【ROSE IN THE SKY】のEMIRIさんの御宅で開催されております、『おかえり(ただいま)企画』。
前回キョーコバージョンで参加させて頂いた際に、蓮バージョンも実はこっそり書いてました。
途中のイラストは風月がこの話を書くきっかけとなったEMIRIさんの作品です!!
素敵企画の内容はEMIRIさんの御宅でご確認ください。
*****
役者魂と恋心の狭間-R-
あのムラサメという男の存在が、俺の闇を揺さぶり起こす。
自分で自分のコントロールが上手く行かない。
あの男と重なるムラサメの姿が、あの子のお陰で漸く抜け出せかけていた闇の世界に俺自身を引き戻す。
演技なんてする必要がないほど、カインは昔の俺自身と良く似ているのだ。
自分自身がわからなくなり、自分という存在が酷く曖昧に思えた。
「カインさん!!お疲れ様です!!今日もとっても素敵でしたー!!!!!!」
カットが掛かってすかさずタオルとペットボトルを持って走って来たのはセツカではなく、このドラマのヒロインを務めている女だ。
妙に気に入られて懐かれてしまい、セツカではない存在が付き纏うことにうっとおしさを感じる。
軽く無視して、フラリと楽屋へと足を向けた。
ここ最近、毎度コレの繰り返しだ。
視線を一度スタジオに巡らせるのは、無意識にあの子の姿を探してしまっているからだろう。
愛しくて、カインにとって唯一の心の拠り所であるセツ。
「あ!カインさんったらぁ!!」
「ちょ!愛華ちゃん!!あんな奴、ほっとけって!!」
「もう、村雨さん!邪魔しないでくださいよぉ!!」
背後でのやり取りも無視したまま、俺は自身に充てがわれた楽屋へ戻ると鍵をかけた。
どうしようもなくイライラする。
付き纏われるのも、恐れ戦く視線を向けられるのもうっとおしい。
自分自身が許せないからこそ、人の目に映ることを避けるようにしてしまうのだ。
ここ最近、碌に眠れていない。
ホテルに帰ってもセツカがおらず、身体は疲れているはずなのに寝付けないのだ。
ソファにごろりと横になり、チラリとテーブルに用意されたロケ弁に目をやるも、その目は閉じて片腕で目を覆った。
セツカがいなくなって、10日。
つまりそれだけ眠れていないし、食欲もない。
カインとして生活する上で、カロリーなんとかや、何とかインゼリーも役作りとしてはアウトな為、殆どお酒とつまみぐらいしか口にしていなかった。
側にいるのが当たり前だった存在が近くにいないというだけで、落ち着かない。
恐らく怖いのだ。
闇に支配される夜という時間帯が…折角ここまで作り上げて来た俺という人間を奪ってしまいそうで…。
セツカという光がない今、闇に囚われるわけにはいかないのだから。
思考も、動きもなにもかもが緩慢になるのは役作りだけではなく、間違いなく寝不足も原因になっているだろう。
今日あたりは眠れるだろうか…いや、恐らく夜になれば月を肴にいつものようにウイスキーを煽って、タバコを吹かして一晩中過ごすことになるのだろう。
目を閉じた中でまぶたの裏には深い深い闇。
抗うことなど出来ないのだろうか?やはり俺には闇がお似合いだということなのだろうか?
その後、撮影を終えた俺はいつもの部屋に戻った。見回した部屋に当然ながらあの子の姿はない。
俺はバサリと着ていたコートをベッドへ乱暴に放り投げる。
服を脱ぎ、バスルームへ向かうと頭から水をかぶった。
冷たいシャワーを浴びて、漸く生きていることが実感できた。
自分自身がここにいるとわかると同時に、自分自身を消したくなってしまう。
ーーーこのまま、消エテシマエタラ、ドンナニ楽ダロウ?
などと考えてしまうのだ。
冷たい水が心臓の動きを止めてくれたら、楽に逝けるだろうか?
