天然の小悪魔 ★★★


キョーコの心臓も蓮の心臓も同じくらい早鐘を刻んでいた。
「わ…たし…で、いいんですか?」
「うん。他の誰よりも君がいい。」
「でも…私…」
「最上さん。俺が聞きたいのは、君の気持ち。周りがどうこうとか、君が自分をどう思ってるかじゃなくて、君の気持ちが知りたいんだ。君は、先輩なら誰でもこんな風にベッドに誘うの?一人っきりの男の部屋に夜にノコノコ入って行くの?」
「そんな…ことは…」
「俺だけ特別にしてくれないか?キョーコって呼びたいんだ。…ダメ?」
縋るように抱きしめる力を強くする蓮に、キョーコはやっとの思いで答える。
「だ…ダメ…じゃ…ありません。」
蓮がパッと顔をあげて頬を染めて潤んだ瞳のキョーコの顔をジッと見詰めた。
「わ…たし…も、敦賀さん…が、す…好き…です!」
ぱぁっと頬を染めたキョーコが可愛らしくて、その口から出た言葉が嬉しくて、蓮は一気に破顔した。
子供のように無邪気に嬉しそうな顔を見せる蓮に、キョーコは驚く。
「キョーコ!!やっと君の名前が呼べるようになったよ!!最初に出会った時は王子様にしか呼ばせないって言ってたけど、俺が君の王子様って認められたって思っていいんだよね?」
「ふぇ?!わ、私の…王子様?!」
「うん。ずっとなりたかったんだ。妖精の王子様よりも…君の王子様に…。」
「妖精って…え??」
『キョーコって呼んでいいのはショーちゃんだけなの。だからコーンはキョーコちゃんって呼んでね?』
「え?!」
突然、蓮の言った言葉に、キョーコは驚きで目を見開いた。
「うそ…コーン?!」
「うん。そうだよ。キョーコ。ずっとずっと君が好きだった。昔から君は、俺の特別だったんだ。」
「コーン!!」
キョーコ堪らずに涙を流しながら蓮に抱きついた。
「おかえりっ!コーン!!会いたかった!!」
「ただいま。キョーコちゃん。俺も…会いたかったよ。」
二人はお互いの温もりを確かめるように抱き締めあった。
涙でぐしゃぐしゃになったキョーコの顔に蓮はキスの雨を降らせる。
そして二人は漸く気持ちが通じ合ったキスをするのだった。


「蓮…お前、キョーコちゃんと何かあっただろう?」
「…え?何ですか?社さん…」
「お前さ、にやけ過ぎ…なんか嬉しいことがあったんだろうが、現場に着くまでには戻しておけよ。」
「え?!あ…はい。」
運転の片手間に慌てて頬を抓ったり擦ったりしながら答える蓮に、社は飽きれたようなため息を吐く。
「全く…まぁ、お前のことだから、ささやかな幸せでも噛み締めてるんだろうが、敦賀蓮のブランドイメージだけは崩すなよな。」
「………。」

そんな日の楽屋で休憩中、蓮は真剣な表情で考えていた。
キョーコと両想いになれたことに浮かれていて忘れていたのだが、あの絵コンテのCMの撮影がなくなったわけではない。
漸く手に入れた可愛い恋人があんな風に男に馬乗りになるCMを見て平常心でいられるわけはないのだ。
何とかしなければ…と思った蓮は、社に声をかけた。
「社さん!」
「な、なんだ?」
蓮が何やら真剣に考え込んでるなと思ってたところで急に声をかけられたことで驚いた社が、蓮を見れば、焦ったようなこの世の終わりがくるような顔で見つめられてて焦った。
「ど、どうしたんだ?一体…。」
「あの、二日後なんですけど」
「あ、あぁ。」
「どうしても捻じ込んで欲しいCMがありまして…。」
「CM…?二日後?」
「はい。」
「二日後ってお前…ギュウギュウに詰まっててもうスケジュールこれ以上動かせないぞ?」
「そこをなんとかっ!社さんの力を見込んで…!」
「いやいや、お前寝る暇なくなるぞ?本当に…」
「そのCMに出られるなら寝る暇なんて削りますからっ!お願いします!!」
「…はぁー。わかったよ。とりあえず、やってみるけど、期待するなよ?何のCMだ?」
「あ!ありがとうございます!!」
蓮はぱぁっと顔を綻ばせた。
「あの。ガムのCMなんですけど…。」
「…ガム?ひょっとして、キョーコちゃんが出るガムのCMか?」
「え?!社さんっ!知ってるんですか?!」
「いや…知ってたも何も…それなら調整しなくても相手役お前だぞ?」
「………は?」
「いや、だから、相手役お前だって。」
「えぇ?!だってあの子はそんなこと一言も…。」
「あぁ、知らされてなかったんじゃないか?どうやらこのCMの話は社長が直々にとって来たオファーらしいからな。」
「なっ?!社長がっ?!」
「あぁ。何でも、蓮とキョーコちゃんにとっていい荒療治になりそうな撮影だからってウキウキしてスケジュール調整するもんだから、最近スケジュールキツキツだっただろ?」
蓮はガックリと項垂れた。
「…嵌められたのか…。」
「ん?何か言ったか?」
「いえ…。」
蓮は赤くなった顔を隠して答えると、タイミングよく呼びに来たスタッフに感謝しながら立ち上がった。

