My HOME -2-
蓮にしては珍しく軽くお腹が鳴って目を覚ました。
自分のお腹が鳴ったことを不思議に思って部屋を出ると、その理由はすぐにわかった。
ーーじゅわん。ぱちぱちぱち。
キッチンから楽しげな料理の音が響き、美味しそうな匂いが廊下まで漂ってきていた。
それだけで幸せな気持ちになった蓮は素早く顔を洗い身支度を整えると、キッチンへ顔を出した。
まだ朝だというのに彼女がキッチンに立っている。
何だか待ちきれなくてそわそわしてしまうのは料理に対してなのか、彼女に対してなのかもわからない。
鼻歌交じりに楽しげに料理をするその後ろ姿を見つめながら、あの顔が振り返って笑顔を見せてくれたらどんなに素敵だろうかと思ってしまう。
しかし、料理に夢中のキョーコは蓮が起きてきたことにも気づいていない様だ。
用意されていたお弁当箱は3つ。
恐らく、蓮と社、そしてキョーコのものだろう。
彩り良く飾られた3つのお弁当箱は空腹中枢の壊れている蓮でも思わずつまみ食いしたくなるような出来栄えだった。
お弁当の準備は済んで今は朝食を作っているのだろう。
匂いにつられて、いつの間にかキョーコの真後ろに立った蓮は、キョーコの後ろから鍋を覗き込んでいたのだが、そういえば、この恋心を自覚して料理を蓮に振る舞うのは初めてだわ。なんて考えていたキョーコは、蓮がすぐ背後にいることに気付いていなかった。
「美味しそうだね?」
不意に真後ろから耳に吐息がかかるほどの距離で話しかけられ、キョーコは心臓が飛び出すほど驚き、過剰に反応してしまった。
「ひゃぁ!っ!!あつっ!!」
「っ!!大丈夫?!」
キョーコは驚きのあまり、味噌汁をお椀を持つ指に掛けてしまったのだ。
火傷をさせるつもりも微塵もなかった蓮は一瞬青褪めて、狼狽えたものの、急いでガシッとキョーコのお椀を持っていた手首を掴み、直ぐにシンクへ引っ張り誘導すると、赤くなった部分を冷やし始めた。
「ごめん…こんなに驚くとは…」
火傷をさせてしまったことに引け目を感じているのだろう。シュンとした声がキョーコの心をギュッと苦しいくらいに締め付けた。
「い、いえ!!敦賀さんのせいじゃ…わ、私がボーッとしてたからっ!!」
言いながら、今の体制に気付き、またもや心臓が激しく動き始めた。すぐ背後に蓮の胸板を感じるのだ。シンクに腕をついて囲われる形で背後に立つ蓮。
まるで背後から抱き締められているように錯覚してしまう程のこの距離と、掴まれた手首の熱さに、キョーコの脳が痺れるような感覚に襲われる。
「いや。俺が急に話しかけたからだ…本当にゴメン…」
ーードキドキドキドキ
心臓がうるさいくらいに高鳴る。
心臓の音が蓮にまで伝わりそうで、必死で宥めるのだが、後ろから囁かれる声の近さに意識が引き戻され上手くいかない。
「痛かっただろう?」
するっと掴まれていた手首をなぞられて、キョーコの脳が甘く痺れる。
「こっ、このくらい…へいきです。」
口を開けば飛び出してきそうな心臓を必死で宥めて、何とかそれだけを口にした。
「本当に…ゴメン…。」
蓮の声が頭上から降ってくる。その距離の近さが、今のキョーコには耐えられなかった。
「も、もう、大丈夫ですからっ!!」
流しっ放しの水が勿体無いとばかりに、キョーコは水の勢いを止める。
脳を痺れさせる魅惑の檻から抜け出すべく、キッチンの外へと蓮を追い出す為の言葉を紡ぐ。
真っ赤になった顔は恥ずかしくて見せられず、忙しいふりをして誤魔化した。
「もう少しで出来ますから、リビングで待っててください!」
「手伝うよ。」
「じゃあこのお茶碗とお箸を並べててください!!」
そう言って、お茶碗とお箸を手に取り蓮に強引に手渡す。
蓮は一瞬、何か物申したそうな顔をしていたが、渋々とキッチンから姿を消した。
キョーコは胸の前でギュッと先ほどまで蓮に掴まれていた場所を自身の手で握りしめて、自身の心臓を落ち着かせるべく、大きく息を吐いた。
「はぁぁー。もうっビックリしたぁ…。心臓…もたないよ。」
蓮がいなくなったというのに、まだ心臓はドキドキとうるさかった。手の火傷よりも、心臓の方が重症だとその場に座り込みながらキョーコは思ったのだった。