そんな考えが頭をよぎっていた。
どれだけの時間、そうしていたのかはわからない。
手の感覚がなくなり自分が立っていることも曖昧になり、唇の色も紫色に変わっていた。
そんな時、いるはずのないあの子の声が聞こえた気がした。
闇の中に差し込む一筋の光。
その光が強さを増して、俺の目に光が戻ってきた。
冷たいという彼女の声にハッとしてようやく機能し始めた目で鏡の中を見つめれば青くなった彼女の姿。
『セツ…』
信じられない気持ちで呟く。
何故、ここに今セツカの姿が映ってるのだろう?とぼんやりと考える。
もしかしたら、今天国にいるのだろうか?
いや、自分のような人間が天国へ行けるとは思っていないが、彼女が側にいてくれたら、それはどんな地獄でも天国へと変わるだろう。
幻覚かもしれないと思いつつも、彼女の姿を見る為には、シャワーが邪魔で、コルクを捻って水を止める。
そうすると、鮮明に現れたその姿が鏡に映った彼女の姿であると気付いた。
振り返ったら…後ろにいるのだろうか?ずっと会いたくてたまらなかったその存在が、いつものようにいてくれるのだろうか?
ゆっくりと振り返った俺は、その目にセツカの姿を映した。
淋しかったとか、会いたかったとか、お前がいないと俺はダメだとか、言いたいことがありすぎて言葉に詰まっていたら、突然、彼女が首に飛びついてきた。
腕を首に巻きつけ、柔らかな感触が身体に押し付けられる。
突然のことに驚き、固まってしまった。
俺は確かめる様に首に抱きつくセツカの身体に恐る恐る手を回した。
柔らかな感触と、滑らかな肌触りと暖かいぬくもりに彼女の存在を強く感じた。
ポタリと髪から水滴が落ち、セツカの服を濡らし、シミが広がる。
そんな姿を呆然と眺めながら、まだ現実と妄想の区別がついていなかった。
『兄さん!こんなに冷えて…』
『セツ…なのか…?』
『ええ。そうよ?私以外に誰がいるのよ。』
『何で…?帰ったんじゃ…』
『ボスに呼ばれたの。兄さんのピンチだって…』
間違いなく、彼女が腕の中にいると、確信を持った。
彼女の暖かさがじんわりと胸に染み込む。
胸が歓喜で震え、抱きしめる腕に力を込めた。
『セツが…急にいなくなるからだ…』
今までの心の隙間も埋めるように抱きしめれば、腕の中の体温が上がる。
『~~!!もうっ!兄さんは私がいないと本当にダメダメなんだから!』
『セツ…』
『ご飯も食べないで、どうせタバコやお酒ばっかり飲んでたんでしょ?!』
『………』
『やっぱり。その沈黙が何よりの証拠ね。』
グイッと胸を押され、少しだけ離された身体。
顔を覗き込まれて、ぼうっとその顔を見返した。
淋しかったんだという顔で見つめていたら、セツカの手がそっと伸びて、冷たくなった頬を優しい温もりが包み込んだ。
『兄さんのことが大切だから、心配してるのよ?』
『…あぁ。』
俺はわかってると頷いた。
そうだ、俺には俺を心配してくれる愛しいこの子がいる。
『兄さんのことが…好き…だから…』
セツカの発した言葉に、カインである俺も虚をつかれたような顔をしてセツカの顔を凝視した。
しまったという顔をしてこちらを見る少女の中に、セツカではない彼女の本心が見えた気がしたのだ。
二人の視線が絡み合う。
ぽちゃん、ぽちゃんと閉めきれていないシャワーの蛇口から水滴が落ちる音だけが響いていた。
みるみる内に赤くなるその顔をみながら、やはり夢なのかもしれないと思っていた蓮だったが、キョーコは無理矢理セツカになってその場をごまかすように慌ててその身体を離して告げた。
『身体…冷たい。このままじゃ風邪引くからすぐにお湯貯めて浸かって温まって。私は、その間にご飯を作っておくから…』
そう言って背を向けてバスルームから出ようとした彼女にハッとして、慌てて腰を引き寄せると、後ろから抱きしめた。
『っ!!』
逃がさないとばかりに抱きしめれば、彼女が息を飲んだのが伝わってきた。
『にぃ…さ…』
『何故逃げる?お前が俺のことを兄として好きなことくらいわかってる。』
『……。』
黙って何も答えない少女に自分の都合のいい解釈をしてしまいそうになる。
好きだというのは、セツカではなくキョーコ自身の気持ちだったのではないだろうか?
