$リサールの山小屋から

混迷のフィリピン:台風被害で期待高まる海外送金
“ジャパゆきさん“から専門人材まで、出稼ぎ労働者があぶりだすフィリピンの課題

2013.12.10(火) 巣内 尚子

フィリピン中部を11月初旬に襲った台風30号(ハイエン、フィリピン名ヨランダ)は、未曾有の被害をもたらした。台風によって多数の人命が奪われたほか、インフラが破壊されるなど、被災地の復興には時間がかかるとみられる。さらに、フィリピン経済全体への影響も懸念されている。

 そんな中、注目されてきているのが、海外で働くフィリピン人出稼ぎ労働者による祖国への送金だ。

 出稼ぎ大国のフィリピンでは毎年、海外からの送金額が国内総生産(GDP)の1割程度に上る。そのため、台風被害からの復興に当たっても、海外のフィリピン人出稼ぎ労働者による送金の存在感が大きいとみられているのだ。

 フィリピンの台風被害と、送金の動きを追ってみたい。

想像を絶する被害の大きさ

 台風によって破壊され、水浸しになった集落。そして、倒壊した住宅と行き場を失くした人々――。インターネットで検索すると、今回の台風30号によって甚大な被害を受けたフィリピン中部の画像が多数ヒットする。

 こうした画像にアクセスすることは、さほど難しくはない。検索すればすぐになにがしかの画像がヒットするし、メディアの報道でも多数の映像や写真が使われている。

 ただし、その画像が映し出す状況を受け入れるのは、生易しいものではない。被災地のあまりに深刻な事態をすぐに理解することは難しく、その状況を見て呆然としてしまう。新聞、テレビ、ネットなどの報道を通じてフィリピンの被災地の映像や写真に触れ、胸を痛めている読者も少なくないだろう。

 台風30号は、フィリピン中部のレイテ島やサマール島などを直撃し、多大な被害を出した。犠牲者数はまだ正確には分かっていないが、相当数の人が亡くなったり被災したとみられている。

 また、被災地では、食料、水、医薬品などの物資が不足し、多くの人が飢えや病気といった2次被害に遭っているとも伝えられている。さらには、物資の略奪行為が発生するなど、治安の悪化も指摘されるなど、被災地の置かれた状況はあまりにも過酷だ。

 そんな中、米国や日本など各国や国際機関、NGOなどが現地で、支援活動に当たっている。日本からは自衛隊が大々的に派遣されているだけではなく、個人や企業が義捐金を送るといった動きも出ている。

 ただし、このような国際社会の協力があっても、台風被害の大きさから、復旧には相当の時間がかかりそうだ。

フィリピン政府がGDP伸び率予測を下方修正

 今回の台風は、被災地の住民生活だけではなく、フィリピン経済全体にも大きな痛手となるとみられている。そんな中、フィリピン政府は経済見通しを見直した。

 フィリピン国家経済開発庁(NEDA)は11月15日に発表した声明で、同国の2013年第4四半期(10~12月期)のGDP伸び率が4.1%に減速するとの見通しを示した。上半期のGDP伸び率は前年同期比7.6%の高い伸びを確保したものの、台風を受けて第4四半期は大きく低迷するとの見方だ。

また、フィリピン政府はこれまで、2013年通年のGDP伸び率目標として前年比7.3%という高い値を打ち出していたが、NEDAは今回、通年の伸び率が6.5~7.0%に減速すると予測した。その上、台風被害の経済への影響は14年まで続くとみているという。

 フィリピン経済はこの台風まで、好調な成長を続けてきた。過去には、低成長に悩み「アジアの病人」とまで言われたフィリピンだが、12年にはGDPが前年から6.6%拡大。13年に入ってからも、欧米の経済低迷や中国経済の失速により、アジア各国の経済が鈍化する中、フィリピン経済は堅調な伸びを確保してきたのだ。

 しかし、今回の台風では多くの人命が犠牲になったのに加え、各種インフラが破壊されるなど、フィリピン中部の経済は大きな打撃を受けている。台風による影響がマニラ首都圏をはじめとするほかの地域に波及するのを、どこまで食い止めることができるのか。フィリピン経済は大きな課題に直面している。

金融機関がフィリピンへの送金手数料を無料に

 そんな中、フィリピン人海外出稼ぎ労働者による母国への送金が注目されてきている。

 例えば、カナダ紙トロント・スター電子版が11月18日に報じたところによると、カナダではエコノミストの間から、国内の金融機関に対し、フィリピン向け送金の手数料の徴収を一時的に停止するよう呼びかける声が出ている。

