※これはフィクションです。
ここに一人の男がいる。
職場は、大都市近郊のベッドタウンにあり、地元密着の仕事を行っていて、役職は課長だそうだ。
この課長、少し前までは大きなプロジェクトのリーダーを任せられていたということであるが、今はそうたいして忙しくない部署で、いろいろな調整ごとを行っている。
コロナウイルス感染症が広がる前、昨年の今頃までは、週2回程、時には部下を連れ、多くは一人で、常連の店に飲みに行くのが趣味だったようだが、最初の緊急事態宣言の頃から行かなくなってしまったらしい。
その課長、夏ごろから、だいたい月に1回、水曜日に休暇を取るようになった。
休暇をとる前の1週間はなぜかピリピリしている。
夏から秋にかけては、就業前、昼休み、終業後に自分のタブレットを開いては、舌打ちしたり、落胆したりしていた。
睡眠不足なのか眠そうに見える時もあった。
秋以降は、そういうことは無くなってきたが、それでも休み前の1週間は、何かと戦っているような緊張感がある。
いつもは例え休み時間であっても仕事の相談に乗ってくれるのに、昼休みに仕事の相談をしようとしたら、「スマン、今は手が離せない、少し待ってくれ」とタブレットを操作しながら言われた部下もいる。
その代わり、休み明けの木曜日の課長は、大抵機嫌がいい。
何かを成し遂げたような感じで、晴れやかな顔で出勤してくる。
しかしその日は違った。
休み明けの木曜日なのに、ひどく落ち込んだ顔で出勤してきた。
部下が、少し心配し、それでもあまり立ち入ったことに触れるのも良くないと思ったのか、まずは当たり障りがないと思われる会話で様子を探った。
「昨日は恒例の月イチ休みでしたね、次の休みはいつですか」
いつも課長は、水曜日に休みを取った後、次に休む予定の水曜日をすぐスケジュールに入れるので、今回もそうすると思ったからだ。
「あぁ、次か」
課長の顔が曇った。
もしかしてこれが地雷だったか?部下はヒヤリとした。
「もう水曜日は休まなくてもいいかなぁ」
ため息交じりにそう言う課長に、引き気味の部下は、この場から早く逃れようと、少々強引だが、最近定番の締め言葉で終わらせようとした。
「そうですかぁ、なんか寂しそうですね。まぁ、コロナが収束したら、またパーッと飲みにつれていってくださいね」
課長は寂しげな表情のまま笑顔を浮かべ言った。
「そうだな、また、飲みに行けるな」