*****
「はぁぁぁ~。」
追い出されるように、キョーコからリビングへ追いやられた蓮は、一人リビングのソファに腰をおろして凹んでいた。
自分のせいで愛しい彼女に火傷をさせてしまったのだ。
余程熱かったのだろう、キョーコは耳まで真っ赤にしていた。
「怪我、させるつもりはなかったんだ…。」
後悔が押し寄せ、言い訳じみた言葉が零れる。
確かに驚いた顔が見たいという気持ちがあった。
だけど、あんなタイミングで声を掛けなくても良かったはずだ。
もう少し早く声掛けてたらとか、もう少し遅くキッチンに入っていたらとか、考えてもどうしようもない思考が渦を巻く。
「はぁぁぁぁ~。」
ズブズブと深海に向かって沈む。
「本当に…どうしようもないな。俺…」
彼女がいることに浮かれて、調子に乗ってしまい、火傷を負わせてしまった。痛かっただろうし、熱かっただろうと思う。そう思いながらも、近付いた距離からうっかり彼女の髪から香った柔らかな彼女の匂いに抱きしめたい衝動に駆られてしまった。
シンクに右手をついてその気持ちを抑えていたのだが、赤く染まる彼女の項に釘付けだった。
掴んでいた驚くほど細い手首も、華奢な身体も、抱き締めたらどんな心地だろうかという考えが頭を巡った。
近すぎる距離は己のコントロールすら見失う。危険信号だと自分の中の何かが訴えているようだ。
キョーコが慌てて離れようとして、お椀を押し付けられている時も、思わず「君が欲しい」と口走ってしまいそうだった。
「はぁぁぁ~。俺…どうしたらいいんだ?」
これから数日間、二人っきりの共同生活だというのに、滑り出しからこのザマだ。募りに募り過ぎた彼女への想いを何処へ向けて消化したらいいのかと蓮はぐったりしてしまった。
******
「れーん?おーい!れーんくーん?」
蓮がハッとした時には、社が目の前でヒラヒラと手を振っていた。
どうやら、長い間思考の渦にはまり込んでいたようだ。
「やっと昼休憩だってよ!キョーコちゃんの弁当、あるんだろ?」
コソッと囁かれた言葉に、カッと目が見開き覚醒する。
「あ、はい!!」
「じゃあ楽屋へ行くぞ。」
社と二人、並んで楽屋へ向かう。
「いやぁ!楽しみだなぁ。キョーコちゃんの弁当!!俺の分まで用意してくれるなんて…本当に良い子だよなぁ~!!キョーコちゃん!!」
何と無く面白くないなと思いながら二人分の弁当箱を取り出す。
サイズの違う弁当箱は恐らく、少食の俺の為に小さいサイズで詰めてくれているのだろう。
しかし、大きい方のお弁当箱が社のものだと思うと、なんとも心の狭い想いを持ってしまう。
「いっただっきまーす!」
満面の笑みで何の躊躇もなく食べようとする社を恨みがましい目で見つめる。
見比べれば見比べるほど、何だか負けてる気分になって来た。
ーーーもしかして、最上さんって実は、社さんのこと…。
なんて勘ぐってしまうのだ。
ジッと俺が見ていたことに気付いたのだろう。
一口目を口に運ぼうとしていた社が怪訝な目をして蓮を見た。
「何だ?蓮…」
「いえ…別に…」
少しだけ不貞腐れて答えれば、社は少し逡巡した後、ははーんと何かに気付いたようにニヤニヤ笑いを始めた。
「何だ?大きい方が良かったのか?」
「…別に…違いますよ。」
図星を付かれて、そっぽを向いて答えれば、社のニヤニヤ笑いがドラ○もん笑いに変化する。
「ふーん…?蓮くんがねぇ~?」
蓮の反応を面白がるようなその言い方にイライラが募るが、次に社からいわれた言葉に、俺の首は考える前に勝手に縦に動いていた。
「交換するか?」
ホクホクとしながら、大きい方のお弁当を食べていると、社が突然、「あれ?」と言った。
「ん?どうかしたんですか?社さん?」
「いや。何と無く…気のせいかな?」
首を傾げて弁当を繁々と眺める社に釣られて蓮も食べるのを中断して社の食べている小さい方の弁当箱を覗き込んだ。
「いや…これなんだけど…」
そう言って、社が示したミニハンバーグは少し形が崩れたように見える。
「それが…どうかしたんですか?」
