蓮様サイドも用意してみました。
*****
My HOME-17-
それはキョーコのキスより数時間前、蓮は自分の撮影中も、キョーコがどうなったのか気になって仕方がなかった。
チラチラと時間を気にしてしまう。
今頃、例の問題のシーンの撮影をしている頃だろう。
あの状態で挑んでも恐らく相手の俳優にキスさえも出来ないまま何度もリテイクを食らってしまうだろう。もしかしたら、後日改めてということになるかもしれない。
その時はまだ自分にも僅かにチャンスはあるはずだ。
だけどもし、もし…キョーコが本番で奇跡の力を発揮したら?
撮影は自分だけの問題じゃない。人一倍責任感の強いキョーコは、何度も繰り返すリテイクに何とか気合いを入れて必死に役をこなしてしまうかもしれない。
『ええぇ?!もっ!もう一度ですか?!』
蓮の妄想の中のキョーコは真っ赤な顔で監督に訴えていた。
想像上のキョーコの腰を主演俳優はちゃっかりホールドしていても、キョーコはそのことに気付かない。
『わ、わかりました!!申し訳ありません…星巻さん、私が至らないばっかりに…』
背中を滑る手の動きにも気付く素振りを見せず、想像以上のキョーコはシュンと可愛い顔を悲しげな色に染めて星巻に告げた。
『いやいやいいよ。良くあることだし、寧ろ京子ちゃんからのキスをこんなに何度も貰えるなんてラッキーだよ。』
ニコニコと上機嫌の星巻を見てキョーコは男の下心になんて気付かずに心の広い人間だと思うのだろう。
ーーーグシャリ。
蓮は握っていた紙カップを気付けば握りつぶしていた。
「蓮?」
「え…?あ…。」
社の驚いた顔を見て初めて自分の手の中の紙コップに気付く。
運良く飲み干していたのでゴミを捨ててきますね?とニッコリ笑って誤魔化せた。
少しピリピリしていた自覚はある自分自身を落ち着けて言い聞かせる。
まだ練習を出来る可能性だってゼロではない。
大きく深呼吸を一つして、蓮は集中力を高めた。
「れーん!撤収だってさ。今日はもう終わりだそうだ。」
「そうですか…。」
「今日は、何かあるのか?」
夜になって落ち着きなくチラチラとずっと時計を気にしていた蓮に気付いていた社は楽屋へと向かい始めた蓮にそう問いかけた。
「いえ…」
何とか誤魔化そうとしていた蓮の元にメールを告げるバイブが鳴る。
「あ、ちょっと失礼します。」
蓮は何気無く取り出して携帯を確認すると、送信者の名前がわかるやいなや、急いでその場で立ち止まってチェックを始めた。
「ん?なんだ?キョーコちゃんからか?」
「あぁ、はい…。」
社も蓮に合わせて立ち止まり、迷惑にならないよう、廊下の端へと移動する。
みるみるうちに文面を読む蓮の顔色が変わるのを社は驚いて見ていた。
やがて、キョーコからのメールの筈なのに、返信さえ打たずに蓮は携帯を閉じて少々乱暴にポケットに仕舞った。
「…行きましょう。」
蓮はムスッとした顔を隠しもせずに、不機嫌極まりないという顔で楽屋へと向かった。
「れ、蓮?何があったんだ?」
「……。別に何もありませんよ。」
「そ、そうか?!な、ならもう少し安全運転をだな…」
「…文句あるなら道路の真ん中で下ろしますよ?」
「お、おい!蓮っ本当、どうしちゃったんだよ。」
「だから…なんでもないって、言ってるじゃっないっです、かっ!!」
蓮はいつになく乱暴な運転で社は助手席で真っ青になっていた。
別に急いでいるという訳ではないらしい。
でもいつもの穏やかな運転をする蓮の顔が今や凶悪面で、急に曲がったり、ブレーキを踏んだり、周りの車には迷惑をかけない範囲ではあるが、態と気持ちが悪くなるような運転をするのだ。
「ひぃー!!頼むから帰り着くまで事故だけは起こすなよぉ!!」
「ええ、わかってます、よっ!!」
ーーーキキィーー!!!
