君のかけら 4


「蓮、いらっしゃい。今日も一人?」

「うん。いいかな?」

「どうぞ?」

今日のアリーは遅い時間だったがきちんと洋服を着ていた。
蓮が来たことで緊張が溶けたようなホッとした顔をアリーは見せた。

中に通されるとジムがベッドに腰掛けていて驚く。
ジムの目は鋭く、蓮を睨みつけていた。

『こんな時間に、アリーに何の用だ?』

お前こそ。と言いたいのを必死で堪えて、アリーに促された椅子に腰掛ける。

『ジム、そんな言い方しなくてもいいじゃない!』

アリーは少しだけ指先が震えていた。
男と二人っきりで部屋にいることが怖かったのかもしれない。

『ちょっと、アリーに確認したいことがあってね。こんな時間になったのは撮影が長引いて…。』

『ふん!口では何とでも言える。さっさと帰れ!!アリー…こっちへ。』

ジムの態度にオロオロしつつ、無意識に蓮の隣に立つアリーにジムは苛立たしげに声を掛けた。
アリーの肩がビクンと揺れる。

『う、うん。』

そう言ってジムの方に行こうとするアリーの腕を蓮はガシッと掴んだ。

『悪いけど、俺はアリーと話したいんだ。』

『じゃあさっさと話せ!!その前にアリーの手を離せっ!!アリーが怖がって………アリー?』

ジムが蓮の態度に怒ってこちらに近付くと蓮も立ち上がった。アリーが男性が苦手だとわかっているジムはアリーの手を蓮から解放させようと近付いたのに、アリーは気付けばジムから逃げるように蓮に身を寄せていた。
男性が怖くて側にいて守ろうとしているジムからもいつも逃げるように身を引くアリーが、蓮が無理矢理引き寄せたわけでもないのに、自ら蓮に近付いたのを見て動揺が隠せない。

『アリー?』

ジムが声を震わせて手を伸ばすと、ビクッと震えてアリーは蓮の背中に手を回して縋り付いた。

蓮が優しく抱き締めると、アリーは安堵したように蓮の胸に顔を埋めた。

『どういうことだ?アリー?どうして…』

『わからない。わからないの!!ごめん…ごめんね…ジム。でも、何故か蓮のことは…平気なの。怖くないの…。』

蓮の胸で、アリーが啜り泣いた。
本当に申し訳ないと思っているようだ。
蓮はそんなアリーの頭を優しく撫でて、肩を抱いた。

それでもアリーが蓮から逃げないのを見て、ジムは二人に背を向けた。

『部屋に…戻ってる。』

傷付いた顔でそう言い残して、ジムは去って行った。

『大丈夫?』

蓮が声をかけると、アリーがコクンと頷いた。

『うん。平気。蓮が…いるから…。』

『少し落ち着こうか、何か部屋に運んで来てもらう?』

『ううん。大丈夫。』

『じゃあ、こっちにおいで。』

蓮は少しだけ動くと、椅子に腰掛け、アリーを膝に乗せて抱き締めた。
アリーの腕は今度は蓮の首に抱き着く。
本当は確かめたいことが色々あったのに、蓮はアリーの態度に何かあったのだろうかと問いかけた。

『もしかして…男性関係で、何か怖いことでもあったの…?』

アリーはブンブンと首を振った。

『わからないの…。でも、たまに夢を見るの…何度も何度も同じ夢…。』

『どんな夢?聞いても…いいかな?』

『良く、わからないの。ただ私は薄暗い場所にいて男の人に囲まれてて…。身動きが取れないのに、大きな手に服を脱がされそうになって…怖くて悲鳴を上げて抵抗して暴れるの…。怖くて堪らなくて必死で逃げ出そうともがいて…。ビリビリに服を破かれて…。そこで目が覚めるの。』

今度は蓮が震え始めた。

『何だよ…それ…。』

『私にもわからないの…。相手の顔もわからない!でも、男の人が近付く度、その夢がフラッシュバックして…怖くて…震えちゃうの…だって…夢なのに…夢のはずなのに、凄く…リアルなの。気持ち悪くて…堪らないの。』

蓮はアリーを力一杯抱き締めた。

『誰かに…誰かに…暴行されたってことか?!』

蓮は喉から声を絞り出した。

『わからない。わからないの!!』

ブンブンと涙を流しながら首を振るアリーに蓮は遣る瀬無さで涙が出た。
悔しくて堪らない。だから、記憶を失ったのか?だから、全てを忘れようとしたのか?