首を傾げる蓮に、社も首を傾げる。
「いや、キョーコちゃんってこう言うの完璧に作りそうだろ?形が崩れたのを他の人に食べさせたりしないような気がしてさ…、ちょっと半分隠れるように入ってたから、このプチトマトをどかして見たらさ…ほら…」
「…え?」
蓮は驚きで目を見開いた。
「若干ハート型に見えなくもないかなぁ?なんて思ってさ…。」
社が言うとおり、蓮の目にもその形はハート型に見えたのだった。
「…………。」
「…………。」
ジッと、自分の目の前にある弁当箱に入っているハンバーグを見つめ、また視線を社の目の前のハンバーグへと戻す。
自分の手元には完璧と言えるほど綺麗な円形のハンバーグが収まっていた。
「…交換してください。」
「は?嫌だよ…。なんでお前と弁当の中身の交換なんてしなきゃいけないんだよ。」
「社さん、それは元々俺のものになるはずだったんです。」
「いや…そうだけど、変えて欲しいと言ったのはお前だろ?」
「だってそんなのが入ってるなんて思わないじゃないですか!!」
「いや、形だけだろ?お前のとこにも入ってるじゃないか!ハンバーグ!!こっちよりそっちの方が大きいぞ!」
「でもこっちは、綺麗な丸です!!俺はそっちの形が食べたいんです!!」
「大人気ないぞ…蓮…。」
社は顔を引きつらせて必死で何とか思いとどまらせようとするものの、蓮はしつこく食い下がった。
「まさか、社さん俺の目の前で最上さんのハートを食べるつもりじゃないでしょうね?」
ゴゴゴゴゴ…と突然顔を出し始めた大魔王の気配に、社は気づかないふりして食べとけば良かったー!!と後悔してしまったのだった。
ーーー何が楽しくて、野郎と弁当の中身を交換しないといけないのか…。
社は美味しいはずの弁当の味もわからないほど、ぐったりとしてしまった。
ーーーこいつの独占欲…甘く見てたかも…。
さっさと、残念だったな!ふふーん。なんて言いながら食べてしまえば良かったと思いながら、上機嫌に弁当を食べていく蓮を見つめていた。
ーーーいや、それはそれで恐ろしい。
ぶるりと思わず身震いしてしまった。
ーーーまだ付き合ってないくせにこの独占欲…もしも、付き合うことになったらどうなるのか…。
それにしても…。
社はまたしても小さいお弁当箱に視線を戻す。
サイズ的には恐らく蓮の為に詰めただろうこれ。
ーーーキョーコちゃんも、蓮に好意を寄せてる…ってことか?
ハート型のハンバーグに込められた意味を思って、思案にくれていたので、珍しく蓮の方が先に食事を終えてしまっていた。
「あれ?社さん?まだ食べてないんですか?」
「え…あ、あぁ…。ちょっと考え事してた。」
「早く食べないと時間になっちゃいますよ。俺は少し…消化して来ますね?」
いつもより食べ過ぎたであろう蓮が楽屋を出る。
「ったく。だったら最初からおとなしくこっちを食べてたら良かったのに…。妙に子供っぽいところがあるからなぁ~。」
そう呟きながら、食べ進めて行った社は、途中で目を見開き、ポトリとオカズを一つ取りこぼしてしまった。
煮物に紛れて一つだけ、ハート形の人参が入っていたのだ。
ーーー間違いない!!
社の中で確信が生まれた。
ーーーキョーコちゃんも…蓮のことが…。
驚いていた顔が、じわじわとニマニマ顔に変化する。
社は、一人ぐーふーふー。と不思議な笑い方を始めていた。
ーーこれはきっと時間の問題だな。
ウキウキと弁当を綺麗に食べ終えて仕舞った社は、可愛い弟のような存在と、妹のような存在の二人の初々しい恋を静かに見守ろうと心に決めたのだった。
(続く?)
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*****
この話…どうしても続くにクエスチョンマークをつけたくなってしまうのです!!
本当に続けて良いのか?と、戸惑い中~!!
意地悪でもなんでもなくてですね、ノープランで始まっちゃったからこの話の終わり方がわからないのです~!!
何処まで続けたらいいんでしょう~??
誰かおーしーえーてーくーだーさーい!!