だからしまったという顔をして、今逃げようとしているのではないかとそう思ったのだ。
だけど、それはただの憶測だ。
単なる勘違いかもしれない。
それならそれよりも、今この場にいる彼女の存在をもっとしっかりと感じていたい。
『もう少しここにいてくれ、存在を確かめさせてくれ。』
懇願するように抱き締める。肌に触れる彼女の素肌の心地よさに胸が苦しいくらいに締め付けられ、鼓動が高鳴る。
『セツ…セツカ…』
このホテルにいる間、彼女はセツカだ。
どんなにキョーコの気配を感じても、自分はカインで彼女がセツカだということは守らなければならない。
それが二人にとっての暗黙のルールなのだから。
キョーコのお腹に回していた腕に彼女の手が添えられて、優しく握り締められた。
『私はここにいるわよ?』
『…セツ…』
どうしようもない兄を甘やかすような優しい声の響きに、酔いそうになる。
『なぁに?兄さん。』
『セツ…逢いたかった。』
『私も…私もよ。兄さん。』
逢いたかったという気持ちを吐き出しただけでもずいぶんと気持ちが軽くなった。
今なら闇に打ち勝てそうな、そんな気がする。
『ずっと、お前のことばかり考えてた。』
『私も、兄さんのことばっかり考えてたわ。』
やはり自分の心を光の当たる場所へ導いてくれるのは彼女だけなのだ。
感謝の気持ちを込めて、頭にキスを送った。
『…おかえり、セツ…。』
『ただいま…兄さん。』
言いたかった言葉が漸く口に出来た。
ただいまと返された言葉にどうしようもない喜びを感じてしまう。
嬉しさのあまり、俺は気づけば、彼女の肩に口付けていた。
チュッゥチュウと唇で肩や背中を辿りその存在を確かめる。
『ににに、兄さん?!』
あまりにも嬉しすぎて寝不足も手伝い、頭のネジが数本飛んでいたのかもしれない。
慌てて振り返ろうと動いたセツカの胸に手が当たった時、思わずその手は柔らかさを確かめるようにその胸を揉みこんでいた。
そうして、気付いた事実に、俺の眉が顰まる。
無表情で、手を動かし確かめると、やはりそうだという確信ばかりが高まった。
『…何?』
セツカの反応が真っ赤になって狼狽えるでもなく、普通なことに俺は一瞬面食らったが、妹として返してきたセツカに兄の姿勢を崩さず淡々と返した。
『胸…さっきも思ったが、何にもつけてないのか?』
『そうよ?だってつけたらこの服からはみ出して見えちゃうじゃない。』
『こんな…無防備な格好で街中を…?』
『ちゃんとミューズがロケバスで下まで送ってくれたわよっ!』
会話をしつつも、言われた言葉など全くもって頭に入ってこない。
想像以上に柔らかいな。とか、色はどんなだろうとか、触っても嫌がらないのはカインだからかとか、そんなことばかりが脳内を駆け巡る。
そうして、俺はあることに気付いてカインとして言葉を発した。
『脱げ…』
『え?!』
『脱げ、お前の服も濡れてる。このままここから出たら身体が冷える。』
彼女の肌がとても冷たくなっていることに気付いたのだ。
恐らく、先ほどまで頭から水を被っていた自分に抱きついたせいだろう。
『なっ!!そ、それはにいさんのせ…っくしゅ!』
彼女のくしゃみを聞いて俺は益々眉を顰めた。
『だから、脱げと言ってる。風邪引く前に温まれ。俺は…後でいい…。』
そう言って、シャワーをバスタブにむけお湯に切り替えた俺は、バスタオルを手に離れようと背をむけた。セツカは慌ててカインの腕を抱え込み声を荒らげた。
柔らかい胸の感触が、俺の腕を包み込む。
『な?!だ、ダメよ!!あんなに冷たい水をずっと頭から被ってたくせに!!兄さん先に浸かってよ!!』
『セツが先だ。』
『ダメよ!!兄さんから!!』
『セツ…お前に風邪を引かせたくない。』
『そんなの、私だって同じよ!』
『とにかく、セツが先だ。』
『兄さんから!!』
『セツだ!!』
『兄さん!!』
『セツ!』
自分のせいで彼女に風邪を引かせる訳にはいかないので、どんなに可愛い彼女からのお願いでもここで引き下がるわけにはいかない。
『ダメったらダメよ!!だったら一緒に…っ!!』
ーーー?!