自分のマンションの前で降ろされた社は、なんとか命があるまま無事に帰りつけたことに、心から神に感謝していた。
本当に何があったんだとしきりに聞いてくる社に何も答えず、蓮は走り去っていた。
蓮はまだ誰もいるはずのない部屋に帰り着いて、機嫌の悪いまま、部屋を横切り、電気も付けずに冷蔵庫の扉を開くとミネラルウォーターを取り出して一気に飲み干した。
冷えた水を飲んだお陰か、若干落ち着きを取り戻した蓮は冷静になろうと大きなため息をつく。
ーーー 一発…OKか…良かったじゃないか。
そう無理やり思おうとしても心の中はドロドロしたものでいっぱいになり、気付けば殻になったミネラルウォーターのペットボトルも無残な形に変わっていた。
頭を振って何とか考えを切り替えようと試みる。
少し乱暴にペットボトルをゴミ箱に放り込む。
それでも気分は晴れない。
ーーーあんなに時間をかけても、俺には一度も、キス…してくれなかったのに…。
今度は悔しさでいっぱいになった。
ーーー俺では役不足…だったと?そんなにキスしたくなかったのか?…あぁ、そうか、俺…嫌われてるんだもんな…。
随分と前のことだが、代マネをしているキョーコへ『君はそんなに俺が嫌いか?』と聞いた時に答えなかった時の固まったキョーコの顔を思い出した。
ーーーあの時とはだいぶ関係も変わってきたと思ってたのに…。
そう思ってたのは自分だけで、キョーコは違ったのだろうか?
一人悶々とただ時間だけが過ぎて行く。
ーーーダメだ。このままじゃ彼女が帰って来た時に怯えさせてしまう。
本来ならここは優しい先輩の顔で一発OKだったことを一緒に喜ぶべきなのだろう。
でもどうしてもそんな気分にはなれないし、なりたくもない。
はぁー。と一つ息を吐いて暫く練習と同じ格好をとりソファに寝そべっていた。
ーーーもう…練習も必要ないのか…。
女々しくも練習に未練がたらたらだ。
一度もキスをしてもらえなかった自分、たった一回でキスしてもらえた主演の男。
面白くなくて、無性に腹が立つ。
しかもその怒りはどこに向ければいいのかわからない。
自分自身の感情がめちゃくちゃで制御出来ない。
髪を掻き上げもう一度、溜息を吐いた時、ガチャリと玄関の開く音が聞こえて、蓮はピクリと反応した。
このままここで寝たふりをしておけば…もしかしたら…なんてちょっと期待をしてしまい取るべき行動を考えていたとき、キョーコは中へ呼び掛けた。
「最上キョーコ!ただいま帰りました!!」
能天気でいかにも浮かれてますと言うキョーコの声が玄関から元気良く響いた。
「………」
蓮は無表情でむくりと起き上がる。
ーーー………。ダメだ…。寝よう…。
蓮はキョーコの声を聞いて、ドッと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
怒りと共に体から力が抜け、連日寝不足の自分を思い出す。
今の浮かれ切ったキョーコの前で優しい先輩で過ごせる自信が欠片もない。
すごすごと寝室を目指し、キョーコを拒絶することを表すように態と大きな音を立てて扉を閉めた。
ーーーもう、暫く…放っといてくれ…。
蓮はふらふらと自分のベッドに近寄ると、背中からばたりと大の字にベッドへ倒れこむと、何も考えたくないとばかりに腕で目を隠してグッと目を閉じた。
ノックの音で蓮は一度目を開いた。
だけど返事をする気分にならず、蓮はキョーコを拒否するように入り口側に背を向けるような形になるように寝返りを打った。
「……。敦賀さん…?」
呼びかけにも答えず、子供かと自分自身に思いながら口を開けば嫌味をタラタラとならべたててしまいそうで、口を噤む。
無視を決め込み、キョーコから少しでも離れるようにベッドの端へズリズリと移動して再び目を閉じた。
するとガチャリと音を立てて扉が開く。
そろりと中を伺う気配があったかと思えば、「敦賀さん…?」と再び呼びかけられる。
恐る恐る近付く気配に思わず眉間にシワが寄り、難しい顔になっていた。
「おかげんでも…?」
キョーコが近づいてきても気付かないふりを決め込む。
「どうされたんですか?」
ーーーいいから、もう放っといてくれ…。
「寝てるんですか?」
ーーーあぁ、寝てる寝てる。寝てるからどっかいってくれ。
「………。あのメール…見て頂けましたか?」
ーーー…今、それを聞くのか?