 カナダからフィリピンへは毎年、金融機関を通じて20億米ドル(2000億円強)規模の送金が実施されている。この際、カナダの金融機関は送金手数料を徴収しており、この総額は1カ月当たり580万米ドル(約6億円)に上ると推計されているという。

 そのため、エコノミストらは、この手数料の負担を軽くすることにより、フィリピンへの送金を容易にし、結果的に被災地に資金が流れるのを促すべきだと主張している。

 「シェアホルダー・アソシエーション・フォー・リサーチ&エデュケーション(SHARE)」のエコノミスト、シャノン・ロハン氏は、「被災により金銭を最も必要としている人々の手にお金を手渡すには、送金が最も早い方法で、従来方式の外国の援助よりはるかに迅速に実施できる」と指摘。

 さらに、「カナダの銀行はハイチ地震を受け、同国への送金手数料の徴収を取りやめた例がある」と説明したという。

 このような声が上がる中、すでにいくつかのカナダの銀行はフィリピンへの送金手数料の徴収停止へと踏み出しているようだ。

 米国でも同様の動きがある。

 米国の金融サービス会社ウェルズ・ファーゴは11月26日に声明を出し、12月14日までフィリピンへの送金手数料を徴収しないと発表した。これにより、フィリピンへの送金を容易にし、台風被害に遭ったフィリピンの人々を支援することが狙いだとしている。

ジャパゆきさんや医師・看護師など多様な「出稼ぎ」職種

 海外からの送金が注目されるのは、フィリピンが世界に名だたる出稼ぎ大国だからだ。

 フィリピンからは欧米、アジア、中東諸国をはじめ世界中に多数の人が出稼ぎに出ている。

 日本では、「ジャパゆきさん」と呼ばれるフィリピン人女性が知られてきた。興行ビザで来日した彼女らはエンターテイナーと呼ばれ、各地でホステスとして働いている。

 一方、出稼ぎというと、こうした日本でのエンターテイナーのようなサービス産業の労働者や、「厳しくつらい業務に当たる3K労働者」がイメージしやすいかもしれないが、フィリピンからの出稼ぎ者の職種の幅は広い。

 フィリピン人出稼ぎ者が就く職種は、家事労働者や建設労働者といった単純労働者だけではなく、看護師・医師、エンジニア、金融・会計専門家といった専門職まで多岐にわたっている。

 専門知識や技術を持つ上、英語力が高く、海外でも多様な背景を持つ人々と仕事ができるいわゆる「高度人材」が、フィリピンから各国に出稼ぎに行っているということだ。

 フィリピンには、出稼ぎ者を指す「フィリピン人海外出稼ぎ労働者(Overseas Filipino Workers=OWF)」という言葉がある。この言葉は頻繁に新聞などのメディアに登場するなど、出稼ぎ者はごく当たり前の存在となっている。

 そして、外国に出稼ぎに出たフィリピン人は、懸命に働きながら、給料をこつこつ貯めては、祖国の家族や親族に送金をする。この送金がフィリピンの消費部門などに回り、同国経済を下支えしている格好だ。このため、OFWによる送金はフィリピン経済の指標の1つとしても捉えることができる。

 海外出稼ぎ者からフィリピンへの送金額は2011年には201億米ドル(2兆円強)に、12年には約214億米ドル(約2兆2000億円)に上った(フィリピン中央銀行の統計より)。送金は毎年増加しているとともに、常に同国のGDPの1割程度を占めている。

 「出稼ぎ大国」、そして「送金大国」であるフィリピンで、今回のような大災害時に海外出稼ぎ者による送金が注目されるのは、確かに必然性があるだろう。

国策、家族、貧困、格差・・・。なぜ出稼ぎするのか

 では、そもそもフィリピンから海外への出稼ぎが大々的に行われるのは、なぜなのだろうか。まず考えられる理由は、フィリピン政府が政策として出稼ぎを奨励していることだ。

 フィリピンは、マルコス政権時代の1974年に新労働法を制定して以降、海外に出稼ぎ者を積極的に送り出す政策を推し進めてきた。この流れの中で、労働雇用省(DOLE)傘下に海外出稼ぎ労働者を管轄する海外雇用庁(POEA)などが設置され、海外出稼ぎ労働者の管理・保護が行われている。

 さらに見逃せないのが、国内に今も残る貧困や失業、格差といった構造的な課題の数々だ。

 フィリピンは民主主義を掲げ、メディアの力も強いが、その一方で、階層社会だとも言われている。スペイン植民地時代からの大地主による支配は、米国植民地時代にも引き継がれ、現在まで温存されているという。今も各地の大地主が政治や経済といった主要部門で、大きな力を握っているとされる。