『……いっ、しょ…に……?』
鸚鵡返しで言葉に出して、漸く彼女の言い掛けた言葉が何だったのかわかってしまった。
何と返したらいいのかわからず、無言で彼女がなんと続けるのかを待つ。
『…………っ。』
『…………。』
今まで言い争っていた二人の間に沈黙が落ちた。
沈黙が、勝手に期待してドクドクとうるさくなり響く心臓の音を消してくれたら良いのになんて思ってしまう。
一に兄さん、二に兄さん、三四も兄さん、五も兄さんである兄さん大好きっ子のセツカとしての発言なら決して有り得ない提案でもない。
兄と一緒にお風呂に入るのだってセツカにとって特別なことではないはずだ。
そう、ラブラブ兄妹であるセツカとカインとしてならば全く問題のない言葉。
しかし、実際にはそれを演じているのは血の繋がりのない男と女。
まだ未成年で、そんな経験もないであろう彼女に一緒にお風呂なんていうものを演技を理由に強要していいはずがない。
先ほど事故とは言え、胸を何の許可もなく触ってしまったばかりなのだ。
セクハラだと訴えられてもおかしくないこの状況を彼女はどうやって切り抜けるのだろう?
重い重い沈黙の後に、セツカを見つめていたカインの目をセツカが見つめ返した。
正面から見つめられて、その強い目の力に吸い込まれそうになる。
いつも自分の想像を遥かに越えた返しをしてくるキョーコの演技。
今回はどんな言葉が飛び出すのかと、その言葉を待っていると、意を決したように発せられたセツカの言葉に、俺の思考が固まった。
『一緒に入りましょう、兄さん。』
驚きで言葉を失い、目を見開いた俺の表情を挑発するように正面から見つめながら、キョーコは己の着ている服に手を掛けた。
まるでスローモーションでも見ているかの様に俺は目を見開いてその瞬間を見つめていた。
ゴクリとなった喉は、緊張からかカラカラに乾く。
キョーコの服をつかんだ手がゆっくりと持ち上がったーー。
END
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この続きは皆様のご想像にお任せということで~( *´艸`)
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あのムラサメという男の存在が、俺の闇を揺さぶり起こす。
自分で自分のコントロールが上手く行かない。
あの男と重なるムラサメの姿が、あの子のお陰で漸く抜け出せかけていた闇の世界に俺自身を引き戻す。
演技なんてする必要がないほど、カインは昔の俺自身と良く似ているのだ。
自分自身がわからなくなり、自分という存在が酷く曖昧に思えた。
「カインさん!!お疲れ様です!!今日もとっても素敵でしたー!!!!!!」
カットが掛かってすかさずタオルとペットボトルを持って走って来たのはセツカではなく、このドラマのヒロインを務めている女だ。
妙に気に入られて懐かれてしまい、セツカではない存在が付き纏うことにうっとおしさを感じる。
軽く無視して、フラリと楽屋へと足を向けた。
ここ最近、毎度コレの繰り返しだ。
視線を一度スタジオに巡らせるのは、無意識にあの子の姿を探してしまっているからだろう。
愛しくて、カインにとって唯一の心の拠り所であるセツ。
「あ!カインさんったらぁ!!」
「ちょ!愛華ちゃん!!あんな奴、ほっとけって!!」
「もう、村雨さん!邪魔しないでくださいよぉ!!」
背後でのやり取りも無視したまま、俺は自身に充てがわれた楽屋へ戻ると鍵をかけた。
どうしようもなくイライラする。
付き纏われるのも、恐れ戦く視線を向けられるのもうっとおしい。
自分自身が許せないからこそ、人の目に映ることを避けるようにしてしまうのだ。
ここ最近、碌に眠れていない。
ホテルに帰ってもセツカがおらず、身体は疲れているはずなのに寝付けないのだ。
ソファにごろりと横になり、チラリとテーブルに用意されたロケ弁に目をやるも、その目は閉じて片腕で目を覆った。
セツカがいなくなって、10日。
つまりそれだけ眠れていないし、食欲もない。
カインとして生活する上で、カロリーなんとかや、何とかインゼリーも役作りとしてはアウトな為、殆どお酒とつまみぐらいしか口にしていなかった。
側にいるのが当たり前だった存在が近くにいないというだけで、落ち着かない。
恐らく怖いのだ。
闇に支配される夜という時間帯が…折角ここまで作り上げて来た俺という人間を奪ってしまいそうで…。
セツカという光がない今、闇に囚われるわけにはいかないのだから。
思考も、動きもなにもかもが緩慢になるのは役作りだけではなく、間違いなく寝不足も原因になっているだろう。
今日あたりは眠れるだろうか…いや、恐らく夜になれば月を肴にいつものようにウイスキーを煽って、タバコを吹かして一晩中過ごすことになるのだろう。
目を閉じた中でまぶたの裏には深い深い闇。
抗うことなど出来ないのだろうか?やはり俺には闇がお似合いだということなのだろうか?