「一発OKだったんですよ?敦賀さんのお陰なので、一番にお礼…言いたかったんです…。」
ーーーお礼言われるようなことなんて何もないだろう?君の実力だ。俺は用無し…そうだろう?
「ーーーもうっ、敦賀さん!!」
ーーー…頼むから一人にしてくれ。もう俺に構わないでくれ。
「………寝て…ますか?」
ーーーうん。寝てるよ。
「本当に……?」
ーーー本当だから、さっさと出てってくれ。
「……。本当に、寝てるんですか?」
ーーーしつこいな…君も…。
「敦賀さん…。」
ーーーさっさとどっかに…
蓮の思考が一瞬止まったのは、キョーコの手が蓮の頬に滑ったからだ。
思わず反応しそうになったが、あのいつもの練習の時と一緒だと気持ちが冷えて行く。
ーーー残酷だな…君も…。
近付くキョーコの気配。
蓮は段々自分自身が滑稽に思えてきた。
ーーーこんな風に何度期待させられた?その度に裏切られて…。
近付いても、いつもいつも期待だけさせてギリギリのところで止まるのだ。
そろそろキスが来るかと思えば目の前で口を結んで固まっているキョーコ。どんなに繰り返しても結果は同じだった。
どうせキョーコの方からキスなんて出来っこない。
ーーーだからあの時、俺から強引にでもすれば良かったんだ。練習と称して…それにあの時も。ベッドに運ぼうと思ってたなんて逃げずに、そしたら…こんな、風にーーー…柔らかい……?唇…、がっ?!
蓮は驚いて目を見開いた。
間近にある閉じられた綺麗な睫毛。
唇に落ちた今までにない甘い感触と温もり、全身を駆け巡る強烈な歓喜。
余韻を残すようにゆっくりと離れる唇…。
息をすることさえ忘れてしまった時間ーーー。
ゆっくりと目の前のキョーコの瞼が持ち上がり、潤んだ瞳が顔を覗かせ、驚いて目を見開いている蓮を捉えた。
キョーコが目を見開く直前、ほんのりと頬を染めて熱を帯びた恋する乙女の顔をしていた。一瞬だったがそれは蓮の瞳から入り一気に蓮の心を射抜いた。
次の瞬間、自分の顔を鏡に写したようにキョーコの目も驚愕に見開かれ驚いた顔に変わったのだが、その射抜かれた衝撃は簡単には抜けない。
みるみるうちに変化していくキョーコの顔。
暗くてよくわからない筈なのに、真っ赤になっているのがわかった。
次の瞬間、証拠を隠すようにパチンと両手で唇を隠したキョーコを見て、嘘をつけない少女からキスをしました!と明確に告げられた気がした。
期待し過ぎないように自己防衛のため身についてしまった学習能力は、これがなければもしかしたら唇以外のところが当たったのかも?なんて後で曲解してしまっていたかもしれない。
キョーコが走り去ってから自身も唇を守るように片手で覆って、先ほどの出来事を脳内で思わずリピート再生してしまう。
「うそ…だろ?」
ーーー今、ここでこれをするか?!