『蓮…助けて…怖い…怖いの。いつも怖くてビクビクして…。でも、蓮は平気だから…私…。』

蓮はアリーにキスをした。何度も何度もキスを交わす。
言葉なんていらない。
そんなこと忘れてた方がいいに決まっているのに、思い出させてごめん。という気持ちばかりが溢れて、埋め合わせるかのように、唇を合わせる。全てを自分に塗り替えようと蓮はアリーを抱き締めた。

『蓮…私…穢れてるかも…』

『そんなことない…!!そんなこと…ない!!アリーは綺麗だ。綺麗だよ…。』

『蓮…』

二人は涙を流しながら何度もキスを交わした。
キスだけでは足りるはずがなく、蓮は出来るだけ優しく、アリーに触れた。

『大丈夫…俺に任せて。俺が…忘れさせてあげるから…。』

蓮がそういうと、アリーは涙を流して『ありがとう。』と呟いたのだった。


朝日が差し込む。
昨日と同じ…穏やかな眠りから目が覚めるのは本当に久しぶりだった。
いつも見る怖い夢は、蓮とこうしていると見なくて済むようだ。

蓮をみると、懐かしい気持ちになるのは何故だろう?
そっと、寝息を立てる蓮の顔をみつめる。
幸せだと感じる。今この時を独り占めにしていることへの喜びが溢れる。やっと戻ってこれなようなそんな安心感を覚えるのはどうして?
それに、蓮は何で自分に会いに来てくれるのだろう?
誘ったから来てくれただけなのだろうか?
何で、抱いてくれたのだろう?それも二回も…。
身の上を聞いて同情から…だろうか?

もっと他にもこんなことする相手がいるのだろうか?私…以外にも?

チリっと胸の奥が痛んだ。

なんかそんなの嫌だ。この人のこの腕の中で幸福を感じるのは私だけだって思いたい。

ーーーでも、この顔だもの…。モテるに決まってるわよね。きっと彼女が2人か3人いる人なんて可愛いものなのよ。この人に至っては5、60人いたっておかしくないわ。

そんな一見あり得なさそうなことも、この目の前の男の容姿をみれば否定できない。

ーーーあ…何だろう。何かムカムカして来た…。

段々と、蓮の背後にいるであろう女性達にイライラが募るが、それが嫉妬というものだとは、アリーは気付かなかった。

『くす。どうしたの?』

アリーが百面相をしているのをいつの間にか起きて見ていた蓮が優しい笑みを浮かべて問いかけた。
ハッと我に返ったアリーは不機嫌を隠そうともせず言った。

『別に!!何でもないわよ。』

ぷいっと視線を逸らすアリーに愛しくて堪らないという色に困ったような気配を混ぜて微笑みかける。

『別にって顔じゃないように見えますよ?お嬢さん?』

少し膨れた頬をつつくと、キロリとアリーが蓮を睨んで、その後そっと蓮の首に抱き着くように腕を回した。

『彼女たちに怒られることしてあげる。』

そう言って、ナツのように妖しく微笑むと驚きで目を見張る蓮の首元にキツく吸い付いた。

綺麗についた赤を撫で、満足気に微笑む。
だから、蓮のまとう空気が妖しくなったことにも気付かなかった。
グイッとベッドに背中を押し付けられ、のし掛かられて、やっとアリーは身の危険を感じる。