その後、撮影を終えた俺はいつもの部屋に戻った。見回した部屋に当然ながらあの子の姿はない。
俺はバサリと着ていたコートをベッドへ乱暴に放り投げる。
服を脱ぎ、バスルームへ向かうと頭から水をかぶった。
冷たいシャワーを浴びて、漸く生きていることが実感できた。
自分自身がここにいるとわかると同時に、自分自身を消したくなってしまう。
ーーーこのまま、消エテシマエタラ、ドンナニ楽ダロウ?
などと考えてしまうのだ。
冷たい水が心臓の動きを止めてくれたら、楽に逝けるだろうか?
そんな考えが頭をよぎっていた。
どれだけの時間、そうしていたのかはわからない。
手の感覚がなくなり自分が立っていることも曖昧になり、唇の色も紫色に変わっていた。
そんな時、いるはずのないあの子の声が聞こえた気がした。
闇の中に差し込む一筋の光。
その光が強さを増して、俺の目に光が戻ってきた。
冷たいという彼女の声にハッとしてようやく機能し始めた目で鏡の中を見つめれば青くなった彼女の姿。
『セツ…』
信じられない気持ちで呟く。
何故、ここに今セツカの姿が映ってるのだろう?とぼんやりと考える。
もしかしたら、今天国にいるのだろうか?
いや、自分のような人間が天国へ行けるとは思っていないが、彼女が側にいてくれたら、それはどんな地獄でも天国へと変わるだろう。
幻覚かもしれないと思いつつも、彼女の姿を見る為には、シャワーが邪魔で、コルクを捻って水を止める。
そうすると、鮮明に現れたその姿が鏡に映った彼女の姿であると気付いた。
振り返ったら…後ろにいるのだろうか?ずっと会いたくてたまらなかったその存在が、いつものようにいてくれるのだろうか?
ゆっくりと振り返った俺は、その目にセツカの姿を映した。
淋しかったとか、会いたかったとか、お前がいないと俺はダメだとか、言いたいことがありすぎて言葉に詰まっていたら、突然、彼女が首に飛びついてきた。
腕を首に巻きつけ、柔らかな感触が身体に押し付けられる。
突然のことに驚き、固まってしまった。
俺は確かめる様に首に抱きつくセツカの身体に恐る恐る手を回した。
柔らかな感触と、滑らかな肌触りと暖かいぬくもりに彼女の存在を強く感じた。
ポタリと髪から水滴が落ち、セツカの服を濡らし、シミが広がる。
そんな姿を呆然と眺めながら、まだ現実と妄想の区別がついていなかった。
『兄さん!こんなに冷えて…』
『セツ…なのか…?』
『ええ。そうよ?私以外に誰がいるのよ。』
『何で…?帰ったんじゃ…』
『ボスに呼ばれたの。兄さんのピンチだって…』
間違いなく、彼女が腕の中にいると、確信を持った。
彼女の暖かさがじんわりと胸に染み込む。
胸が歓喜で震え、抱きしめる腕に力を込めた。
『セツが…急にいなくなるからだ…』
今までの心の隙間も埋めるように抱きしめれば、腕の中の体温が上がる。
『~~!!もうっ!兄さんは私がいないと本当にダメダメなんだから!』
『セツ…』
『ご飯も食べないで、どうせタバコやお酒ばっかり飲んでたんでしょ?!』
『………』
『やっぱり。その沈黙が何よりの証拠ね。』
グイッと胸を押され、少しだけ離された身体。
顔を覗き込まれて、ぼうっとその顔を見返した。
淋しかったんだという顔で見つめていたら、セツカの手がそっと伸びて、冷たくなった頬を優しい温もりが包み込んだ。
『兄さんのことが大切だから、心配してるのよ?』
『…あぁ。』
俺はわかってると頷いた。
そうだ、俺には俺を心配してくれる愛しいこの子がいる。
『兄さんのことが…好き…だから…』
セツカの発した言葉に、カインである俺も虚をつかれたような顔をしてセツカの顔を凝視した。