「参った…」
思わず情けない声が出て、目を大きな片手で覆い隠す。
だけど、徐々に顔が緩んでいくのは止められない。
甘いため息が蓮から漏れる。
身体が感動に震えていた。
「本当に…参った…。」
不意打ちのキョーコのキスは、甘く柔らかく、想像以上の衝撃と幸福感を蓮にもたらした。
衝撃は暫くショック状態から立ち直れないくらいだったし、幸福感は蓮の心を擽るようにその後からジワジワと膨れ上がってくる。
もうこれ以上膨らむはずないだろうと思うのにどんどんと甘い感情に支配されるのだ。
蓮はゴロンとベッドを転がり仰向けになり、暫く放心したようにぼうっとして長い間今日の出来事を振り返っていた。
全てを反芻し終えて、確かめるように己の唇に手を添える。
ーーー確かに、彼女から…キス、された…。
その事実が心を満し、でもそれだけでは足りないと新しい欲が次々と沸き起こった。
練習では固まってしまっていつまでも迎えることが出来なかったキスの瞬間。
もう練習と称することが出来なくなった今、チャンスもないと思っていたはずのキョーコから与えられた不意打ちのキスの瞬間。
蓮はむくりと起き上がった。
「最上さん…。」
ふらりと立ち上がる。
あんな至福の時を知ってしまって、手放せる馬鹿がいるならお目にかかりたい。
漸く見つけたキョーコの気持ち。
足はキョーコを求めて動き始めた。
溢れ出す気持ちと欲求は止まらない。
心拍数に呼応するようにその気持ちも膨れ上がり、足は自然と早く動いた。
「キョーコ…」
今捕まえず、いつ捕まえるというのか…。
ーーー時は、来たのだーーー
蓮はキョーコを探すため、寝室のドアに手をかけた。
(続く)
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*****
“蓮様、地獄の底から天国へ”の巻~!!( *´艸`)
さーってと!!一番書きたいシーンが書けたから、大満足!!
ここから先はノープラン!
大まかな流れだけは決めてるけど、蓮様がどう動くのかはまだ何にも決まってません(笑)
さて蓮様はどう動くつもりなのか~?!風月と共にお楽しみ下さいませ。
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My HOME-17-
それはキョーコのキスより数時間前、蓮は自分の撮影中も、キョーコがどうなったのか気になって仕方がなかった。
チラチラと時間を気にしてしまう。
今頃、例の問題のシーンの撮影をしている頃だろう。
あの状態で挑んでも恐らく相手の俳優にキスさえも出来ないまま何度もリテイクを食らってしまうだろう。もしかしたら、後日改めてということになるかもしれない。
その時はまだ自分にも僅かにチャンスはあるはずだ。
だけどもし、もし…キョーコが本番で奇跡の力を発揮したら?
撮影は自分だけの問題じゃない。人一倍責任感の強いキョーコは、何度も繰り返すリテイクに何とか気合いを入れて必死に役をこなしてしまうかもしれない。
『ええぇ?!もっ!もう一度ですか?!』
蓮の妄想の中のキョーコは真っ赤な顔で監督に訴えていた。
想像上のキョーコの腰を主演俳優はちゃっかりホールドしていても、キョーコはそのことに気付かない。
『わ、わかりました!!申し訳ありません…星巻さん、私が至らないばっかりに…』
背中を滑る手の動きにも気付く素振りを見せず、想像以上のキョーコはシュンと可愛い顔を悲しげな色に染めて星巻に告げた。
『いやいやいいよ。良くあることだし、寧ろ京子ちゃんからのキスをこんなに何度も貰えるなんてラッキーだよ。』
ニコニコと上機嫌の星巻を見てキョーコは男の下心になんて気付かずに心の広い人間だと思うのだろう。
