3月下旬から、全く書けてなくて、とりあえず書けてるところまでアップする。










それから少ししてヨタの様子がおかしくなった。






ヨタの定位置だったソファーで横になってたヨタが口を開けて呼吸をし出した。



ヨタが口呼吸してるよ!!と母親を呼んだ。



ヨタは口を開いて呼吸をしててそこから少し舌先が覗いてた。






これって苦しいからだよね!?


どうしよう、ヨタ苦しいのかな!?


って聞きながら私はパニクってた。








猫が口呼吸をする時はとても苦しい状態の時だという事を、私はヨタの死後に調べて知ってとてもツラかったんだけど。



この時の私はそれを知らなかった。



ヨタがどれだけ苦しんだのか想像すると今でも本当にツライ。







私はただただ、ヨタ苦しいの?って何度もヨタに聞いて、体を撫でる事しか出来なかった。





ヨタのお腹に手をあてたらドキドキドキドキとヨタの心臓の鼓動が伝わって来た。



鼓動はとても速かったけど、ヨタの心臓は力強く動いてた。


死ぬって事は、これが止まってしまうって事なんだって考えてみても、実感はわかなくて。


ただヨタの鼓動を手のひらで受けて、この感覚を覚えておかなきゃって思った。













ヨタがちゃんと聞こえるうちに伝えなきゃ!と思ったから、ヨタに何度も何度も



ありがとうね、ヨタ本当に今までありがとうね、って繰り返した。



私のとこに来てくれてありがとう、大好きだよ、って泣きながら繰り返した。






でも、ヨタはそれから二時間くらい懸命に頑張ったんだ。



あんなに早くお別れを言っちゃって酷かったなって思う。



ヨタは多分、失礼な!って思ってたろうね。
















ヨタは口呼吸を始めてからも、徘徊をやめようとはしなかった。


さっきと同じように、うちの中を歩き回った。



そして私もそれにずっとついて回った。







そしてヨタは、次第に腰が立たなくなった。



歩いても後ろ脚がもう言うこときかない感じで。



フラフラで、腰を支えてあげないと倒れそうになってた。




その姿を見ながら私は、前に見た『ペン太のこと』のあるシーンを思い出していた。



死期の迫ったペン太が、どんなにフラフラになろうと飼い主の後をついて回ろうとするシーン。


あちこちぶつかりながら、寝てなさいと言われてもついて回ろうとしてたペン太の姿。




あれを読んだのは、ついこの間だったのにな。




ヨタにもいつかこういう日が来るんだ…


…ヤダなって、あの時の私は思ったんだ。




なのに、あっという間にヨタのその日は来てしまって、今、自分の目の前でそれは起きていて。



すごく悲しかった。



目の前でフラフラになってあちこちコツンコツンぶつかりながら歩くヨタの姿が、悲しくて、ツラくて。



そして、すぐそこに待ち受けている『死』を実感した。







そしてヨタは転ぶようになった。



もう腰が全く立たないみたいだった。



コテンコテンと何度も転んだ。





それでもヨタは一生懸命歩いた。



もういいから、ヨタ、じっとしてな、と言いいながら、私もヨタを支えて歩いた。




この時に、私の大量の涙がこぼれたのか、ヨタのオシッコが出たのか分からなかったけど、はいてたスカートの裾が濡れた。


一応バスタオルを手に、ヨタが横たわる度にヨタの下半身に敷いてあげた。



ヨタが不快にならないように。


最期までプライドを保ってあげたかった。







ヨタはもう、殆ど前脚だけの力で気力だけで歩いてるように見えた。




たまらずヨタを抱き上げて、しっかり抱きしめた。



私の顎の下に、横向きに抱いたヨタのうなじ辺りがあって、いつもそうするように、顎でヨタのうなじを挟んだ。



何度も何度も。



忘れないように何度も。






歩くのをやめようとしないヨタは一度、足腰が弱り始めた頃に、ソファーに上がる時の為に置いてあげてた階段代わりの小さな椅子を、ソファーに乗ろうとした時に踏み外して転がり落ちそうになった。


