診療に数秘を取り入れているのですが、それは自分らしくないのが病気の本当の原因であり、自分でもよく分かっていない自分らしさを知るために数秘がとても役に立つから、です。
西暦の誕生日を一桁になるまで足したものがその人の数秘であり、何故そうなるのかは完全なブラックボックスですが、ちゃんと当てはまり役に立っているので、そこは見ないふりしてます。^^
数秘は大まかに1から9までの9タイプに分かれますが(ゾロ目入れると13種類)、それぞれの数字に得意(凸:ボコ)と不得意(凹:デコ)があり、全員でデコとボコがはまりこんで一枚のパズルが完成する様に、社会は出来ているんだなと感じます。
例えば、何でも自分で決め率先してやりたいが細やかな気遣いが苦手な「1」と、自分で決めるのは苦手だけれど方向性が決まればそれに向けて細やかな気遣いでサポートできる「2」とか、整理整頓などちゃんとする事が苦手だけれど何でも楽しめてみんなを和ませられる「3」と、理路整然とちゃんとするのが得意だけれど四角四面になりやすい「4」とかです。
今の教育は、その不得意(凹:ボコ)は埋めて、得意(凸:デコ)は削って、凸凹のない真四角なニンゲンを作ろうとしている様に見えます。
算数も国語も理科も社会も、全部に興味のある人などいるはずもないのに、その全てに興味を持ち全部の授業をちゃんと聞くように決められていたり、走ることが苦痛な子もいるのに走らされたり、水が怖い子もいるのに無理やり泳がされたり。
不得意を克服することで喜びを得られるという考え方もありますが、不得意をやっても成果も上がらず、しかも出来ない自分をどんどん嫌いになっていくことの方がはるかに多いと感じます。
不得意なことは「私できませ〜ん!」と言って手放すと「僕やりま〜す!」と言う人が現れるので、凸と凹が丁度はまり込み、素敵なパズルが出来上がっていくはずです。
だから、不得意は不得意のままにして得意をどんどんやっていけばよくて、それが自分のためにもなり社会全体のためにもなると思うのです。
僕にももちろん得意と不得意があります。
迷子になっているお父さんお母さんに「こっちに出口ありますよ〜」と伝えたり、自分で自分の足を引っ張っている方に「こうすると緩むかもね〜」と助言したり、踏み出そうかどうしようかためらっている人の背中をちょんと押してみたり、というのが得意です。
でも、「7」なので人と接するのが苦手です(詳細は割愛します ^^;)。
だからお話会などはできるのですが、そのための告知・集客・会計・集計その他諸々が、超苦手なのでできません。
(以前は「9」を無理やり発動させてやっていましたがもうムリです・・・詳細割愛)
お話会や講座などを主催したいという方がいれば、申し出て頂けるととてもありがたいです。
一人で遠出するのはとても好きなので、日本各地に喜んで参ります。^^
今日の自宅からの空の風景