ーーーグシャリ。
蓮は握っていた紙カップを気付けば握りつぶしていた。
「蓮?」
「え…?あ…。」
社の驚いた顔を見て初めて自分の手の中の紙コップに気付く。
運良く飲み干していたのでゴミを捨ててきますね?とニッコリ笑って誤魔化せた。
少しピリピリしていた自覚はある自分自身を落ち着けて言い聞かせる。
まだ練習を出来る可能性だってゼロではない。
大きく深呼吸を一つして、蓮は集中力を高めた。
「れーん!撤収だってさ。今日はもう終わりだそうだ。」
「そうですか…。」
「今日は、何かあるのか?」
夜になって落ち着きなくチラチラとずっと時計を気にしていた蓮に気付いていた社は楽屋へと向かい始めた蓮にそう問いかけた。
「いえ…」
何とか誤魔化そうとしていた蓮の元にメールを告げるバイブが鳴る。
「あ、ちょっと失礼します。」
蓮は何気無く取り出して携帯を確認すると、送信者の名前がわかるやいなや、急いでその場で立ち止まってチェックを始めた。
「ん?なんだ?キョーコちゃんからか?」
「あぁ、はい…。」
社も蓮に合わせて立ち止まり、迷惑にならないよう、廊下の端へと移動する。
みるみるうちに文面を読む蓮の顔色が変わるのを社は驚いて見ていた。
やがて、キョーコからのメールの筈なのに、返信さえ打たずに蓮は携帯を閉じて少々乱暴にポケットに仕舞った。
「…行きましょう。」
蓮はムスッとした顔を隠しもせずに、不機嫌極まりないという顔で楽屋へと向かった。
「れ、蓮?何があったんだ?」
「……。別に何もありませんよ。」
「そ、そうか?!な、ならもう少し安全運転をだな…」
「…文句あるなら道路の真ん中で下ろしますよ?」
「お、おい!蓮っ本当、どうしちゃったんだよ。」
「だから…なんでもないって、言ってるじゃっないっです、かっ!!」
蓮はいつになく乱暴な運転で社は助手席で真っ青になっていた。
別に急いでいるという訳ではないらしい。
でもいつもの穏やかな運転をする蓮の顔が今や凶悪面で、急に曲がったり、ブレーキを踏んだり、周りの車には迷惑をかけない範囲ではあるが、態と気持ちが悪くなるような運転をするのだ。
「ひぃー!!頼むから帰り着くまで事故だけは起こすなよぉ!!」
「ええ、わかってます、よっ!!」
ーーーキキィーー!!!
自分のマンションの前で降ろされた社は、なんとか命があるまま無事に帰りつけたことに、心から神に感謝していた。
本当に何があったんだとしきりに聞いてくる社に何も答えず、蓮は走り去っていた。
蓮はまだ誰もいるはずのない部屋に帰り着いて、機嫌の悪いまま、部屋を横切り、電気も付けずに冷蔵庫の扉を開くとミネラルウォーターを取り出して一気に飲み干した。
冷えた水を飲んだお陰か、若干落ち着きを取り戻した蓮は冷静になろうと大きなため息をつく。
ーーー 一発…OKか…良かったじゃないか。
そう無理やり思おうとしても心の中はドロドロしたものでいっぱいになり、気付けば殻になったミネラルウォーターのペットボトルも無残な形に変わっていた。
頭を振って何とか考えを切り替えようと試みる。
少し乱暴にペットボトルをゴミ箱に放り込む。
それでも気分は晴れない。
ーーーあんなに時間をかけても、俺には一度も、キス…してくれなかったのに…。
今度は悔しさでいっぱいになった。
ーーー俺では役不足…だったと?そんなにキスしたくなかったのか?…あぁ、そうか、俺…嫌われてるんだもんな…。
随分と前のことだが、代マネをしているキョーコへ『君はそんなに俺が嫌いか?』と聞いた時に答えなかった時の固まったキョーコの顔を思い出した。
ーーーあの時とはだいぶ関係も変わってきたと思ってたのに…。
そう思ってたのは自分だけで、キョーコは違ったのだろうか?