しまったという顔をしてこちらを見る少女の中に、セツカではない彼女の本心が見えた気がしたのだ。
二人の視線が絡み合う。
ぽちゃん、ぽちゃんと閉めきれていないシャワーの蛇口から水滴が落ちる音だけが響いていた。
みるみる内に赤くなるその顔をみながら、やはり夢なのかもしれないと思っていた蓮だったが、キョーコは無理矢理セツカになってその場をごまかすように慌ててその身体を離して告げた。
『身体…冷たい。このままじゃ風邪引くからすぐにお湯貯めて浸かって温まって。私は、その間にご飯を作っておくから…』
そう言って背を向けてバスルームから出ようとした彼女にハッとして、慌てて腰を引き寄せると、後ろから抱きしめた。
『っ!!』
逃がさないとばかりに抱きしめれば、彼女が息を飲んだのが伝わってきた。
『にぃ…さ…』
『何故逃げる?お前が俺のことを兄として好きなことくらいわかってる。』
『……。』
黙って何も答えない少女に自分の都合のいい解釈をしてしまいそうになる。
好きだというのは、セツカではなくキョーコ自身の気持ちだったのではないだろうか?
だからしまったという顔をして、今逃げようとしているのではないかとそう思ったのだ。
だけど、それはただの憶測だ。
単なる勘違いかもしれない。
それならそれよりも、今この場にいる彼女の存在をもっとしっかりと感じていたい。
『もう少しここにいてくれ、存在を確かめさせてくれ。』
懇願するように抱き締める。肌に触れる彼女の素肌の心地よさに胸が苦しいくらいに締め付けられ、鼓動が高鳴る。
『セツ…セツカ…』
このホテルにいる間、彼女はセツカだ。
どんなにキョーコの気配を感じても、自分はカインで彼女がセツカだということは守らなければならない。
それが二人にとっての暗黙のルールなのだから。
キョーコのお腹に回していた腕に彼女の手が添えられて、優しく握り締められた。
『私はここにいるわよ?』
『…セツ…』
どうしようもない兄を甘やかすような優しい声の響きに、酔いそうになる。
『なぁに?兄さん。』
『セツ…逢いたかった。』
『私も…私もよ。兄さん。』
逢いたかったという気持ちを吐き出しただけでもずいぶんと気持ちが軽くなった。
今なら闇に打ち勝てそうな、そんな気がする。
『ずっと、お前のことばかり考えてた。』
『私も、兄さんのことばっかり考えてたわ。』
やはり自分の心を光の当たる場所へ導いてくれるのは彼女だけなのだ。
感謝の気持ちを込めて、頭にキスを送った。
『…おかえり、セツ…。』
『ただいま…兄さん。』
言いたかった言葉が漸く口に出来た。
ただいまと返された言葉にどうしようもない喜びを感じてしまう。
嬉しさのあまり、俺は気づけば、彼女の肩に口付けていた。
チュッゥチュウと唇で肩や背中を辿りその存在を確かめる。
『ににに、兄さん?!』
あまりにも嬉しすぎて寝不足も手伝い、頭のネジが数本飛んでいたのかもしれない。
慌てて振り返ろうと動いたセツカの胸に手が当たった時、思わずその手は柔らかさを確かめるようにその胸を揉みこんでいた。
そうして、気付いた事実に、俺の眉が顰まる。
無表情で、手を動かし確かめると、やはりそうだという確信ばかりが高まった。
『…何?』
セツカの反応が真っ赤になって狼狽えるでもなく、普通なことに俺は一瞬面食らったが、妹として返してきたセツカに兄の姿勢を崩さず淡々と返した。
『胸…さっきも思ったが、何にもつけてないのか?』
『そうよ?だってつけたらこの服からはみ出して見えちゃうじゃない。』
『こんな…無防備な格好で街中を…?』
『ちゃんとミューズがロケバスで下まで送ってくれたわよっ!』