 スラムなどのイメージからフィリピンを“貧しい国”として捉える人もいるだろう。ただし、それはフィリピンの一面に過ぎないのではないだろうか。

 フィリピンの政治家や行政官僚、企業関係者などと実際に対面すると、その多くが富裕層出身で、留学経験があったりする。

 彼ら、彼女らは、仕立てのよいスーツに身を包み、流暢な英語をあやつる。そのスマートな物腰からは洗練された雰囲気が伝わってくる。

 マニラ首都圏にあるビジネスの中心地マカティ市には、高級ブランドの店舗が入った商業施設が設置されているほか、5つ星ホテルが立地し、その中には高級レストランもある。その上、マカティ市にはポロを楽しめる会員制のポロクラブも存在し、富裕層を集めている。

 一方、大多数の庶民は、階層社会の中でなかなか上に上がることができない。その半面、富裕層は子弟を留学させるなど教育に潤沢な資金をつぎ込んだり、自分の事業を拡大させていったりと、格差はそのまま維持されてしまう状況だ。

 フィリピンは多数の製造業も立地するほか、もともと資源にも恵まれた国だ。ITやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)といった新しい産業も登場しており、こうした新分野はフィリピンの成長エンジンとして注目されている。

 だが、それでも社会政策の不十分さや階層社会ということから、貧困層の生活はなかなか底上げされてこない。同時に、増加している中間層についても、生活を維持したり、子どもに望むような教育を受けさせるには、今よりももっと稼がなければいけないというプレッシャーも大きい。

出稼ぎは学歴や能力を生かす道

 こうした環境では、庶民は学歴を得たとしても自分の能力を思うように発揮したり、満足できる給与を得たりすることが難しい。

 フィリピンは学歴社会とも指摘され、教育に力を入れる人も少なくないが、階層社会の中では、せっかくの学歴も思うように生かせず、なかなか納得のいく収入を確保することができないようだ。

 そんな中で、海外が大きな可能性を持つ就労先として浮上してくるのではないだろうか。国内で果たせないことを海外での就労により果たすのだ。

 出稼ぎをするには、語学力や技能・知識が必要になる。フィリピンには、出稼ぎできるだけの語学力やスキルを持つ人が少なくないことも、フィリピンを出稼ぎ大国たらしめている一因ではないだろうか。

 そこに、英語力や教育レベルの高さといったフィリピン人の強みと、親子や兄弟姉妹だけではなく姪甥なども含む家族を大事にするというフィリピンの文化が絡み合う。

 フィリピンの人々は家族を大事にし、家族のために働くことや稼ぎの多い人が家族・親族を支えたり、家族と助け合ったりすることを当然のこととしている。

 あるフィリピン人が出稼ぎし、祖国に送金したとすると、そのお金は親や子供の生活費になっているかもしれないし、場合によっては姪や甥の進学資金になっているかもしれない。1人の出稼ぎ労働者の送金が、何人もの暮らしを支えているのだ。

送金が政策の不備を補う?

 そもそも、ある国の貧困を削減するには、国内の産業を成長させて経済力を高めるとともに、きめ細かな社会政策を実施することが必要だろう。

 だが、フィリピンは、雇用を海外に求めることを通じて、国内の失業率を押し下げるとともに、海外出稼ぎ者からの送金が消費部門などに回って経済・社会を支えるシステムを構築してきたと、考えることができるだろう。

 今回の台風という大きな災害において、個人による海外送金が注目されるフィリピンのありようは、この国が一人ひとりの地道な出稼ぎによって大きく支えられ、それが政策の不備を補ってきたということを表しているとも言える。

 もちろん海外からの送金は、個人による自助・共助の一例だと評価できるし、大きな被害を受けた被災地ではどんな形であれ緊急の支援を必要としている。ただ、海外からの送金はあくまで個人が個人の意思により行うものであり、送金先は家族や親族など一部に限定されるのではないだろうか。

 そもそも出稼ぎに行けない人はどうなるのか。前述したように、出稼ぎするには語学力やスキル・技能が必要だ。同時に、出稼ぎ先を紹介する仲介業者に支払う手数料なども必要になる。それが工面できない人はどうすればいいのか。

 これほどの大災害時には、何よりも政府の役割への期待が大きいはずだろう。そして、以前から台風をはじめとする災害の多いフィリピンで、災害対策がどうなっていたのかが問われる。

 台風被害と、海外送金をめぐる事情は、複雑に絡み合うフィリピンの課題を浮かび上がらせている。


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