蓮にしては珍しく軽くお腹が鳴って目を覚ました。
自分のお腹が鳴ったことを不思議に思って部屋を出ると、その理由はすぐにわかった。
ーーじゅわん。ぱちぱちぱち。
キッチンから楽しげな料理の音が響き、美味しそうな匂いが廊下まで漂ってきていた。
それだけで幸せな気持ちになった蓮は素早く顔を洗い身支度を整えると、キッチンへ顔を出した。
まだ朝だというのに彼女がキッチンに立っている。
何だか待ちきれなくてそわそわしてしまうのは料理に対してなのか、彼女に対してなのかもわからない。
鼻歌交じりに楽しげに料理をするその後ろ姿を見つめながら、あの顔が振り返って笑顔を見せてくれたらどんなに素敵だろうかと思ってしまう。
しかし、料理に夢中のキョーコは蓮が起きてきたことにも気づいていない様だ。
用意されていたお弁当箱は3つ。
恐らく、蓮と社、そしてキョーコのものだろう。
彩り良く飾られた3つのお弁当箱は空腹中枢の壊れている蓮でも思わずつまみ食いしたくなるような出来栄えだった。
お弁当の準備は済んで今は朝食を作っているのだろう。
匂いにつられて、いつの間にかキョーコの真後ろに立った蓮は、キョーコの後ろから鍋を覗き込んでいたのだが、そういえば、この恋心を自覚して料理を蓮に振る舞うのは初めてだわ。なんて考えていたキョーコは、蓮がすぐ背後にいることに気付いていなかった。
「美味しそうだね?」
不意に真後ろから耳に吐息がかかるほどの距離で話しかけられ、キョーコは心臓が飛び出すほど驚き、過剰に反応してしまった。
「ひゃぁ!っ!!あつっ!!」
「っ!!大丈夫?!」
キョーコは驚きのあまり、味噌汁をお椀を持つ指に掛けてしまったのだ。
火傷をさせるつもりも微塵もなかった蓮は一瞬青褪めて、狼狽えたものの、急いでガシッとキョーコのお椀を持っていた手首を掴み、直ぐにシンクへ引っ張り誘導すると、赤くなった部分を冷やし始めた。
「ごめん…こんなに驚くとは…」
火傷をさせてしまったことに引け目を感じているのだろう。シュンとした声がキョーコの心をギュッと苦しいくらいに締め付けた。
「い、いえ!!敦賀さんのせいじゃ…わ、私がボーッとしてたからっ!!」
言いながら、今の体制に気付き、またもや心臓が激しく動き始めた。すぐ背後に蓮の胸板を感じるのだ。シンクに腕をついて囲われる形で背後に立つ蓮。
まるで背後から抱き締められているように錯覚してしまう程のこの距離と、掴まれた手首の熱さに、キョーコの脳が痺れるような感覚に襲われる。
「いや。俺が急に話しかけたからだ…本当にゴメン…」
ーードキドキドキドキ
心臓がうるさいくらいに高鳴る。
心臓の音が蓮にまで伝わりそうで、必死で宥めるのだが、後ろから囁かれる声の近さに意識が引き戻され上手くいかない。
「痛かっただろう?」
するっと掴まれていた手首をなぞられて、キョーコの脳が甘く痺れる。
「こっ、このくらい…へいきです。」
口を開けば飛び出してきそうな心臓を必死で宥めて、何とかそれだけを口にした。
「本当に…ゴメン…。」
蓮の声が頭上から降ってくる。その距離の近さが、今のキョーコには耐えられなかった。
「も、もう、大丈夫ですからっ!!」
流しっ放しの水が勿体無いとばかりに、キョーコは水の勢いを止める。
脳を痺れさせる魅惑の檻から抜け出すべく、キッチンの外へと蓮を追い出す為の言葉を紡ぐ。
真っ赤になった顔は恥ずかしくて見せられず、忙しいふりをして誤魔化した。
「もう少しで出来ますから、リビングで待っててください!」
「手伝うよ。」
「じゃあこのお茶碗とお箸を並べててください!!」
そう言って、お茶碗とお箸を手に取り蓮に強引に手渡す。
蓮は一瞬、何か物申したそうな顔をしていたが、渋々とキッチンから姿を消した。
キョーコは胸の前でギュッと先ほどまで蓮に掴まれていた場所を自身の手で握りしめて、自身の心臓を落ち着かせるべく、大きく息を吐いた。
「はぁぁー。もうっビックリしたぁ…。心臓…もたないよ。」
蓮がいなくなったというのに、まだ心臓はドキドキとうるさかった。手の火傷よりも、心臓の方が重症だとその場に座り込みながらキョーコは思ったのだった。