一人悶々とただ時間だけが過ぎて行く。
ーーーダメだ。このままじゃ彼女が帰って来た時に怯えさせてしまう。
本来ならここは優しい先輩の顔で一発OKだったことを一緒に喜ぶべきなのだろう。
でもどうしてもそんな気分にはなれないし、なりたくもない。
はぁー。と一つ息を吐いて暫く練習と同じ格好をとりソファに寝そべっていた。
ーーーもう…練習も必要ないのか…。
女々しくも練習に未練がたらたらだ。
一度もキスをしてもらえなかった自分、たった一回でキスしてもらえた主演の男。
面白くなくて、無性に腹が立つ。
しかもその怒りはどこに向ければいいのかわからない。
自分自身の感情がめちゃくちゃで制御出来ない。
髪を掻き上げもう一度、溜息を吐いた時、ガチャリと玄関の開く音が聞こえて、蓮はピクリと反応した。
このままここで寝たふりをしておけば…もしかしたら…なんてちょっと期待をしてしまい取るべき行動を考えていたとき、キョーコは中へ呼び掛けた。
「最上キョーコ!ただいま帰りました!!」
能天気でいかにも浮かれてますと言うキョーコの声が玄関から元気良く響いた。
「………」
蓮は無表情でむくりと起き上がる。
ーーー………。ダメだ…。寝よう…。
蓮はキョーコの声を聞いて、ドッと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
怒りと共に体から力が抜け、連日寝不足の自分を思い出す。
今の浮かれ切ったキョーコの前で優しい先輩で過ごせる自信が欠片もない。
すごすごと寝室を目指し、キョーコを拒絶することを表すように態と大きな音を立てて扉を閉めた。
ーーーもう、暫く…放っといてくれ…。
蓮はふらふらと自分のベッドに近寄ると、背中からばたりと大の字にベッドへ倒れこむと、何も考えたくないとばかりに腕で目を隠してグッと目を閉じた。
ノックの音で蓮は一度目を開いた。
だけど返事をする気分にならず、蓮はキョーコを拒否するように入り口側に背を向けるような形になるように寝返りを打った。
「……。敦賀さん…?」
呼びかけにも答えず、子供かと自分自身に思いながら口を開けば嫌味をタラタラとならべたててしまいそうで、口を噤む。
無視を決め込み、キョーコから少しでも離れるようにベッドの端へズリズリと移動して再び目を閉じた。
するとガチャリと音を立てて扉が開く。
そろりと中を伺う気配があったかと思えば、「敦賀さん…?」と再び呼びかけられる。
恐る恐る近付く気配に思わず眉間にシワが寄り、難しい顔になっていた。
「おかげんでも…?」
キョーコが近づいてきても気付かないふりを決め込む。
「どうされたんですか?」
ーーーいいから、もう放っといてくれ…。
「寝てるんですか?」
ーーーあぁ、寝てる寝てる。寝てるからどっかいってくれ。
「………。あのメール…見て頂けましたか?」
ーーー…今、それを聞くのか?
「一発OKだったんですよ?敦賀さんのお陰なので、一番にお礼…言いたかったんです…。」
ーーーお礼言われるようなことなんて何もないだろう?君の実力だ。俺は用無し…そうだろう?
「ーーーもうっ、敦賀さん!!」
ーーー…頼むから一人にしてくれ。もう俺に構わないでくれ。
「………寝て…ますか?」
ーーーうん。寝てるよ。
「本当に……?」
ーーー本当だから、さっさと出てってくれ。
「……。本当に、寝てるんですか?」
ーーーしつこいな…君も…。
「敦賀さん…。」
ーーーさっさとどっかに…
蓮の思考が一瞬止まったのは、キョーコの手が蓮の頬に滑ったからだ。
思わず反応しそうになったが、あのいつもの練習の時と一緒だと気持ちが冷えて行く。
ーーー残酷だな…君も…。
近付くキョーコの気配。
蓮は段々自分自身が滑稽に思えてきた。
ーーーこんな風に何度期待させられた?その度に裏切られて…。
近付いても、いつもいつも期待だけさせてギリギリのところで止まるのだ。
そろそろキスが来るかと思えば目の前で口を結んで固まっているキョーコ。どんなに繰り返しても結果は同じだった。
どうせキョーコの方からキスなんて出来っこない。
ーーーだからあの時、俺から強引にでもすれば良かったんだ。練習と称して…それにあの時も。ベッドに運ぼうと思ってたなんて逃げずに、そしたら…こんな、風にーーー…柔らかい……?唇…、がっ?!