20センチくらいの高さしかない、あんなに低い椅子から。


それでもヨタは落ちまいとグッと踏ん張って前脚の爪をソファーに引っかけて耐えた。


それが何かとても悲しかったんだ。




だってヨタは絶対に諦めてなかったから。





一生懸命に歩いて、よじ登って。


ぶつかっても、転んでも。



負けじと何度も何度も立ち上がって。




ヨタは一生懸命に生きてた。




頑張ってた。






でもそれを見ているしか出来ないのは本当に苦しかった。



そんなヨタの姿なんて見ていられなかった。










そして、ヨタがそういう状態になっても、母親は自分の事をやり続けていた。



忙しくてごめんね、とは言っていたし、時々ヨタの様子を見に来てはいたけど、何でこんな時にそっちを優先できるのか、私にはよく分からなかった。



年末だったから仕方なかったのかもしれないけど。




年賀状を書いたり、近所の病気で一人暮らしの奥さんの為に料理を作ったり。




もちろん、必要なのは分かる。


でも、それらには『次』がある。







ヨタはもう最期だったのに。




家族みんなで看取ったトットの時みたいに、うちに二人いるなら二人で側についててあげたかった。



こういう部分が、きっと実家の猫と、私の猫の違いなんだと思った。



当たり前だ。



別居ばかりで、あっちの家と実家を何度も行ったり来たり、ヨタも一緒に出たり入ったりを繰り返して。



私のせいで、ヨタはきっと実家の猫になれなかったんだ。










ヨタは何度も転びながら家中歩き回って。




最期に台所に行ったんだ。





母親が料理を続けていた台所に。




きっとヨタはヨタなりに、母親にもお別れが言いたかったんだと思う。



そして、食いしん坊だったヨタにとって台所は、餌を食べたり、時にはつまみ食いしたり。



美味しいものをいっぱい食べられた、一番好きな、幸せな場所だったのかもしれないな。




一度水の器のあるところへ行ったのを見て、母親は


水が飲みたいのかな


って、水をすくってヨタの口元に持って行った。



だけどヨタはそれを拒んでまたフラフラと歩いた。



そして台所の、いつも父親が座っていた椅子と、自分のお皿のあった場所(ヨタの定位置だったところ)のちょうど中間くらいの位置で横になった。



横になったというより、倒れたって感じだった。



転んでばかりだったヨタはもう、自力では歩けないみたいだった。




からだの右側を下にして。



ずっと口呼吸をしたままで、目を見開いたままで。




それでも何度も起き上がろうと頭をもたげて。



そして起き上がる事が出来ずに頭をゴンッと床に打ち付けた。



何度も何度も。



ゴンッという音が痛そうで、私は左手をヨタの頭と床の間に置いた。




母親は水を手に付けて、ヨタの口元にまた持って行った。



そしてヨタの口元にチョンチョンと付けた。



その途端、ヨタは意地でも飲むまいとしているかのように、口を閉じたんだ。



まるで怒ってるみたいだった。


噛み付こうとしているようにも見えた。



カツンッカツンッと音を立てて何度も口を閉じて。




母親は


余計な事するな!ってヨタ怒ってるね…


って言って水をやるのを諦めた。







そんな状態でもヨタはずっと猫握手をしてくれた。




ヨタの細くなった前脚も何度も何度もギュッと握った。



ヨタの頭もからだも、尻尾まで何度も撫でた。



ヨタに、この感覚を覚えてて欲しかった。


そして、私も覚えておきたかった。






息をする度、ヨタの吐く息に床がフッフッと白く曇っていたのをよく覚えてる。





ヨタはどこに行きたかったんだろう。




私の椅子にも上りたかったのかな。



ヨタはコマに追いかけられる時には私の椅子に避難してた。



夜をその椅子で過ごしていた事もよくあった。



夕飯の支度をしてる間もいつもその椅子でお座りしてた。




もしかしたら、あれだけ寝床にしてたところをまわっていたんだから、椅子にも乗りたかったのかもな。










何度も何度も頭をもたげて起き上がろうとして、苦しそうに口呼吸をしていたヨタ。






急に仰向けのような姿勢になって、前脚で空をかくような仕草をした。



何?どうした?


と、その前脚に右手を差し伸べた。



そうしたらヨタは私の右手を、両手でギュッと抱き締めたんだ。



本当にギュッと。



仰向けのまま、私の右手を抱き締めた。




寝ている猫が、伸びをする時にそうするように。



私の右手を抱えて手をばってんにしてギューッと抱き締めた。




その仕草に胸が締め付けられた。








もう何て声をかけたか覚えてない。





ただ、ギューッと私を抱き締めたヨタは、もう頭をもたげようとしなかった。




呼吸も止まってた。




お腹に手をあてたら、心臓も止まってた。




ヨタの尻尾だけが、それまでと違って怒ってるみたいにブワッと膨らんでいた。



オシッコも漏らした。







…ヨタの心臓が止まった…



と呟いたら、母親が



悲鳴みたいな声を出して。



ヨタを呼びながらヨタに駆け寄った。








ヨタを撫でたら、顎が何度かカクカクと動いた。





でも、どんなに撫でても名前を呼んでも。



もうヨタは二度と動かなかった。





身体もあっという間に冷たく固くなった。



見開いた目も、何度も閉じさせようとしたけど、全く動かなかった。



本当にあっという間だった。







ヨタはあっという間に固くなっちゃった。




ヨタが死んじゃった。




あんなに可愛い可愛いヨタが、死んじゃったんだ。



18年間、ずっと一緒だったヨタが。



いつも私の後をついて歩いてたヨタが。



まるでストーカーみたいだった可愛い可愛いヨタが。





逝ってしまった。







私はその瞬間をひとりで看取った。