いつも年賀状をくれる人

 

 

 

 

 

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アッシは今は大学の職員をやってますが、元々専門学校で職員兼教員をやってたんすわ…


大学と専門学校との決定的な違いの一つでもあるんやけど、専門学校っていわゆる補助金みたいな国からの支援って殆ど期待できない点で…


というコトは、少人数の職員で如何にして利益を高めるコトが出来るのかを追求しなければならない…という観点からすると、非常にシビアな側面があるワケね…


だから、職員として入社しても、時には教壇に立ったりする場面もあったりしたワケで…


まあ、全ての専門学校がそうなのかは分からんけど、アッシのいたトコロはそんな感じだったワケさ…


アッシ、小学校教員になろうと思って大学に入ったので、一応教員免許も持っているんだけど、結果的に小学校教員にならなかった(なれなかった)理由は、ズバリ「教員採用試験に落ちたから」ですが、他にも「自分の資質に疑問があった(実は、そんなに子どもが好きではない)」「どちらかと言うと変化を好む(毎日授業に臨むというルーティンに余り魅力を感じなかった)」等々、潜在的に向いていなかったってのも大きいんじゃないかと思うワケで…


勿論、日々の学校生活の中で子ども達の成長に直面できるというのが教員の醍醐味だろうし、それに従事している人達を尊敬しているんすよ…


教員という仕事に魅力も感じているんすが、それは毎日でなくても良い、常にでなくても良いというのがアッシの価値観なワケです…


なので、専門学校みたいなトコロで時々「先生」と呼ばれる位が丁度良かったワケですね…




因みに、専門学校ってのは一般的に在学期間が2年だけど、対象は高校を卒業した学生ばかりではないんですよ…


多くの専門学校では労働局から委託を受けて「職業訓練」というのをやっとるんですね…


そうすると、対象は「社会人経験のある求職者」になるワケね…


これはこれで、楽しく、厳しい面があるワケで…


先生と呼ばれるからには、社会人経験者の人々に納得してもらえるだけの知識や技能を持ち合わせとかんといかんし、資格や検定に合格させて、尚且つ3ヶ月後には再就職してもらわんといかんし…


しかし、各々が各々の職場で頑張ってきた人達やから…


業種も職種も千差万別で、そうすると当たり前のコトやけど、ある面では「先生」より秀でている側面をそれぞれが持っているというコトになってね…


特に、職業訓練の担当教員に初めて従事した頃を思い起こすと辛かった…


20代の若造が40代、50代の人生の先輩を前に「先生」をやらんといかんワケでね…


よく摩擦を生じよったすわ…(-_-;)


当時はパソコンが一人1台という時代ではなく「Word・Excel出来るの?スゲェ!!」という感じで…


アッシ自身がそんな風に圧倒的にスキルが不足していたので、次の日の授業をするのに授業の時間の何倍も予習したりしてね…


それでも失敗するし、リカバーも出来ずにグダグダな授業はしょっちゅうでした…


しかし、実はそんなテクニカルなトコロが上手くいかないから尊敬されないのではない…というコトに気付くのに2年位掛かったかな…


要は、各々の優れている点に目を向けず、認めるコトが出来なかったから摩擦が生じるのであって…


各々の“誇り”に目を向け、敵わない部分があるコトを受け入れられるようになってからは訓練の運営が軌道に乗りやすくなりましたよ…




人生の中の高々3ヶ月…


しかし、その3ヶ月を「人生の中で一番頑張った3ヶ月だった」と、修了の日に涙を流していた元訓練生から未だに年賀状が届きます…


「先生、職場が大学に変わったんですね。頑張ってください。私はとうとうお婆ちゃんになりました(笑)」


ご家族の中で幸せそうに微笑む元訓練生の写真が年始にね…




アッシの資質で考えると、3ヶ月程度の短いお付き合い位が、集中力を維持できる丁度良い期間だったんだな…と思いますが、しかし…


今もこうしてお便りを頂けるのはホントに有り難いコトなワケです…✨




そんな元訓練生にアッシからもエールを…

ヴァン・ヘイレンの「JUMP」です…✨

ギターリストのエディ・ヴァン・ヘイレンは2020年に亡くなりましたが、ロック史に燦然と輝くこの名曲は、いつまでも人々に愛され続けていくのでしょう…

元訓練生にいつまでも飛躍し続けてほしいという願いを込めてね…✨