『へ?!れ、蓮?!』

『どこで覚えたの?こんなの…』

『だ、だって、昨日蓮がいっぱい付けたじゃない!!』

アリーの白い肌には赤い華が沢山咲いていたが、そのどれもが服からは隠れるであろう位置だった。
一応、モデルの体だと気をつけてつけたのだ。

『そうだけど、困るな…撮影あるのに…。本当に彼女たちを困らせてしまう。』

蓮の言う彼女たちとはメイクさんたちのことだ。
しかし、アリーにはそれはわからない。そういいながらも若干嬉しそうな蓮を下から挑むように睨みつける。

『困らせて、嫌われたらいいんだわ。』

『どうして…?』

『だってそしたら…蓮が私だけのものになるもの。』

目を逸らしながら気恥ずかしそうに言うアリーの言葉に、蓮は驚きと衝撃を受ける。
そしてじわじわと喜びがこみ上げ、口元がだらしなく緩むのを感じた。どうしても堪えきれなくて、アリーから視線を逸らして、片手で口元を覆う。
それをアリーが怪訝な目で見ていた。

『蓮?』

『ごめん。アリー…でも、ダメだ…嬉し過ぎて、無理…!!』

蓮はそう言って、自分につけられた場所と同じ場所にくっきりと跡を残した。

『な!!何するの?!』

『何って、先にしたのはアリーでしょ?』

『でも、ここ、見えるじゃない。』

『それはお互い様…だろ?俺もこんな見える位置にされたら彼女たちに泣かれるなぁ~。』

嬉しそうに上機嫌でそういう蓮をアリーが益々ムカムカして睨みつける。
そんなアリーに蓮はフッと微笑んだ。

『アリーも泣かせちゃうね?彼女たち…』

『は?!私は女よ?』

『泣かせるでしょ?メイクさんたちをさ。』

『え?』

アリーは蓮の言葉に怪訝な表情を浮かべた。

『何いってるの?』

『ん?メイクさんたちの他に俺がこんな痕つけられてて泣いちゃう人いるかな?俺には心当たりないんだけど?』

『いるでしょ?いっぱい…。』

『いないよ。全然。』

『嘘!!!!』

『何で嘘だと思うの?』

蓮はクスクスと笑った。

『俺に居もしない彼女達のことより、君の恋人と早く決着付けてくれないかなぁ?』

『……ジムのこと?』

『うん。そう。』

『そしたら…どうなるの?』

『今度は俺を君のたった一人の恋人にして?』

アリーは目を見開いた。

『え?それって、蓮にとっても私がたった一人の恋人になるってこと…?』

『うん。勿論。』

蓮は悪しきモノがすべて逃げ出すような笑顔で微笑んだ。

『え?本当に?私なの…?』

『君以外に誰がいるの?』

『でも…蓮はモテるでしょ?』

『まぁね。でも俺、振られてばっかりだよ。』

『嘘よ!!絶対嘘!!』

『本当だよ。まぁ、振られた理由も今なら良くわかるけどね。』

『何で…蓮みたいな人が振られるの?謎なんだけど…。』

『ん?俺、どの女の子も同じだと思ってたんだ。女の子は女の子。特別に興味がある子なんていなかった。』

『…蓮ってまさか…そっちの人なの?』

『まさか!!もしそうだったら今、君が俺の腕の中にいる説明がつかないでしょ。』

『ちょっと、もう!!やだ!!蓮エッチ!!』

『今のは疑ったアリーが悪い。』

『悪くない!!』

『悪い。』

『ふふっふふふふふふふっ!く、くすぐったいっ!!もっ!!やだ!!だめ!!降参っ!!やめてったら!!あはは!』

アリーは蓮からの攻撃に耐えられず、笑い転げた。

『もうっ!!蓮の馬鹿!!』

蓮もおかしそうにクスクスと笑う。
そして優しい眼差しでアリーの目を覗き込んだ。

『アリー。君が好きだよ。そして、多分君として出会う前から…。』

『え…?それってどういう…』

ーーブーンブーンブーン

『あ、ごめん電話。』

蓮は電話に出た。案の定相手は社だった。今日は早目に連絡をもらえたお陰で、今からなら一度マンションに返っても時間的には大丈夫そうだ。

『君も出る撮影って明日だよね?』

『うん。そうよ。』

『今日は一日どうするの?』

『んー。まだ決めてないけど、観光スポットでも回ろうかなー?』

『そっか。じゃあ、また明日だね。その時、ゆっくり話をしよう。あ…もしかして、それってジムと行くの?』