蓮は驚いて目を見開いた。
間近にある閉じられた綺麗な睫毛。
唇に落ちた今までにない甘い感触と温もり、全身を駆け巡る強烈な歓喜。
余韻を残すようにゆっくりと離れる唇…。
息をすることさえ忘れてしまった時間ーーー。
ゆっくりと目の前のキョーコの瞼が持ち上がり、潤んだ瞳が顔を覗かせ、驚いて目を見開いている蓮を捉えた。
キョーコが目を見開く直前、ほんのりと頬を染めて熱を帯びた恋する乙女の顔をしていた。一瞬だったがそれは蓮の瞳から入り一気に蓮の心を射抜いた。
次の瞬間、自分の顔を鏡に写したようにキョーコの目も驚愕に見開かれ驚いた顔に変わったのだが、その射抜かれた衝撃は簡単には抜けない。
みるみるうちに変化していくキョーコの顔。
暗くてよくわからない筈なのに、真っ赤になっているのがわかった。
次の瞬間、証拠を隠すようにパチンと両手で唇を隠したキョーコを見て、嘘をつけない少女からキスをしました!と明確に告げられた気がした。
期待し過ぎないように自己防衛のため身についてしまった学習能力は、これがなければもしかしたら唇以外のところが当たったのかも?なんて後で曲解してしまっていたかもしれない。
キョーコが走り去ってから自身も唇を守るように片手で覆って、先ほどの出来事を脳内で思わずリピート再生してしまう。
「うそ…だろ?」
ーーー今、ここでこれをするか?!
「参った…」
思わず情けない声が出て、目を大きな片手で覆い隠す。
だけど、徐々に顔が緩んでいくのは止められない。
甘いため息が蓮から漏れる。
身体が感動に震えていた。
「本当に…参った…。」
不意打ちのキョーコのキスは、甘く柔らかく、想像以上の衝撃と幸福感を蓮にもたらした。
衝撃は暫くショック状態から立ち直れないくらいだったし、幸福感は蓮の心を擽るようにその後からジワジワと膨れ上がってくる。
もうこれ以上膨らむはずないだろうと思うのにどんどんと甘い感情に支配されるのだ。
蓮はゴロンとベッドを転がり仰向けになり、暫く放心したようにぼうっとして長い間今日の出来事を振り返っていた。
全てを反芻し終えて、確かめるように己の唇に手を添える。
ーーー確かに、彼女から…キス、された…。
その事実が心を満し、でもそれだけでは足りないと新しい欲が次々と沸き起こった。
練習では固まってしまっていつまでも迎えることが出来なかったキスの瞬間。
もう練習と称することが出来なくなった今、チャンスもないと思っていたはずのキョーコから与えられた不意打ちのキスの瞬間。
蓮はむくりと起き上がった。
「最上さん…。」
ふらりと立ち上がる。
あんな至福の時を知ってしまって、手放せる馬鹿がいるならお目にかかりたい。
漸く見つけたキョーコの気持ち。
足はキョーコを求めて動き始めた。
溢れ出す気持ちと欲求は止まらない。
心拍数に呼応するようにその気持ちも膨れ上がり、足は自然と早く動いた。
「キョーコ…」
今捕まえず、いつ捕まえるというのか…。
ーーー時は、来たのだーーー
蓮はキョーコを探すため、寝室のドアに手をかけた。
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さーってと!!一番書きたいシーンが書けたから、大満足!!
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さて蓮様はどう動くつもりなのか~?!風月と共にお楽しみ下さいませ。