何にせよ、心に残っていた心配事もなくなり、いつもより絶好調の蓮はさっさと撮影を終わらせたのだった。


「な、なんで…敦賀さんがここに?!」
その二日後、キョーコは小悪魔衣装を着て準備万端なところにCMの現場に現れた蓮に驚きを隠せなかった。
「ん?何でって…君の相手役だからに決まってるだろう?」
楽しそうにからかうように言う蓮に、キョーコが詰め寄る。
「だって…そんなこと一言もっ!」
「うん。驚かせたかったからね。」
「……久遠さんの意地悪…。」
蓮にだけ聞こえるようにキョーコは上目遣いで蓮を困ったように見詰めながらボソリと呟いた。
そんなキョーコにふわりと微笑み、頭をポンポンと撫でる。
「よろしくね。俺の小悪魔ちゃん。」
にこやかに言う蓮に、キョーコはふて腐れてるのかまだ何かブツブツ言っていた。蓮の耳には「私が小悪魔なら貴方は大魔王よ」とか、なんとか聞こえた。

蓮はキュラキュラと似非紳士笑顔を撒き散らしてキョーコを見て二人はしばらくなにやら言い合っていた。

そんな二人の微笑ましい様子を一歩離れたところから見ていた社は、今までと同じようで何かが違うような違和感を感じていたのだが、その時はその違和感の正体に気付かなかった。

迎えた本番では、監督の想像以上のフェロモンを醸し出す二人が何とも言えないエロティックな雰囲気を出しながら完璧に演じる。
少しずつ雰囲気を変えながら何パターンか取り直して、撮影が終わると、現場は興奮冷めやまぬという雰囲気になっていた。

二人のだだ漏れの色気に当てられたスタッフ達が蓮とキョーコを一気に囲む。
特に男性の多いこの現場で群がるスタッフはほとんどがキョーコ目当てだ。
戸惑うキョーコをスタッフの魔の手から救い出すのはやはり蓮で、その蓮とキョーコの様子をスタジオの隅から見ていた社はふぅ~。とため息をついた。
二日前の色気だだ漏れ、笑み崩れた蓮の顔を思い出す。
今回の絵コンテを見ても顔色一つ変えなかった蓮。
楽しみだね?と白々しく微笑む蓮に、若干赤くした頬で恨みがましく睨みつけるキョーコ。
そしてさっきの撮影は、二人とも動揺も見せずに完璧にやってのけたのだ。
あの蓮がキョーコを目の前にしてあんな体勢になっているのにあの余裕な楽しむような表情を向けていた。
そして蓮の上に馬乗りで跨ることに何の躊躇も遠慮もなくやってのけたキョーコ。
撮影が終わってからも滂沱の涙を流して謝罪と言うお決まりパターンさえも見られなかった。
ーーーこれは…あいつ…。まさか…。
今まで散々応援していたのに、報告の一つもなくて、社は少しふて腐れていた。
ーーーこれは…もうお兄ちゃん協力してやらないからな。
…とかなんとか思いながらも、やっぱり蓮は可愛い弟で…可愛い妹のような存在のキョーコと二人が幸せになれたのが嬉しくないわけじゃなく…。

スタジオの隅では意地悪い顔でドラ◯もん笑いをしている社がいたとか…。


「ありがとうございました!今日の撮影が出来たのは久遠さんのお陰です。」
CM撮影が一日の最後の撮影だった二人はそのまま仲良く蓮のマンションに帰宅した。
帰宅して早々、キョーコは蓮にぺこりと頭を下げた。
「最初絵コンテをもらった時は絶対に無理って思ってたのに、本当に久遠さんにお願いして良かった。」
はにかんで笑うキョーコに、蓮は苦笑する。
「君は天然の小悪魔だからね。絵コンテを見た時は、本当にどうしてやろうかと思ったよ。俺が相談受けなかったらどうするつもりだったの?」
その言葉に、キョーコはコテンと首を傾げた。
「そうですよね?どうするつもりだったんだろ?でも、久遠さんなら絶対に出来るようにしてくれるって確信があったんです。他の方法なんて思いつきませんでした。」
「そうか…。まぁ、君の可愛いお願いは俺は何時だって聞くからね。」
「ふふ。久遠さんったらもう。…大好きです。」
頬を染めて、上目遣いでキョーコが不意打ちの爆弾を落とす。
蓮は無表情で固まると、次の瞬間キョーコを我慢出来ないとばかりに抱き締めてキスを送った。
直ぐにでもベッドに連れ込まれそうになったキョーコは、慌てて瞬時に小悪魔の役をつけた。

「もう。久遠?この続きは、あ と で…。」
トンっと蓮の胸を押し腕から逃れると、キョーコを再び捕まえようと伸ばした蓮の腕をサラリと交わして妖しく微笑む。
「先にご飯…たべてから、ね?」
お願い。聞いてくれるんでしょ?と微笑みながら言うキョーコに、参ったとばかりに苦笑して、蓮は両手をお手上げにする。
「とびきり美味しいもの作るから、全部食べてね?」
ニコリと微笑んだキョーコに、蓮ははいはいとばかりに頷く。

そして出来上がった料理を見て、蓮は全て食べると返事をしてしまったことに後悔したのだ。
その日の晩御飯は、蓮にとっては多すぎて、食べ過ぎで動けなくなったという…。
「張り切って作りすぎちゃいました。」
と てへへと、可愛らしく笑うキョーコに、やっぱり天然の小悪魔だ…と蓮は思わずにはいられないのだった。

愛しい少女の寝顔を恨めしげに見ながら、辛うじて出来た腕枕で、そっとキョーコの温もりを感じながら蓮も眠りにつくのだった。


☆おしまい☆


web拍手 by FC2


*****


最後は何故かギャグになってしまいました(笑)
お楽しみ頂けたらポチポチポチッと拍手にご協力お願いしまーす♪