『え?あ、そうね。ジムは私が一人で外歩くの許してくれないから…。』

『そう………。あ、じゃあもし良かったら今日の撮影見学に来ない?』

『え?!いいの?!行きたい!!』

『今から出れる?』

『うん。』

『よかった!だったらすぐ準備して。一旦家に寄りたいんだけど…いいかな?流石に同じ服で二日も行ったらバレるから。』

『うん。いいわよ。急いで支度する!』

アリーは嬉しそうに飛び起きた。鼻歌交じりに支度をするアリーを見て一日一緒に過ごせることに心が踊る。

ホテルの部屋を出るとき、ちょうどジムと鉢合わせた。

『『『あ…』』』と三人同時に固まる。

しかし、蓮としっかりカップルつなぎをしているアリーを見て、眉間に皺を寄せると、ぷいっと辛そうに顔を背けた。

『アリー、マネージャーとして言っておく。スキャンダルだけは御免だからな。しっかり勉強して来い。』

『ありがとう。ジム。』

冷たく突き放すような言い方でも、その響きに優しさが入っていて、アリーは微笑んだ。

『いってきます!』とジムを振り返って手を振るアリーは今まで見たどんなアリーよりもイキイキとして美しかった。

ジムはそんなアリーを見て、蓮に対しては悔しさなどはもう感じなくなっていた。

ーーー敵うはずがなかった。

そう思ったのだ。

最初、蓮とアリー…二人の目が合った瞬間から、何かの引力でも働いているかのように惹かれあってるのは見ていてわかった。
アリーが男性を自分から食事に誘ったのだって初めてだ。
だからみせつけるように何度もキスして、できる限り仲がいいことをアピールしようとしたが、近づけば近づくほど、やんわりとアリーが自分を避けているのがわかった。
あんなに楽しそうに食事をする姿も、俺では引き出せなかった。

出会ってから約一年半。
付き合おうと言って頷いてくれたものの、手を繋げるようになるまで一ヶ月。繋げるようになったものの、アリーがあまり手をつなぐことが好きではないことに気づいていた。キスまで漕ぎ着けたのも、それから更に三ヶ月は要した。目をギュッと瞑って嫌なモノを見ないようにするようにしてしかキスが出来ないアリーだったが、最近はやっと少し慣れてきたようで、軽いキスなら目を軽く瞑って微笑みながら答えてくれるようになった。でも、アリーの方からというのは一度もない。あまりしつこいとやんわり避けられてしまうので、タイミングを図るのが大変だった。
そんなアリーが二日前出逢ったばかりの男である蓮としっかりと指を絡めて手を繋いで笑いあっている。

いつもビクビクと怯え、精一杯強がった笑顔で仮面を被っていたジムの知ってるアリーはそこにはいなかった。

エレベーターを待つ間も話が尽きないのか、ずっと楽しそうに話をする二人を見て、ジムは大きく息を吐き出した。
何だか、馬鹿らしい。肩の荷が降りたような、そんな清々しい気さえした。

『蓮!!』

エレベーターをアリーと待つ男に大声で呼びかけた。
蓮とアリーが同時にジムを振り返る。

『アリーを泣かせたら殺すからな!でもアリーを笑顔に出来るなら君に任せる!』

蓮は驚いた顔をしたのち、しっかりと頷き笑った。
少年のような無邪気な笑顔を浮かべた蓮に、ジムは面食らい一瞬固まってしまったが、フッと笑いがこみ上げて来た。
アリーが初めて見つけた恋を応援しようとこの時ジムは心に決めたのだった。


(続く)



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あらなんと!ジムがすっかりいいお父さんになってしまった!!(笑)
もーちょっといじくりたかったけど、ま、いっか☆

しかも、一緒に現場に行くって…何で~~?!そんな予定じゃなかったはずなのに。(汗)
ヤバイ…このお話書いてて楽しい!
5話では終われない気がしてきた!!

アリーが暴行を受けたって話も最初の設定にはなかったのですが、ジムとはキス止まりそれ以上はない。→男性が実は苦手→理由がいる。ということで生まれた設定でございました。
アリーごめんよ!!!!

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