*****
「はぁぁぁ~。」
追い出されるように、キョーコからリビングへ追いやられた蓮は、一人リビングのソファに腰をおろして凹んでいた。
自分のせいで愛しい彼女に火傷をさせてしまったのだ。
余程熱かったのだろう、キョーコは耳まで真っ赤にしていた。
「怪我、させるつもりはなかったんだ…。」
後悔が押し寄せ、言い訳じみた言葉が零れる。
確かに驚いた顔が見たいという気持ちがあった。
だけど、あんなタイミングで声を掛けなくても良かったはずだ。
もう少し早く声掛けてたらとか、もう少し遅くキッチンに入っていたらとか、考えてもどうしようもない思考が渦を巻く。
「はぁぁぁぁ~。」
ズブズブと深海に向かって沈む。
「本当に…どうしようもないな。俺…」
彼女がいることに浮かれて、調子に乗ってしまい、火傷を負わせてしまった。痛かっただろうし、熱かっただろうと思う。そう思いながらも、近付いた距離からうっかり彼女の髪から香った柔らかな彼女の匂いに抱きしめたい衝動に駆られてしまった。
シンクに右手をついてその気持ちを抑えていたのだが、赤く染まる彼女の項に釘付けだった。
掴んでいた驚くほど細い手首も、華奢な身体も、抱き締めたらどんな心地だろうかという考えが頭を巡った。
近すぎる距離は己のコントロールすら見失う。危険信号だと自分の中の何かが訴えているようだ。
キョーコが慌てて離れようとして、お椀を押し付けられている時も、思わず「君が欲しい」と口走ってしまいそうだった。
「はぁぁぁ~。俺…どうしたらいいんだ?」
これから数日間、二人っきりの共同生活だというのに、滑り出しからこのザマだ。募りに募り過ぎた彼女への想いを何処へ向けて消化したらいいのかと蓮はぐったりしてしまった。
******
「れーん?おーい!れーんくーん?」
蓮がハッとした時には、社が目の前でヒラヒラと手を振っていた。
どうやら、長い間思考の渦にはまり込んでいたようだ。
「やっと昼休憩だってよ!キョーコちゃんの弁当、あるんだろ?」
コソッと囁かれた言葉に、カッと目が見開き覚醒する。
「あ、はい!!」
「じゃあ楽屋へ行くぞ。」
社と二人、並んで楽屋へ向かう。
「いやぁ!楽しみだなぁ。キョーコちゃんの弁当!!俺の分まで用意してくれるなんて…本当に良い子だよなぁ~!!キョーコちゃん!!」
何と無く面白くないなと思いながら二人分の弁当箱を取り出す。
サイズの違う弁当箱は恐らく、少食の俺の為に小さいサイズで詰めてくれているのだろう。
しかし、大きい方のお弁当箱が社のものだと思うと、なんとも心の狭い想いを持ってしまう。
「いっただっきまーす!」
満面の笑みで何の躊躇もなく食べようとする社を恨みがましい目で見つめる。
見比べれば見比べるほど、何だか負けてる気分になって来た。
ーーーもしかして、最上さんって実は、社さんのこと…。
なんて勘ぐってしまうのだ。
ジッと俺が見ていたことに気付いたのだろう。
一口目を口に運ぼうとしていた社が怪訝な目をして蓮を見た。
「何だ?蓮…」
「いえ…別に…」
少しだけ不貞腐れて答えれば、社は少し逡巡した後、ははーんと何かに気付いたようにニヤニヤ笑いを始めた。
「何だ?大きい方が良かったのか?」
「…別に…違いますよ。」
図星を付かれて、そっぽを向いて答えれば、社のニヤニヤ笑いがドラ○もん笑いに変化する。
「ふーん…?蓮くんがねぇ~?」
蓮の反応を面白がるようなその言い方にイライラが募るが、次に社からいわれた言葉に、俺の首は考える前に勝手に縦に動いていた。
「交換するか?」
ホクホクとしながら、大きい方のお弁当を食べていると、社が突然、「あれ?」と言った。
「ん?どうかしたんですか?社さん?」
「いや。何と無く…気のせいかな?」
首を傾げて弁当を繁々と眺める社に釣られて蓮も食べるのを中断して社の食べている小さい方の弁当箱を覗き込んだ。
「いや…これなんだけど…」
そう言って、社が示したミニハンバーグは少し形が崩れたように見える。
