中で行為をやめていた。
「帰ってくれないか?」
「送ってくれないの?」
「生憎、酒を飲んでるんでね。タクシー拾ってくれ。」
「冷たいのね…。泊めてくれないの?」
「悪いけど、帰って。タクシー代は出すよ。」
鏡花はため息を一つ吐くと、「わかったわ。」と呟いて
「最後までしなかったのは、子供が出来たら困るから?」
と質問してきた。蓮はそれは違うと思いながらも、少し考えて冷たい声で答えた。
「もし、子供が出来たと言われても、一切関わるつもりないし、責任取るつもりもさらさらないから…かな。」
鏡花はその言葉に蓮の嫌悪感を感じてゾッとすると、早々に引き上げることに決めた。
「帰る前に、シャワー借りても?」
蓮はため息をついて、ゆっくり立ち上がると、バスタオルとハンドタオルを用意して、鏡花に渡し、バスルームの場所を教え、再び酒を飲み出した。
鏡花がバスルームに消えてからしばらくたって、玄関前のインターフォンが鳴った。
首を傾げつつ、フラフラになりながら、玄関へ向かうと、確認もせずに扉を開けた。
蓮は確認せずに開けたことを若干後悔した。

目の前にはキョーコが買い物袋を下げて立っていたのだ。
今、キョーコと会ったら自分が何を仕出かすかわからないと思っていた。
キョーコのことを思い描いて鏡花と接していたことで、キョーコのことを知りたくて知りたくてたまらなくなっていた。
蓮は驚きで目を見張り、思考が停止して固まった。
「あ、こんばんは!す、すみません。あの、社さんから敦賀さんの食事を依頼されまして!急遽お伺いさせていただきました!」
キョーコはドキドキと鳴る心臓を気にしながら、見つめたまま固まった蓮に向かって呼びかけた。
「…こんな時間に?」
今の時刻はまもなく深夜の0時を指そうとする時間帯だ。
「は、はい!あ、すみません!ご迷惑…でしたよね?」
「いや、そういう訳じゃなく…」
言い掛けて蓮は、鏡花の存在を思い出す。
シャワーなんて貸さずに早く帰して置くべきだったと、苦い思いが湧いて来たが、タイミング悪く、バスタオル一枚の鏡花が現れた。
「蓮?誰かお客様?」
キョーコも蓮もその姿を見てギョッとしたが、鏡花は挑むような目をキョーコに向けた。
「あら?貴方は、さっきの後輩さん??」
キョーコは目を蓮からもそっと反らし、下を向いてしまったので、蓮からは表情が読み取れなくなった。
「すみません。お邪魔だったようですね。…失礼しまっ…!!」
「待って!」
蓮はキョーコの肩が震えてるのに気付き、泣いてることを察して、キョーコの腕を掴んで帰ろうとするのをとどめさせた。
「食事…作りに来てくれたんだろ?今日は何も食べてないんだ。入って。」
キョーコは躊躇した。
「彼女は、今から帰るとこだから、心配ないよ。」
「いえ!そんな!私が帰ります!!押し掛けてすみませんでした!」
「最上さん!お願いだ!行かないで!!」
蓮はキョーコをしっかりと抱き締めた。酒を飲んでいたのも原因かもしれないが、とにかく帰したくなかった。
蓮の突然の行動にびっくりしたのは、キョーコもだが、鏡花もだった。
「え?!ちょっ!!つ、敦賀さん?!酔っ払ってるんですか?!お酒くさいです!離してください!彼女さんが見てますよ!」
「嫌だ!!」
キョーコが抵抗すれば抵抗するほど、蓮の腕の力が強くなる。
そんな蓮の行動に困惑しながらも、キョーコは帰ることを諦め、中に入れてもらうよう蓮を説得することにした。
「…わかりました。帰りません。帰りませんので、中にいれて下さい。食事をお作りしますので。」
「…帰らない?」
蓮が力なく答えると、少しだけ腕の力が弱くなった気がした。
「はい。帰りませんので、離して下さい。」
「…ここにいてくれるの?」
子供のように縋ってくる姿が何だか可笑しくて、クスリと笑ってしまった。
「はい、はい。いますので安心して下さい。」
「…わかってるの?帰さないよ?光さんの所にいけないよ?」
「…え?」
「君を他の男になんて渡さない。渡したくない。それでも、そばにいてくれるの?」
「敦賀さん?何を言って…?」
キョーコは呆然と蓮の言葉を聞いていた。すると蓮の肩越しに、彼女の姿が目に入りキョーコは蓮に言った。
「敦賀さん?そういうセリフは彼女さんに言わないとだめですよ?」
言いながらキョーコは胸の奥がキリキリと締め付けられて苦しくなるのを感じていた。
蓮は何も答えずに只々、キョーコにしがみついている。
鏡花は小さく首を振ると、目の前の蓮の行動を振り払い、速やかに身支度を済ませて戻ってきた。
「帰るわ。」
蓮にそう投げかけると、困惑しているキョーコに向かって言葉をかけた。
「彼は、私に貴方を重ねていたのね。一度も私のことなんて見てくれなかった。肌まで晒したのに、抱きしめてもくれないなんて…。…意地悪しちゃってごめんなさいね。敵わないわ、貴方には。」
鏡花はそう言って寂しそうに微笑んだ。
「彼、何も食べずにお酒しかのんでないわ。私では、彼の心の穴を埋めることは出来なかった。一緒にいても虚しくなるだけ。貴方には彼の穴を埋めることが出来ると思うわ。」
そう言うと、何事もなかったかの様に鏡花は蓮の家から去って行った。


〈続く〉

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運命の歯車は次回で完結です!
後に始めた連載の方が先に終わっちゃいますよー。
まぁ、なくした記憶は先が見えなかったので最終回まで待たずに、新しい連載を始めてしまった訳ですが…。

なくした記憶をお待ちの方、今日か明日には、UP出来たらしますので、もうしばしお待ちを…!