光と闇 天降る星が奏でる物語 邂逅編 1 | 光と闇 天降る星が奏でる物語

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光と闇 天降る星が奏でる物語。



● 光と闇 天降る星が奏でる物語 邂逅編 1

現世と似て、非なる世界に紡がれし物語。

事の始まりは西暦1848年(嘉永元年)

二人の若者が、再び邂逅する事により動き出す。

大和白露(やまと はくろ)は、外神田にある実家への訪問を終え、南千住にある道場への帰路についていた。

総髪を肩まで垂らし、色白で細身、端整な面持ちが印象的な若者である。

朱色を帯びた白地の羽織に淡緑の着流し、腰には三振りの太刀を提げている。

悠然と歩を進める華麗な姿が、道往く人々の目を奪ってゆく。

夕日の薄朱に染まる姿は、さながら石楠花(シャクナゲ)を想い起こさせる。

男性でありながら、どこか女性を匂わせる、美しさを醸しだしている。

この男、白露は旗本・大和家の次男である。

十歳の頃より、南千住にある剣術道場・光波旭天流に、故あって預けられていた。

この道場は剣術だけでなく、神佛の流れにも造詣が深い。

読み書きや、それ等の知識・技術をも、広く近隣の子弟に教えることも生業としていた。

白露は、若いながらも免許皆伝を許され、この道場の師範代としての日々を送っている。

下谷広小路を抜けて、上野不忍池仁王門前町辺りに差し掛かったころ。

白露を背後から呼び止める声がした。

清しい春の風が心地よく流れ、桜の花の香が僅かに鼻孔をくすぐる。

そんな暮れ六ツ時(日の入り頃)であった。

「おや・・・白露・・・か? 君は大和白露ではないかね?

いや懐かしいな、まさかこの様な場で出逢おうとは。」

白露は自分を誰何(すいか)した声色に、聞き覚えはなかった。

訝(いぶか)しげに振り向いた白露に対し、その男は満面の笑みを浮かべていた。

一見すると、白露と同じ二十歳前後の若さに見える。

しかし、その落ち着きからか、一回り以上の齢を重ねた印象を与えている。

蝦(えび)色の着流しに濡羽色の十徳という風体が、俗世とは少し異なる薫りを漂わす。

その眼光は涼やかでありながら鋭い力を湛え、白露を見つめていた。

一方の白露も、その声に聞き覚えはなかったが、どこか懐かしい響きを感じていた。

記憶の糸が、白露の脳裡を駆け抜けてゆく。

それに呼応するかの如く、腰に提げた三振りの太刀の一つが、微かに揺れた。

白露も光流も気付かぬ程の、微かな揺れである。

「ふうむ・・・。分からぬのも無理からぬことだな。

最後に別れてから、もう十年になるからな。」

十年・・・。

その言葉から、白露の脳裡にある一つの出来事が、虚ろながらも甦ってきた。

十年前、当時十歳だった私は、ある日母上から、こう聞かされたことがある。

「白露、落ち着いて聞きなさい・・・・・・。

貴方の御学友の光流さん、八州光流(やしま こうりゅう)さんが、"神隠し" にあわれたそうよ。

上野の不忍池辺りで、突然いなくなられたそうなの・・・・・・。

白露も気をつけなさいね。」

そう母上に告げられ、幼かった私にも、急に友がいなくなった悲しみからか、その夜から幾日かを病床に臥していた記憶がある。

しかし記憶は断片的であり、白い闇が今も覆ったままである。

その光流が今、目の前にたたずんでいるのである。

「光流・・・・・・ですか?

"神隠し" にあったと聞いていましたが、御無事でありましたか。

息災そうでなによりです。」

春風駘蕩(たいとう)を地で、表わすかのように白露は応えた。

少し呆れ顔で、ため息混じりに光流はこう続けた。

「おいおい、相変わらず昔と変わらんな、おぬしは・・・。

行方知れずになった昔の友が、こうして元気に姿を現したというに、さほど驚きもせんとはな。」

と天を仰いで嘆く光流に、白露は真面目に返す。

「驚いてはいますが、在り得ないことではありません。

この世界に偶然は無く、必然の下に、こうして相見えているのですから。」

そう微笑み返す白露に対し、やれやれと肩をすくめる光流。

さらに白露はこう問いかけた。

「それより、今まで何処で何をしていたのですか?」

その問いに光流は眼を閉じ、少し思案して後に、こう語りだした。

「うむ、そのことなんだが、話せば長くなる。

日も陰り、辺りも暗くなってきた。

また明日にでも会おうではないか? 住まいは今も外神田かね?」

「いえ、今は南千住の道場に住み暮らしています。

差し支えなければ、私から光流のところに出向きましょうか?」

「おぉ、それは助かる。今は八丁堀の長屋で、医者の真似事をしておる。

私の名を出せば、直ぐに教えてくれる筈だ。何時でも構わんよ。」

「心得ました。では明朝、伺うことと致しましょう。」

「相変わらず、えらく丁寧な言い回しの奴だな、おぬしは。」

そう言うと、光流は笑って手を振り、八丁堀の方へと歩いていった。

日暮れに近く、少し肌寒くなってきた頃。

二人の若者は、宿命という強力な磁場に引き寄せられるかの様に。

運命の場所、上野の不忍池で、再び邂逅を遂げた。