会話をしつつも、言われた言葉など全くもって頭に入ってこない。
想像以上に柔らかいな。とか、色はどんなだろうとか、触っても嫌がらないのはカインだからかとか、そんなことばかりが脳内を駆け巡る。
そうして、俺はあることに気付いてカインとして言葉を発した。
『脱げ…』
『え?!』
『脱げ、お前の服も濡れてる。このままここから出たら身体が冷える。』
彼女の肌がとても冷たくなっていることに気付いたのだ。
恐らく、先ほどまで頭から水を被っていた自分に抱きついたせいだろう。
『なっ!!そ、それはにいさんのせ…っくしゅ!』
彼女のくしゃみを聞いて俺は益々眉を顰めた。
『だから、脱げと言ってる。風邪引く前に温まれ。俺は…後でいい…。』
そう言って、シャワーをバスタブにむけお湯に切り替えた俺は、バスタオルを手に離れようと背をむけた。セツカは慌ててカインの腕を抱え込み声を荒らげた。
柔らかい胸の感触が、俺の腕を包み込む。
『な?!だ、ダメよ!!あんなに冷たい水をずっと頭から被ってたくせに!!兄さん先に浸かってよ!!』
『セツが先だ。』
『ダメよ!!兄さんから!!』
『セツ…お前に風邪を引かせたくない。』
『そんなの、私だって同じよ!』
『とにかく、セツが先だ。』
『兄さんから!!』
『セツだ!!』
『兄さん!!』
『セツ!』
自分のせいで彼女に風邪を引かせる訳にはいかないので、どんなに可愛い彼女からのお願いでもここで引き下がるわけにはいかない。
『ダメったらダメよ!!だったら一緒に…っ!!』
ーーー?!
『……いっ、しょ…に……?』
鸚鵡返しで言葉に出して、漸く彼女の言い掛けた言葉が何だったのかわかってしまった。
何と返したらいいのかわからず、無言で彼女がなんと続けるのかを待つ。
『…………っ。』
『…………。』
今まで言い争っていた二人の間に沈黙が落ちた。
沈黙が、勝手に期待してドクドクとうるさくなり響く心臓の音を消してくれたら良いのになんて思ってしまう。
一に兄さん、二に兄さん、三四も兄さん、五も兄さんである兄さん大好きっ子のセツカとしての発言なら決して有り得ない提案でもない。
兄と一緒にお風呂に入るのだってセツカにとって特別なことではないはずだ。
そう、ラブラブ兄妹であるセツカとカインとしてならば全く問題のない言葉。
しかし、実際にはそれを演じているのは血の繋がりのない男と女。
まだ未成年で、そんな経験もないであろう彼女に一緒にお風呂なんていうものを演技を理由に強要していいはずがない。
先ほど事故とは言え、胸を何の許可もなく触ってしまったばかりなのだ。
セクハラだと訴えられてもおかしくないこの状況を彼女はどうやって切り抜けるのだろう?
重い重い沈黙の後に、セツカを見つめていたカインの目をセツカが見つめ返した。
正面から見つめられて、その強い目の力に吸い込まれそうになる。
いつも自分の想像を遥かに越えた返しをしてくるキョーコの演技。
今回はどんな言葉が飛び出すのかと、その言葉を待っていると、意を決したように発せられたセツカの言葉に、俺の思考が固まった。
『一緒に入りましょう、兄さん。』
驚きで言葉を失い、目を見開いた俺の表情を挑発するように正面から見つめながら、キョーコは己の着ている服に手を掛けた。
まるでスローモーションでも見ているかの様に俺は目を見開いてその瞬間を見つめていた。
ゴクリとなった喉は、緊張からかカラカラに乾く。
キョーコの服をつかんだ手がゆっくりと持ち上がったーー。
END
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