恋の季節は 21
《天気雨》


「キョーコちゃん…。」
頭上から降ってきた声に、キョーコはの体がビクッと震えた。
「ごめん…。キョーコちゃん…。」
本当に申し訳なさそうにいう蓮の声に、キョーコは返事をせずに自分を守るためぎゅうっと小さく丸まる。
「怒ってる?」
おずおずと聞いてくる声に、キョーコは小さく頭を振って否定する。

怒ったりなんてしない…。だってあんなこと…わかってたはずだもの。
蓮はただ松太郎をギャフンと言わせるために協力してくれてるだけなのだ。

キョーコはキュッと唇を結んで、立ち上がった。
「キョーコちゃん…。」
蓮が息を呑んで名前を呼んだが、キョーコは蓮から距離をとって背中を向けた。

グイグイと制服の袖で、涙を拭って、息を何度か吐き出す。
そして、振り返ったキョーコの顔を見て蓮は息を呑んだ。

なんとキョーコが何事もなかったかのように、一点の曇りもない晴れやかな笑顔を向けてきたのだ。

「キョー、コちゃ…」

「敦賀君。こんな所でどうしたの?」

蓮の呼び掛けを無視するように、突然キョトンと首を傾げる。

「あ、もしかして心配して来てくれたんだ?大丈夫だよ?私…慣れてるもの。」

ニコニコとした笑顔であっけらかんという姿は、何もキョーコのことを知らなければ違和感すら浮かばずに騙されていたのだろう。
しかし、蓮はキョーコがここで小さくなって泣いているのを見ていたのだ。

キョーコが笑顔であればあるほど、心が痛くて堪らない。胸を抉られているようなそんな気がしていた。

「あぁぁ!もう、こんな時間っ!早く帰らなきゃ女将さん心配しちゃうわっ!」
突然誤魔化すように大声を上げたキョーコは一気に捲し立てた。
「じゃっ!またね!」
と言って、足早に立ち去ろうとするキョーコの腕を蓮は咄嗟に掴んだ。
キョーコの腕は震えていた。
それでも懸命に笑顔を作っているキョーコが痛々しくて、蓮はキョーコを引き寄せると、力一杯抱き締めた。

「ごめんっ!!!!」

心の底から謝罪の言葉を絞り出したが、きっとこんな言葉じゃ足りないということは蓮にもわかっていた。

「ごめんっ!」

それでも、こんな言葉しか出てこなくて、蓮はもどかしい気持ちでいっぱいになる。

「離してよ…。敦賀君…。離して…。」

キョーコは、蓮の腕をギュッと掴んで唇を噛んだ。
そして、その噛み締めた唇を歪めると急にキョーコはクスクスと笑い出した。
「ふふ。変な敦賀君。一体どうしたの?謝ることなんて何もないのに…。」
キョーコは自嘲気味にうふふ。と笑う。
その瞳の光は陰っていた。

「敦賀君…。だからお願い…離して…。」
「嫌だ!…離さない。」
「敦賀君、もういいの。ありがとう。私は大丈夫だから…だから、私たちお別れしよう…。」
キョーコの言葉に、蓮はショックを受けた。ドクンと跳ねた心臓…胸がズキズキと痛む。
「嫌だよ…。キョーコちゃんのことが本当は好きなんだ…。本当に好きなんだ!別れたくない!」
「もう…無理だよ…。私、敦賀君の言葉も、もう…信じられない。」
「…キョーコちゃん…。」
蓮は自分の言ってしまった言葉が悔しくて堪らずに涙が出そうになるのを必死で耐える。
自分の言葉がキョーコを深く深く傷付けてしまったことが悔やんでも悔やみきれない。
自分が、守りたいと思った唯一の女の子。自分しか守れないと思っていた大切な女の子。
それがキョーコなのだ。
なのに、自分の言葉がキョーコを傷付けてしまっていたのだ。
キョーコの心の傷口が塞がるように願いを籠めて抱き締めたが、キョーコは蓮を見ようとはしなかった。
「敦賀君なら、女の子なんて選り取り見取りでしょ。私のことは放っておいてくれていいから。私は大丈夫。だって今まで大丈夫だったもん。やっぱり私なんかが、敦賀君の隣に居ていいわけないもんね。」
キョーコは淋しそうに微笑む。
「キョーコちゃん!そんなことない。俺の隣に居て欲しいのはいつだってキョーコちゃんだけだ。」
「もう、いいよ。敦賀君…。」
「良くない。何も良くない!」
「また、お友達に戻ろう?」
「っ!!キョーコちゃん…。」
「また明日、お昼休みに屋上で会おうね…。安心して。今まで通りお昼ご飯は作ってくるよ。だって準備しなかったら敦賀君食べなそうだし。くすくす。あ…!でもちゃんと社君も連れて来てね?」
キョーコはニコッと釘を指すと、最後にポツリと呟いた。
「…二人っきりでは…もう…会いたくない…。」

キョーコの最後の言葉に、蓮は頭を鈍器で殴られたようなショックを受け、腕から力が抜けた。
その隙に、キョーコがスルリと蓮の腕から抜け出る。
「今までありがとう。蓮君。じゃあ、また明日!」
精一杯の笑顔を作って、某然と立ち尽くす蓮を残し、キョーコは駆け出した。

走りながらキョーコの目には涙がみるみるうちに溜まって行く。
ーーーさよなら。…サヨナラ。

キョーコは心の中で蓮に向かって叫ぶ。
ーーー私は蓮君がいなくても大丈夫なんだからっ!だって私は、強いんだもんっ!!
きっと私は蓮君の優しさに甘え過ぎてたのよ。

自分で自分に言い聞かせる。
蓮の腕の温もりが、風を切るたびに流れて行く。
蓮との思い出も、蓮の明るい笑顔も、蓮との幸せな記憶もーーー。
ーーー全部、全部忘れよう。あれば夢だったのよ。夢だったのっ…!!

キョーコは自分に与えられた部屋に着くなり、布団の中に潜り込んだ。

涙が次から次に溢れ出してくる。
ーーー~~!!忘れたいのにっ!全部全部、忘れたいのにっ!…忘れたくないよぉ~!!

ーーー蓮君!!蓮君っ…!本当はずっと蓮君と歩いて行きたかった。でも、ダメなの。わたしは強くなんてない。弱虫だから…これ以上蓮君に嫌われるのが怖いの…。側にいて飽きられるのが怖いの。本当はわかってる。追いかけて来てくれた時から、あの言葉が本心じゃなかったんだってことだって…でも、怖いの…。
『ふぇ…。うわぁぁぁぁ~ん。ああぁ~………』
枕を抱え込んで、周りに声が聞こえないように気を配りながら、キョーコは身体中の水分を全て出し切ろうとするかのように思いっきり泣いたのだった。


(続く)



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キョーコが信じられないのは、きっと蓮よりも自分自身なんだろうなって思うのです。