「それが…どうかしたんですか?」
首を傾げる蓮に、社も首を傾げる。
「いや、キョーコちゃんってこう言うの完璧に作りそうだろ?形が崩れたのを他の人に食べさせたりしないような気がしてさ…、ちょっと半分隠れるように入ってたから、このプチトマトをどかして見たらさ…ほら…」
「…え?」
蓮は驚きで目を見開いた。
「若干ハート型に見えなくもないかなぁ?なんて思ってさ…。」
社が言うとおり、蓮の目にもその形はハート型に見えたのだった。
「…………。」
「…………。」
ジッと、自分の目の前にある弁当箱に入っているハンバーグを見つめ、また視線を社の目の前のハンバーグへと戻す。
自分の手元には完璧と言えるほど綺麗な円形のハンバーグが収まっていた。
「…交換してください。」
「は?嫌だよ…。なんでお前と弁当の中身の交換なんてしなきゃいけないんだよ。」
「社さん、それは元々俺のものになるはずだったんです。」
「いや…そうだけど、変えて欲しいと言ったのはお前だろ?」
「だってそんなのが入ってるなんて思わないじゃないですか!!」
「いや、形だけだろ?お前のとこにも入ってるじゃないか!ハンバーグ!!こっちよりそっちの方が大きいぞ!」
「でもこっちは、綺麗な丸です!!俺はそっちの形が食べたいんです!!」
「大人気ないぞ…蓮…。」
社は顔を引きつらせて必死で何とか思いとどまらせようとするものの、蓮はしつこく食い下がった。
「まさか、社さん俺の目の前で最上さんのハートを食べるつもりじゃないでしょうね?」
ゴゴゴゴゴ…と突然顔を出し始めた大魔王の気配に、社は気づかないふりして食べとけば良かったー!!と後悔してしまったのだった。
ーーー何が楽しくて、野郎と弁当の中身を交換しないといけないのか…。
社は美味しいはずの弁当の味もわからないほど、ぐったりとしてしまった。
ーーーこいつの独占欲…甘く見てたかも…。
さっさと、残念だったな!ふふーん。なんて言いながら食べてしまえば良かったと思いながら、上機嫌に弁当を食べていく蓮を見つめていた。
ーーーいや、それはそれで恐ろしい。
ぶるりと思わず身震いしてしまった。
ーーーまだ付き合ってないくせにこの独占欲…もしも、付き合うことになったらどうなるのか…。
それにしても…。
社はまたしても小さいお弁当箱に視線を戻す。
サイズ的には恐らく蓮の為に詰めただろうこれ。
ーーーキョーコちゃんも、蓮に好意を寄せてる…ってことか?
ハート型のハンバーグに込められた意味を思って、思案にくれていたので、珍しく蓮の方が先に食事を終えてしまっていた。
「あれ?社さん?まだ食べてないんですか?」
「え…あ、あぁ…。ちょっと考え事してた。」
「早く食べないと時間になっちゃいますよ。俺は少し…消化して来ますね?」
いつもより食べ過ぎたであろう蓮が楽屋を出る。
「ったく。だったら最初からおとなしくこっちを食べてたら良かったのに…。妙に子供っぽいところがあるからなぁ~。」
そう呟きながら、食べ進めて行った社は、途中で目を見開き、ポトリとオカズを一つ取りこぼしてしまった。
煮物に紛れて一つだけ、ハート形の人参が入っていたのだ。
ーーー間違いない!!
社の中で確信が生まれた。
ーーーキョーコちゃんも…蓮のことが…。
驚いていた顔が、じわじわとニマニマ顔に変化する。
社は、一人ぐーふーふー。と不思議な笑い方を始めていた。
ーーこれはきっと時間の問題だな。
ウキウキと弁当を綺麗に食べ終えて仕舞った社は、可愛い弟のような存在と、妹のような存在の二人の初々しい恋を静かに見守ろうと心に決めたのだった。
(続く?)
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この話…どうしても続くにクエスチョンマークをつけたくなってしまうのです!!
本当に続けて良いのか?と、戸惑い中~!!
意地悪でもなんでもなくてですね、ノープランで始まっちゃったからこの話の終わり方がわからないのです~!!
何処まで続けたらいいんでしょう~??
誰かおーしーえーてーくーだーさーい!!